早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

長谷川健二『日本資本主義と地域漁業-三重県漁業の歴史に見る』北斗書房、2024年10月29日、360頁、4000円+税、ISBN978-4-89290-072-3

 本書出版のきっかけは、著者が「地域という場から漁業という産業の成り立ちと今日に至るプロセスを総体として明らかにする必要性を感じたからで」、つぎのようなことを意識していた。「とくに近代の漁業の歴史は、日本資本主義体制の確立・変遷との関係性が強く投影されている。すなわち鳥瞰的なマクロの視点から地域のミクロの動きを見ることである。さらに地域のミクロの視点から全体マクロの視点では隠れた動きを抉り出す必要がある。こうした作業を経て初めて地域漁業の歴史の全体像を明らかに出来ると考え」た。本書は、その「抉り」出した成果である。

 先行研究からは、つぎのことがわかった。「三重県漁業・漁村の歴史を全体的な日本資本主義と漁業という構造的規定性から地域漁業の発展との関係で論じた著作・論文は、私が知る限り、これまでのところ見当たらない。三重県漁業・漁村を扱った諸著作、諸論文は対象とする時期、地域を限定した個別分析がほとんどであり、社会学的・民俗学的なものが多く、経済学を土台に据えた構造分析ではない」。

 本書の視点と方法は、つぎの3点である。「第一に、地域漁業と言う概念」を、著者は「次のように考えている。漁業生産と漁民生活において自然条件を生かした多様な性格を持つ“場としての地域の漁業”、あるいは“地域産業(必ずしも資本制的企業を指しているものではなく)としての漁業”の展開であり、本著では近世漁業の形成から近代漁業の成長-発展-戦時体制下の危機、そして戦後の復興-成長-縮小-構造的危機という今日に至る長期間の歴史的な地域漁業のプロセスを日本資本主義の展開と国内漁業の規定性において把握するという方法をとった」。

 「第二には、地域漁業が持つ国内漁業一般からの規定性=影響を受ける側面と地域の独自性、特殊性に焦点を当てた。こうした“一般性と特殊性”というアプローチから地域漁業の変容を考察した。とくに三重県漁業と漁村は、前述した明治以降の近代化の中で日本資本主義の工業集積・集中からの影響を強く受けた北部の伊勢湾地帯、リアス式の複雑な岩礁地帯の入り江を利用した、あま漁業の伝統的漁業、また様々な沿岸漁業も営まれ、カツオ一本釣漁業、明治以降は海外市場への輸出産業として発展を遂げた真珠養殖漁村が存在する志摩・度会地帯、かつては村落共同体的なブリ定置網、ボラ漁業、および志摩・渡[度]会地域と同様なカツオ一本釣り漁業などの特色ある熊野灘地帯などの、次に述べる3つの漁業地帯が存在し、明治以降の近代化の過程においては、その歴史的変容が際だっている」。

 「第三は、漁業生産の中心を小規模な生業的漁民層に置いていることである。その理由は、近世の幕藩体制においては言うまでもなく、彼らが生産の主体であり、明治以降の日本の近代化=資本主義化における資本制漁業の成立(ただし、日魯漁業、大洋漁業、日本水産などのビッグスリーは財閥系の別な系譜であり除く)の発酵母であり、現在においても経営体数の9割以上を占める漁業生産の担い手であるからである。歴史的経済的範疇として考察した場合において農業と同じく家族労働力の再生産を目的とした小生産者として性格づけることができる」。

 「本書で具体的な対象となる漁業地帯は、明治以降の近代化の中で行政区分として確立する三重県の伊勢湾の北勢、中・南勢(度会郡の伊勢湾内海側)、志摩(答志郡、英虞郡)、そして太平洋に臨む度会外海側、熊野灘(北牟婁郡・南牟婁郡)の各漁村と漁業である。こうした3つの地帯区分は、置かれた自然条件に規定され異なった漁業で成り立っており、また近世の幕藩体制の下で異なった藩支配を受けていたという事情、その後の国内漁業の資本主義化=近代化という影響の受け方も異なっていたという歴史的条件も付け加わる」。

