川中豪・川村晃一編著『教養の東南アジア現代史』ミネルヴァ書房、2020年3月31日、360頁、3200円+税、ISBN978-4-623-08667-2

 タイトルに「教養」があり、帯に「国々の胎動をイシューから捉えるテキスト」と「テキスト」があることから、本書は大学の教養課程のテキストとして編集し、出版されたことが想像できる。だが、これまでのテキストが「国家単位で歴史の経過を見るもの」であったり、「時代区分による見方」であったりしたものとは違い、「国家建設、経済発展、政治体制、民族、宗教といったテーマで各章を区分し、それぞれの視点から東南アジアの現代史を理解しようとするものである」という。

 本書は、序章と15の章、9つのコラムからなり、序章「東南アジア現代史を学ぶ」で、「東南アジアのおおまかな歴史の流れを示した」後、つぎの15のテーマ別に章立てしている:「植民地支配とナショナリズム、国家建設、経済発展、民主主義と権威主義、法の支配、軍、民族、宗教、地方、社会階層・格差、メディア、ジェンダー、人の移動、国際関係、日本と東南アジア」。

 表紙見返しでは、つぎのようにまとめている。「19世紀後半から現代までを射程に、各国史ではつかめないナショナリズム、民主主義と権威主義、経済、民族、宗教、メディアなどのダイナミックな地域全体としての動きを捉える。図版や資料を多用して、学びを助け、一冊で東南アジアの政治史、経済史、社会史、国際関係史が学べる入門書」。

 本書は、「2017~18年度に実施した「東南アジア政治の比較研究」研究会(独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所)の成果の一部」で、教養課程をもつ大学ではなく研究所の研究会が取り組んだという点でおもしろい試みである。執筆者のなかには、教養課程の授業を担当している者もいるだろう。

 テーマ別の個々の章を理解するには、道筋をつける「序章」が重要になってくる。序章および各章の冒頭には、「この章で学ぶこと」という欄があり、数百字で章の概略が示されている。「序章」では、「統一された地域秩序のなかった東南アジアはもともと地域としてのまとまりはなく」ではじまり、「19世紀以降に進んだヨーロッパ諸国による本格的な植民地化」、「第2次世界大戦終結後、順次独立を果たし」、「国民統合や統治機構を整備して」国家建設に務め、「1980年代になって民主化と経済自由化」がもたらされ、「1990年代以降にはグローバル化が進行し、社会経済の急速な変化が生まれている」と、「大まかな歴史の流れを示し」ている。

 「統一された地域秩序のなかった東南アジア」は、まず「1 東南アジアとは」で「地理的概念」を説明する必要があった。弥生時代には日本という国・地域がなかったので「日本の弥生時代」を説明するには、日本という地理的枠組を越えざるを得ないように、東南アジアという枠組がなかった時代の「東南アジア」を語るには、現在認識されている「東南アジア」という枠組を越えざるを得ない。それは、歴史だけでなく、テーマごとに東南アジアという枠組でいつから語ることができるようになるのかをはっきりさせる必要がある。テーマによっては、いまだに東アジアや南アジアという地域的枠組や、世界史やグローバル史として語ったほうがいいものがあるかもしれない。なぜ「東南アジア」という枠組が、世界にとって、日本にとって、東南アジアのそれぞれの国家にとって必要なのかという素朴な疑問が出てくる。

 教養課程で「東南アジア現代史」について2度学ぶ機会があれば、2冊目のテキストとして本書はその特徴を発揮することができるだろう。そのためには、「序章」を拡大して、1冊目のテキストを準備する必要があるように思う。それは、「序章」の最後で紹介されている「参考文献」「基本文献」で示したということだろうか。東南アジアにかんする予備知識があっても、テーマ別の各章はなかなか難しく、予備知識のない教養課程の学生にとってはとっつきにくいだろう。