佐々木太郎『コミンテルン-国際共産主義運動とは何だったのか』中公新書、2025年2月25日、299頁、1050円+税、ISBN978-4-12-102843-3
なぜ、いまコミンテルン(1919-43年)なのか。著者は、「まえがき」でつぎのように述べている。「コミンテルンが結成されて約百年を経た節目にある今こそ強く求められるのは、バランスを欠いた極端な史観に囚われず、等身大の姿を描く努力である。革命の時代である二〇世紀はもちろん、グローバル資本主義と排他的なナショナリズムを特徴とする二一世紀のあり様を深く見据え、また現在のロシアや東欧のみならず世界各地で大きく変化を起こしている国際秩序の動きについてその歴史的な淵源を探るうえでも、この特異な国際組織に対する正確な知識は少なからず必要であろう」。
本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「ロシア革命後の一九一九年、コミンテルン(共産主義インターナショナル)は、世界革命のために誕生。各国共産主義政党の国際統一組織として、欧州のみならずアジアなど各地に影響を及ぼすべく、様々な介入や工作を行った。本書は、レーニンやスターリンら指導者の思想も踏まえ、知られざる活動に光をあてる。一九四三年の解体にいたるまで、人々を煽動する一方、自らも歴史に翻弄され続けた組織の軌跡を描き出す」。
本書は、まえがき、序章、全7章、あとがき、などからなる。その構成は、「まえがき」でつぎのようにまとめられている。
序章「誕生まで-マルクスからレーニンへ」では、「第一及び第二インターを経て、第三インター、すなわちコミンテルンが誕生するまでの経緯を追う」。そのうえで、第1章「孤立のなかで-「ロシア化」するインターナショナル」では、「産声を上げたコミンテルンがヨーロッパ各国の労働運動に対して第二インターとの決別を迫り、各地に共産党が結成されていく様子をたどる」。
第2章「東方へのまなざし-アジア革命の黎明」は、「ロシア十月革命に刺激を受けてヨーロッパ各地で発生した革命が次々と頓挫するなか、レーニンがヨーロッパとアジアを結びつける形で構想した独自の国際革命理論を取り上げる」。
第3章「革命の終わりと始まり-ボリシェヴィズムの深層」は、「第一次世界大戦中にレーニンが一九世紀ドイツの思想家ヘーゲルの哲学に接近したことなどに注目し、彼の革命思想の深層に迫る。そのうえで、とりわけ一九二〇年のコミンテルン第二回大会以後、ロシア内外で革命が行き詰まりを見せるなか、レーニンが厳しい現実との格闘を通じて自らの思想をいかに適用したのか、またそれが以後の革命運動に与えた影響についても見ておきたい」。
第4章「大衆へ-労働者統一戦線の季節」は、「二〇年代初頭から後半にかけてヨーロッパで実践された「労働者統一戦線」戦術を中心に、当時のコミンテルンの動向を取り上げる」。
第5章「スターリンのインターナショナル-独裁者の革命戦略」は、「党内闘争を制し共産主義世界の最高指導者に上り詰めるスターリンが、若かりし頃から取り組んできた民族論などに目を配りつつ、彼とコミンテルン及び国際共産主義運動の関係性がどのように形成されたかを探る」。
第6章「「大きな家」の黄昏-赤い時代のコミンテルン」は、「一九三一年の満州事変や三三年のヒトラー政権誕生など、三〇年代に入ってソ連を取り巻く国際環境が一層緊迫するなか、コミンテルンが着手した大規模なフロント組織活動を取り上げる」。
第7章「夢の名残り-第二次世界大戦とその後」は、「三九年の独ソ不可侵条約締結や四一年の独ソ戦勃発など、独ソ間をはじめとする国際関係の激変に翻弄されるコミンテルンの姿を追う。そして、スターリンがコミンテルンの解散を決断した顛末とともに、その後のソ連のインターナショナリズムについても一瞥する」。
本書に、終章や結論にあたるものはなく、副題の「国際共産主運動とは何だったのか」に、簡潔に答えた箇所はないようだが、最終章の第7章でつぎのように述べている。「コミンテルンやコミンフォルムの枠組みは、各国共産党のあり方をロシアの党に合わせてきわめて厳格に形づくる「鋳型」のようなものだった。レーニンとスターリンはそのロシア製の鋳型に世界各地のマルクス主義者たちを入れて数十年にわたって激しく熱を加え続けた。結果、各国の共産党組織はときに壊滅的な状況に追い込まれつつも、ボリシェヴィキの組織原理を自らに刻み込むという点では目を見張るべき成果を上げた」。
「厳格な中央集権と鉄の規律を身に付けた集団として鍛えあげられたからこそ、他のイデオロギー集団に飲み込まれずに自らを保ち、権力の獲得と維持に独占に徹底的な集中を向けることができたと言える。しかしその革命モデルは、結局のところ国家を手に入れたうえで有無を言わせぬ強制力をもってして産業革命を惹き起こすというものであり、国家主導での資本主義の猛烈な追求でしかなかった」。
そして、この最終章をつぎの1行で終えている。「しかし、もはや共産主義世界の一体性の喪失を押しとどめることはできなかったのである」。
宗教と違い、近代的組織であるコミンテルンに地域性はないように思うのだが、現実には各国・地域で、近代化の程度は違い、その捉え方も違っていた。「共産主義世界の一体性」は夢物語に終わった。だが、資本主義と一線を画す点で、いまなお共産主義は国家のなかにもいきているようだ。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2001909)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/search?page=1&size=20&sort=controlnumber&search_type=2&q=4989)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.