 本書は、はじめに、時系列に全12章、むすび、あとがきからなる。むすび「三重県漁業の歴史的概観」では、つぎの見出しのもとにまとめている:「漁業・漁村の確立期-近世から近代へ-」「漁業の近代化と漁民層の分化・分解」「「昭和恐慌」から戦時体制へ」「戦後復興から確立へ」「高度経済成長下の三重県漁業・養殖業」「オイルショック・200カイリ問題と三重県漁業・養殖業」「「平成不況」下の三重県漁業・養殖業」「構造的危機=漁業経営の再生産の困難性と新たな方向」。そして、「今後、三重県の漁業・養殖業は、このような地域の特色を基盤とした対応がどのようにして生き残るかが問われていると言っても過言ではない」と結んでいる。

 本書に挿入された「明治期三重県漁村位置図」の地名から、伊勢湾に面した北部とリアス式海岸の中部、そして熊野灘の南部の顕著な違いがわかる。南部のほとんどの地名に「浦」がついており、その独自性がうかがえ、近代への対応がいかに困難であったかが想像される。

 本書から、地域だけではどうしようもない近代日本の歩みのなかの地域があり、それでも地域から発しないとどうしようもない現実があることがわかる。著者が、めざしたミクロとマクロの関係性のなかで、今後の日本の漁業を考えていかなければならない。「地域」という単位は、いまだ無視できない。


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評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
『アジア太平洋討究』第52号(早瀬晋三教授退職記念号)、2026年1月、462頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://www.jstage.jst.go.jp/browse/wiapstokyu/52/0/_contents/-char/ja)

早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9

早瀬晋三『戦前期東南アジア海域における日本人漁業活動の基礎資料』(研究資料シリーズ12)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2026年2月、179頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2007415)
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

小松正之『日本漁業・水産業の復活戦略-最新データに拠る日経調水産業改革委員会「提言」と改正「漁業法」概説』雄山閣、2021年6月20日、175頁、2000円+税、ISBN978-4-639-02762-1

 本書は、2つの「推薦の言葉」、1つの「監修者の言葉」、全2章、付篇「2018(平成30)年一部改正『漁業法』(抜粋)」、あとがきからなる。

 2つの「推薦の言葉」は、豊洲市場協会長/中央魚類株式会社代表取締役会長 伊藤裕康と日本水産株式会社代表取締役社長 的埜明世による。「監修者の言葉」は一般社団法人日本経済調査協議会「第2次水産業改革委員会」委員長 元農林水産事務次官 高木勇樹による。

 第1章「日本漁業・水産業の現状と課題・再生策について」の最後に、つぎの「本書の目的」がある。「漁業・水産業は日本人にとって大切な産業である。日本人にとって大切なたんぱく源を供給する。また、日本人にとって心のよりどころであり、精神的な安定感を支え、魚食の文化的豊かさと魚食文化の多様性を提供しているのが日本の漁業と水産業である。そして、漁業と水産業はとても小さくなった産業(1.46兆円:2019年)であるが、流通加工業とスーパーマーケット・小売店での販売と、レストラン・居酒屋・寿司店での売り上げと雇用を含めれば28兆円の規模に達する膨大な産業である。そのほかにも、海洋と生物資源は美しい景観と日本の国土の原風景と日本人の源を提供する。また、海と魚は海水浴や釣りなどのレジャーの場も提供する。600~900万人の釣り人がいるが、この人たちも海洋生物資源の豊かさを享受している」。

 「漁業の改革と将来は、このようなあらゆる日本人にとって大切なのである。しかし、漁業者も国民も活発ではない。しかし、正しい情報が提供されればこれは改善される。今も漁業・水産業の衰退は継続している。かかる状況に対して、漁業と水産業の明日への理解を促進することを目的に編集・執筆されたのが本書である。誰もが手に取ってわかる、漁業・水産業の将来への実践的な理解書として役割を果たすことを目的とした。読者の座右において執務参考書として、ご活用いただきたい」。

 第2章「日経調第2次水産業改革委員会の最終報告と提言」は、つぎの第3節「我が国の漁業・水産業のあるべき姿」「(3)あるべき姿での漁業・水産業の経済指標」で総括している。「漁業・養殖業生産量は、5年後には431万トンの1.2倍の510万トン(うち養殖業は120万トン)、10年後には1.5倍の650万トン(うち養殖業は150万トン)を目標とする」。「漁業・養殖業生産金額は、5年後には1.6兆円の30%アップの約2兆円(うち養殖業は6,500億円)、10年後には2倍の3兆円(うち養殖業は1兆円)を目指す」。「水産加工品の生産量は、2017年では293万トンで3.4兆円であるが、これらも漁業・養殖業生産量と同様に、生産量の増大と、生産金額の増大を目指す」。

