ウルベ・ボスマ著、吉嶺英美訳『砂糖と人類-2000年全史』河出書房新社、2024年9月30日、516頁、3900円+税、ISBN978-4-309-22931-7
これまでフィリピンやインドネシアの砂糖の歴史について学術的に学んだつもりでいたが、それはほんの1断片にすぎなかったことが、本書を読んでわかった。
著者が言わんとすることは、本書「はじめに」から抜き出したものが、つぎのように表紙見返しにある。「2000年以上にわたる砂糖の歴史は、地球的規模の驚くべき物語であり……人類は何世紀もかけて製糖技術を完成させ、高度な産業的、商業的目標を達成するために化学的奇跡の謎を解き明かしてきた」。「砂糖が今、広く行きわたっていることは進歩の証だが、同時にそれは人間の搾取、人種差別、肥満、環境破壊といった負の側面ももたらした」。「砂糖は比較的最近誕生したものであり、私たちはまだそれをコントロールする術も、砂糖を昔のような「甘い贅沢」に戻す術も学んでいないのだ」。
つづけて、読者代表として、「訳者あとがき」から、つぎのような文章が抜き出されている。「本書の特徴は、砂糖そのものの歴史や製糖技術の発達のみならず、砂糖が政治に与えた影響や、プランテーションが生んだ砂糖ブルジョワジー、製糖業者が支配する強力な砂糖資本主義といった点からも、砂糖を語っているところだろう。また、カリブ海の島々やブラジルなどの一般的によく知られる砂糖生産地だけでなく、インドの農民による製糖やジャワにおけるオランダの強制栽培制度、日本植民地下の台湾製糖の発達など、アジアの砂糖生産についてもバランスよく語られ、全世界の砂糖の歴史を俯瞰して見ることができる」。
訳者は、翻訳家で研究者ではない。このような大きな歴史の翻訳には、研究者ではないほうがいいだろう。研究者は小さなことにこだわって、なかなか先に進めない。完成すれば原著よりいいものになることもあるが、完成しないこともある。本書でも、たとえばジャワの強制栽培は、ほんの一面をあらわしただけで正確ではないという研究者もいるだろう。だが、長文の訳注を付けるわけにもいかない。
著者は、「謝辞」の冒頭で、ある意味で「共同研究」の成果であったことを、つぎのように強調している。「二〇〇一年、アムステルダムに少人数の研究者が集まった。インドネシア、キューバ、オーストラリア、プエルトリコ、そしてアメリカとオランダから集まった学者たちだ。私はこのワークショップの主宰者のひとりで、主賓はシドニー・ミンツ教授[『甘さと権力-砂糖が語る近代史』筑摩書房、2021年の著者]だった。ワークショップの目的は、アジアの製糖とアメリカ大陸の製糖という、地理的にも学問的にも遠く離れた分野をそれぞれ研究する歴史家のあいだで対話を始めるというシンプルかつ野心的なものだった。ミンツ教授は私たちに、砂糖の歴史はこれまで大西洋を中心に書かれてきたが、その「バランスを見直して」みたらどうかと促した。それは、ほぼ全世界を横断する私の想像の旅にとって最高のスタートとなった」。「その旅の途中、私は砂糖のほぼすべての側面において、最高の学識を持つ人たちに頼ることができた。また、その旅は孤独なひとり旅でもなかった」。
本書は、はじめに、時系列に全14章、おわりに、謝辞、訳者あとがき、などからなる。各章のタイトルは、つぎの通りである:第1章「アジアの砂糖の世界」、第2章「西へ向かう砂糖」、第3章「戦争と奴隷制」、第4章「科学と蒸気」、第5章「国家と産業」、第6章「なくならない奴隷制度」、第7章「危機と奇跡のサトウキビ」、第8章「世界の砂糖、国のアイデンティティ」、第9章「アメリカ砂糖王国」、第10章「強まる保護主義」、第11章「プロレタリアート」、第12章「脱植民地化の失敗」、第13章「企業の砂糖」、第14章「自然より甘い」。
世界史がヨーロッパ史・ヨーロッパ拡張史ではなくなるのか、グローバル史が資本主義発展史ではなくなるのか、日本語訳の「全史」とはなになのか、などなど、多くのことを考えさせられる本である。「そのすべてを語る決定版!」ではなく、その第一歩になる書だろう。世界中から研究者が集まったとしても、その多くが欧米で教育を受け、近代欧米で発達した理論を使うなら、欧米中心史観から脱することは容易ではなく、長い年月がかかる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.