後藤乾一『日本の南進と大東亜共栄圏』(アジアの基礎知識6)めこん、2022年5月30日、328頁、2500円+税、ISBN978-4-8396-0329-8

 本書では、東南アジアを中心に「南進」と「大東亜共栄圏」が語られながら、著者、後藤乾一の視野は、もうすこし広く、小笠原諸島や台湾などを含んでいる。

 本書の目的は、「はじめに」で、つぎのように説明されている。「本書の主要な関心は、アジア太平洋戦争(当時は「大東亜戦争」と呼称)の時代とは、東南アジアにとって、また日本にとって、どのような時代であったのか、ということにある。端的に言えば、本当に「すべての物に何ら差別なく太陽の光りと恵みをあまねく及ぼす」世が実現したのであろうか、という素朴な問いかけである。そしてこの基本的な設問を、三つの観点から検討し、時代を追う形で日本と東南アジアの関係を、読者とともに考えてみたいと願うものである」。

 「その第一は、明治期以降の日本と東南アジアの関係について、具体的な事例を通して跡付けることである」。

 「第二は、「大東亜共栄圏」の実現を掲げ、東南アジア全域を支配したアジア太平洋戦争期の日本統治の特質と実態、そして東南アジア側の対応の諸相、さらにはこの時代が同地域に与えた衝撃とその遺産についての考察である」。

 「そして第三は、戦後四分の三世紀余を経た今日、戦時期の両者の関係は、双方の側においてどのように記憶され、歴史化されているのか、という歴史認識に関わる問題の検討である」。

 本書は、はじめに、3部全6章などからなる。各部は2章からなる。前半の第1-3章は、「一九世紀後半から「大東亜戦争」勃発までの半世紀余を対象」とし、「便宜上三期に分けて」論を進めている。「第一期は、一九世紀後半から第一次世界大戦終結まで」、「第二期は、同大戦後の新国際秩序(ヴェルサイユ=ワシントン体制)成立から日本の国際連盟脱退(一九九三(ママ)[一九三三]年)を経、日中戦争勃発まで」、「そして第三期は、それ以降開戦までとする」。

 第2部第4章「東南アジアと「大東亜戦争」」では、「どのような内外状況下で、日本は「大東亜戦争」に突入し、「大東亜共栄圏」樹立の名の下に、東南アジアでいかなる支配を行なったのか、それに対して東南アジア各国はどのような状況下に置かれ、また日本支配に対し、いかなる対応を示したか、について検討する」。

 第3部「「大東亜共栄圏」をめぐる噛み合わない歴史認識」においては、「「大東亜共栄圏」の時代をめぐる日本、東南アジア双方の歴史認識に関わる諸問題を多面的に考察し、より開かれた将来の両者関係を展望する一助としたいと願っている」。

 そして、「現在の東南アジア諸国の主な記念日に、日本との歴史関係はどう関わっているのかを紹介し、本論を閉じ」ている。著者は、「便宜上、①日本によって一九四三年、「独立」を付与されたビルマ、フィリピン、②「同盟」国タイ、そして③戦後、独立を武力で手に入れたインドネシア、ベトナムに分けて」いる。

 「①戦後政治史の中で、軍部支配の自己正当化にしばしば利用されてきた観があるが、ミャンマー(ビルマ)では、一九四五年、国軍も深く関わった抗日武装蜂起が始まった三月二七日を、「軍事記念日」と制定している。フィリピンでは、対日戦におけるバターン死の行進(一九四二年)の犠牲者を悼み、四月九日(米極東軍の降伏日)を「武勇の日」と定めている」。

 「②タイでは、開戦直後、日本・タイ同盟条約下で宣言した対米英宣戦布告は、日本に強圧的に押しつけられたものであり、それは今や無効であると内外に公表した(一九四五年)八月一六日を、「平和の日」と定めている」。

 「③日本の敗戦とともに、各々オランダ、フランスという旧宗主国との独立戦争に突入したインドネシア、ベトナムは、日本が制定した独立路線とは切断された形で、それぞれの独立を内外に宣言した八月一七日、九月二日を「独立記念日」と定め、もっとも重要な国民的記念日としている」。

 著者は、本書を総括して、つぎのように述べている。「これらの事実が内包する意味、そしてその歴史的背景を、謙虚に、虚心坦懐に見つめることが、本当の意味での「未来志向」の日本・東南アジア関係を構築するための、第一歩であることを肝銘しつつ、筆をおきたい」。

 本書には、1990年代に発展した「日本占領期の東南アジア研究」の成果が基本にある。当時、戦争体験者の声を直に聞くことができ、それを参考に考察を深めることができた。その後、徐々に困難になり、いまではそのときに収集した口述資料を含めて、文献史学を主とした領域になろうとしている。戦中生まれで、戦争の残り火を感じながら成長した著者の世代から、戦争を客観視するしかない世代へ、どう研究を継承していくかも、今日の課題となっている。本書は、その意味でも重要な1冊といえる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。