秋道智彌『海神と霊性』法蔵館、2026年1月30日、319+4頁、2800円+税、ISBN978-4-8318-5745-3
巻末の「文献一覧」は22頁にわたっており、その多くが本文中に参照されている。つまり本書は、先行文献を精査しながら、全体像を描き出している。
本書は、「はじめに-海神と霊性を問う」、全9章、第10章「おわりに」、などからなる。「はじめに」冒頭で、「本書は「霊性」を中心に据えて海神について論じるものである」とある。「海神」には「かいしん」とルビが振ってある。つづけて、「1 人類の思想史における海神と霊性」で、つぎのように説明している。「海神は「海の神」を指すが、日本では綿津見神、住吉神、宗像三女神、エビス神などが馴染みあるだろう。本書では、それら以外の海の神がみを包摂するものとして海神の用語を用いる。そして、海にかかわる霊性の問題を通じて、海神のもつ思想的な意味を明らかにしたい」。
「では、人類が育んできた海の神がみと霊性とは何なのか。ここでまず聞きなれない「霊性」について説明を加えておこう。霊性は霊的な存在(spirit, spiritus)の属性を示す用語で、英語ではスピリチュアリティ(sprituality)と称する。スピリチュアリティに関連する諸概念は、古代ギリシャ以来、キリスト教の神学論、宗教史、形而上学、西洋以外の宗教であるヒンドゥー教、仏教、儒教、念仏、禅や神道において語られてきた。宗教者における経験と修行実践、苦行、荒行などを通じて感得された霊性についてさまざまな解釈と意味が検討されてきた」。
このあと、「2 SDGsが看過した問題」では「SDGsでは思想とか世界観、宗教の課題はほとんど度外視されている」と指摘し、「3 海民と海人の系譜論」では「海に関わる思想の担い手について」具体例を、「4 文明の波動史観」では「海神や霊性の問題を歴史的事象やその変容として捉える方法について、フランスの社会史学派のスタンスを紹介して」いる。
第10章「おわりに」では、「1 海の神と霊性論の今後」(2以下はない)と題して、「これまでの議論の流れを図10-1」で示している。まず、「本書の章ごとに内容構成とキーワードを示した」。第1章「海の信仰」は「海神(綿津見神、住吉大神、宗像三女神)の系譜・エビス神」、第2章「漂着物と海神」は「漂着物・神の依り代、・恩恵と災禍」、第3章「海と占い」は「卜占と託宣・海の天候予知」、第4章「船霊・オナリ・媽祖」は「船霊・オナリ・媽祖・女神」、第5章「海神の図像学」は「海神・半魚人・龍(竜)・マカラ」、第6章「葬制と海」は「葬制・水葬・船棺葬・海の死霊」、第7章「もがり(殯)と境界」は「もがり(殯)・喪屋・風葬・改葬・洗骨」、第8章「船と神」は「準構造船・構造船・船形・殯船」、第9章「海と他界」は「他界観・常世・ニライカナイ・龍宮・来訪神・君真物」である。
つぎに、「弥生・古墳、奈良・京都・鎌倉、江戸・明治以降の現代の三期に分け、主要な主題の適用できる時代を示した」。1、2、7章は1-3期に跨がり、3、6,8章は1-2期、4、5、9章は2-3期に適用できることがわかる。
この図10-1から、「海神や海の霊性に関わる諸事象は歴史的に大きく変容してきたことが明らかである。ブローデルの波動説にしたがえば、図10-1に示したように時代を越えた中期波動の現象が多いと思われるが、事象によっては短期波動に落ち着く例もある」。「こうした時代変化を踏まえながら過去における海の思想や慣行とその履歴を丁寧に追いかける作業は、考古学、歴史学、国文学、民俗学など、人文諸科学の共同作業によって明らかになる」。
そして、最後に3つの検討すべき点をまとめている。「一つ目はそれぞれの地域に着目し、地域空間において神と人間との間でどのような交渉があったのかを「空間の履歴」として捉える作業である(桑子二〇〇六)。二つ目はブローデルの社会史における長期変動、つまり地域の自然・環境と文化の関係を決定論ではなく、生態史(エコヒストリー)として動的に捉える視点である(秋道二〇一一)。最後は、霊性の問題を広く「いのち、生命」の問題として論じるスタンスで、これには自然物に霊性をどのように認めるかについて「草木國土悉皆成佛論」が参考になる(秋道二〇一三b/岡田一九九九)。いずれも筆者がこれまで考えてきた研究視野に大きく関連した視点である。これを踏まえて海の思想を紐解く作業を提案したい。最後に新たに提起したい点は、人類をはじめあらゆる生き物が海に由来するという事実である。他界の考え方にもよるが、本源的には人類とその霊は海に帰するべきと考える。これは水葬を是認するのではなく、海の思想として人類の他界先を海と考えるものである」。
これだけまとまった議論ができるのも、「考古学、歴史学、国文学、民俗学など、人文諸科学」での積み重ねがあるからだが、それを収斂するのは並大抵のことではない。著者の専門は「生態人類学、海洋民族学、民族生物学」、3つの研究機関の名誉教授で、内外でフィールド調査をおこなってきた成果が文献の読み方をより広く、深くしたのだろう。本書を「考古学、歴史学、国文学、民俗学など」それぞれの分野でどう受けとめ、それぞれの個別分野でどう発展させていくのか、楽しみである。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。