永吉希久子『移民と日本社会-データで読み解く実態と将来像』中公新書、2020年2月25日、900円+税、ISBN978-4-12-102580-7
表紙見返しに、つぎのような本書の要約がある。「少子高齢化による労働力不足や排外主義の台頭もあり、移民は日本の大きな課題となっている。本書は、感情論を排し、統計を用いた計量分析で移民を論じる。たとえば「日本に住む外国人の増加により犯罪が増える」と考える人は6割を超えるが、データはその印象を覆す。こうした実証的な観点から、経済、労働、社会保障、そして統合のあり方までを展望。移民受け入れのあり方を通して、日本社会の特質と今後を浮き彫りにする」。
本書の目的は、「まえがき」につぎのように書かれている。「本書は、移民受け入れが社会にもたらす影響に関して、実証的な観点から行われた国内外の研究成果を提示することにより、移民受け入れのあり方について論じるための土台をつくることを目的としている」。
「感情論」を排するために、「本書で取り上げる研究の中心となるのは統計データを用いた量的研究である。こうした研究は、個々の事例の「厚い記述」を行う質的研究と異なり、リアリティを欠いたものと見えるかもしれない。他方で、移民受け入れがもたらす影響を一定の客観性をもって示せるという利点もある。身に迫るような「厚い記述」はこれまで多数刊行されてきた。そこで本書では、これまで不足してきた量的研究の成果を中心に扱う」。
本書は、まえがき、序章、全5章、終章、あとがきなどからなる。序章「移住という現象を見る」では、「「移民」とは誰か、また人の移動がなぜ生じるのかを検討する」。第1章「日本における移民」では、「日本における移民受け入れの歴史と現状を確認する」。
「第2章から第5章では、移民受け入れの影響を見ていく」。第2章「移民の受け入れの経済的影響」では、「移民受け入れの経済的影響をとり上げる。具体的には、移民の受け入れが受け入れ社会住民の賃金や雇用を悪化させるのか、受け入れ社会に技術革新をもたらすのか、あるいはそれを阻害するのか、社会保障制度の維持可能性を高めるのか、あるいはむしろ悪化させるのかについて検討する」。
第3章「移民受け入れの社会的影響」では、「移民受け入れの社会的影響として、地域の犯罪率や治安への影響を検討するとともに、移民に対するヘイトクライムの問題も見ていく。第2章、第3章の結論を先どりするなら、国内外で行われた研究の結果は、移民の受け入れがそのままプラスの影響やマイナスの影響をもたらすというものではない。雇用する企業や受け入れ社会の住民など、移民を取り巻くさまざまなアクターや、受け入れ社会の制度が影響のあり方を変える」。
第4章「あるべき統合像の模索」では、「移民にかかわる制度として、移民の統合政策をとり上げ、それが移民の受け入れの影響をどのように変えるのかを検討する。具体的には、移民の文化的権利を認める多文化主義政策、国民の統合を重視する市民統合政策、移民に対する社会経済的権利や政治的権利の付与が、移民の社会統合に与える影響を見る」。
第5章「移民受け入れの長期的影響」では、「移民受け入れの二つの長期的影響をとり上げる。一つは、移民の子どもにあたる第二世代の地位達成である。長期的に見て、移民の受け入れが経済的・社会的にどのような影響をもたらすかは、移民第二世代が移民としての背景をもたないネイティブと同じように地位達成を遂げられるかどうかにかかっている。そこで、移民第二世代の地位達成がどのような条件のもとに起きるのかを検討する。もう一つの長期的影響は、国民としてのまとまりへの影響である。移民第二世代が増えていくということは、国内の民族構成が変化するということでもある。移民受け入れに際しては、これによって国民としてのまとまりが失われるという声が聞かれるが、こうした懸念が妥当であるのか検討する」。
終章「移民問題から社会問題へ」では、「これらの結果をもとに、移民受け入れが社会に与える影響を、多面的な視点から検討し、「望ましい移民受け入れのあり方」を議論するために、何を考える必要があるのかを示す」。
「終章」では、まず第2-5章の「四つの章を通して見えてきたのは、移民の受け入れがもたらす影響は、受け入れた社会が移民をどのように処遇するのか/それに対して移民自身がどのように反応するのかによって変化するということ」を確認した。つぎに、「日本での移民受け入れの影響で、特に重要な役割を果たすと考えられる三つの要素がある」とし、それぞれつぎのようにまとめている。
「第一の要素は、労働市場での処遇である。日本の移民受け入れ政策は労働者としての移民の受け入れを中心に行われてきた。しかしそれは、日本の労働市場のあり方を変えるというよりも、すでにある労働市場の形に合わせて、その中の不足を埋める形で実施されてきたといえる。これは高技能移民についても、低技能移民についても同じである」。
「第二の要素は、移民と地域社会のかかわりである。移民が地域とのかかわりを作ることができないままに増加すれば、近隣トラブルが起こりうる。一方、地域社会における関係性の形成は、受け入れ社会の移民に対する偏見を解消し、地域での逸脱行動を未然に防ぐ役割も果たす」。
「第三の要素は、移民統合政策である。本書では、移民にかかわる制度に限定されない多様な制度が、「移民受け入れに伴う影響」を規定することを見てきた。しかし、それは移民に直接かかわる制度の重要性を否定するものではない」。
そして、「移民や移民制度に焦点を合わせることによって、制度上の問題が明らかに」なったが、「移民に直接かかわる制度にのみ焦点化することは、その背景にある社会自体の問題を見えにくくしてきた側面もあるのではないか」と問題提起し、つぎのように結論して、「終章」を結んでいる。
「だからこそ、移民に限定されない、雇用や地域、国の形のあり方までも含めた、幅広い議論が必要だともいえる。そして、議論の土台として、諸外国および日本で行われてきたさまざまな調査研究の結果をふまえる必要があろう」。「「移民問題」は「移民が引き起こす問題」でもなければ、「移民のために考えるべき問題」でもない。「移民の受け入れ」という現象に直接的/間接的にかかわってきたすべての人が当事者であり、自分たちがその構成員となる社会のために考えるべき、社会問題なのだ」。
よく学生が、インタビュー調査をしたいという。インタビューで得られた成果を学問的に考察するには、充分に先行研究を把握し、分析のための理論的枠組みなどの基礎学力が必要となるが、やった経験を重視する小学生の夏休みの自由課題と同じように考えている者がいる。著者の質的研究批判は、その基礎となるデータを充分把握せずに考察している者が多いからだろう。もちろん、著者は量的研究にも多くの問題があることは充分承知したうえで、質的研究と量的研究のバランスが崩れている現状から、統計データにこだわったのだろう。
移民受け入れを拒否することは、もはや現実的ではない。移民受け入れで、社会をどのように変えていくのか。著者が力説するように、自分たちの未来の問題である。