石坂健治・夏目深雪編著『躍動する東南アジア映画~多文化・越境・連帯~』論創社、2019年7月5日、191頁、2000円+税、ISBN978-4-8460-1847-4

 編集協力、国際交流基金アジアセンター、とある。近年、東南アジア映画界が騒がしくなっている原因のひとつが、日本が国家戦略的にサポートしているからで、その組織のひとつが国際交流基金アジアセンターである。センターには、長年東南アジアの映画産業にかかわっている専門スタッフもいる。

 プロデューサーとして東南アジアの国際共同制作に携わっている市山尚三は、近年の東南アジアの映画産業を、つぎのように紹介している。「一九九〇年代は東南アジアの国々の間の人材交流はそれほど活発ではなかった。フィリピンやタイには映画産業が存在していたが、自国の観客を対象に映画を作るのみで、他国とのコラボレーションが生まれる土台はなかった。二〇〇〇年以降、デジタルによる映画製作が普及した影響で、東南アジアの映画地図は大きく変わった。インドネシア、シンガポール、マレーシアなど、これまでほとんど映画産業が存在しなかった地域から続々と若手の映画作家たちがデビューした。フィリピンやタイからも既存の映画産業とは別のところからインディペンデント映画作家たちが現れた」。

 編集代表の夏目深雪は、「カラフルな東南アジア映画の世界へ-はじめに」で、東南アジア映画の特徴をつぎのように説明している。「映画をめぐる最先端のテーマが蠢いているのも東南アジアの特徴だ。長大な尺や気の遠くなるような遅さ、物語の停滞があるスロー・シネマや、今や世界的な一大イシューであるLGBTをめぐる先進性のある作品群。映画のデジタル化が進み、誰もが手持ちのカメラやiPhoneで映画を撮ることができるようになった。そこに植民地として喘いできた過去の歴史や、圧政や検閲など芸術をめぐる抑圧に喘ぐ人々のパワーが爆発的に流れ込んだのか。今最も熱いフィリピンの項を見ると、「麻薬戦争を題材に社会の暗部を暴く」「映画を既成の概念から解放したい」「世界史の枠組みを問い直す」と威勢がよい。映画の臨界点を知るには東南アジアの映画を見るべきだ。それは、かつて日本にもあった、映画と政治が結びつき濃厚な映画文化が花開いた蜜月の日々を思い出させる」。

 本書は、まず「注目の巨匠監督、東南アジアの特選映画」で2人の最注目の巨匠につづいて「東南アジアの巨匠5人」、「東南アジアの次世代巨匠たち」2人、「アジア・オムニバス映画製作シリーズ「アジア三面鏡」」を紹介している。つぎに、各国ごとにフィリピン、ベトナム、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、カンボジア・ミャンマー・ラオスの映画史、作家論などでそれぞれの国の現状を述べている。最後に、「国際共同製作&東南アジア映画を知るための資料」で、「現場」から撮影監督・編集者・サウンドデザイナーの活動を伝えている。

 「多民族国家で、「その国らしい」って何だろう」と問いかけるとともに、「優れた監督たちは既に国の枠を超えて映画を撮り、国家の枠組みを壊すようなテーマを打ち出して」いる。映画にかかわる人びとの経歴もさまざまで、そのハイブリッドさに驚く。本書副題にある「多文化・越境・連帯」だけでは語ることができない多様性がある。「今まで味わったことにない感情を味わうことになり、癖になること請け合いだ」という、編集代表の誘いに、だまされたと思ってのるのもいいだろう。それが、どう国家戦略としての映画と結びつくのかを考えるのも、東南アジア映画を楽しむためのスパイスのひとつになるかもしれない。

 ちなみに、国際交流基金は外務省が所管する独立行政法人のひとつで、独立行政法人国際交流基金法第3条で、つぎのように目的が定められている:「国際文化交流事業を総合的かつ効率的に行なうことにより、我が国に対する諸外国の理解を深め、国際相互理解を増進し、及び文化その他の分野において世界に貢献し、もって良好な国際環境の整備並びに我が国の調和ある対外関係の維持及び発展に寄与することを目的とする」。


評者、早瀬晋三の最近の編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。