 「卸売市場の取扱量は、国内の漁業・養殖業生産の増大と品質の向上、その効果による輸入水産物の低下などにより、5年後には現在の1.2倍に増加し、10年後には1.5倍を目指す。例えば、東京都中央卸売市場豊洲市場では39.1万トン(2017年)の取扱量であるが、それを5年後には約48万トン、10年後には60万トンを目指すこととなる。これらの達成は、我が国の水産資源管理と養殖業の制度と生産システムの近代化が図られ、流通業者による積極的な水産資源管理の推進活動が前提となる」。

 日本の近代漁業は、技術力向上に努め、その結果、濫獲、漁場の荒廃をもたらした。優れた技術を持つ漁民は、新たな漁場を求めて沿岸漁業から沖合漁業、さらに他県、北洋、植民地となった朝鮮、台湾、内南洋(太平洋)、そして外南洋(東南アジア)、インド洋、アフリカ沿岸、南極まで進出して遠洋漁業に従事した。政府は、海外進出の先兵となる漁業活動を全面的にバックアップし、水産講習所などを通して技術力向上を支援しただけでなく、造船、航海士養成などにも多額の補助金を注いだ。漁業活動においても、濫獲による一時的「不漁」にたいして補助金を投入し、持続可能な漁業への道筋を示さなかった。このように、日本の近代漁業は自立的産業として発達することなく、略奪的、侵略的漁業として発展した。

 このような漁業政策は、戦後、そして1970-80年代に200カイリ排他的経済水域内に押し込められてからも変わらず、縮小する補助金で命脈をつなぎ、今日までごまかしごまかしつづけ、自立した漁業への改革を怠ってきた。本書で、日本漁業の衰退の原因が追求され、改革が提言されているが、それは日本の近代漁業の歴史を理解していれば、わかっていたことだった。遅きに失したとはいえ、それに気づいたのであれば、それを実践するためにどうすればいいのかを考えるのが、つぎの段階である。そのためには、明治以来の日本の近代漁業の成り立ちを充分に理解する必要がある。そうでなければ、既得権益にしがみつく人びとによって妨害されることになるだろう。

 もうひとつ問題なのは、日本国内で漁業改革が進み、自立した産業の体裁が整えられても、問題は解消されないということである。海外から掠奪漁業・奴隷労働など「違法操業」によって獲られた安価な魚が日本市場に流れ込んでくれば、国内漁業はもたない。かつて略奪的・侵略的漁業をおこなって、海外の漁場を荒らし、魚の市場価格を混乱に陥れた日本には、国際漁業の秩序を保つ責任がある。国内だけでなく、国際的な「提言」も必要である。


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早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

金山泰志『近代日本の対中国感情-なぜ民衆は嫌悪していったか』中公新書、2025年2月25日、216頁、860円+税、ISBN978-4-12-102842-6

 著者は、「はじめに」の冒頭で「あの悲惨な戦争を二度と繰り返してはならない」と述べている。本書の目的は、この一語に尽きる。つづけて、著者はつぎのように説明している。「アジア・太平洋戦争の日本にとっての終戦月である八月、そのような趣旨のテレビ番組が連日放送される。戦争の記憶の継承は大事である。同時に、どうしてあのような戦争の惨禍が起こったのか、その要因を問い直し続けることが必要であり、それは日本近現代史研究が担う大きな役割でもある」。

 つぎに、著者は「なぜ中国か」と問い、つぎのように答えている。「周知の通り、近代日本の軌跡は、日清戦争・北清事変・対華二十一ヵ条の要求・満洲事変・日中戦争などに象徴されるように、中国との対立の歴史でもあった。日本の近現代を通して、中国は「大いなる他者」「忘れ得ぬ他者」であり、中国の存在を抜きにして、日本の過去も将来も語ることができない」。そして、「日中関係史を紐解こうとする場合、焦点となるのが日本人の中国観だ」。「本書では、この中国に対する日本人の一般民衆の眼差しを、「好き・嫌い」「良い・悪い」といった感情レベルで見ていきたい」。

 そのため「本書では近代日本で刊行された少年雑誌のビジュアル表現(挿絵・漫画・写真)に注目する。少年雑誌は、歴史学の領域であまり注目されてこなかった史料であり、民衆感情を捉えるうえで有用な史料であることはあまり知られていない。子ども向けの娯楽メディアである少年雑誌には、わかりやすい善悪二元論でエンターテイメント化されたものが溢れかえっている。特に中国との敵対時には、きわめて先鋭的な形で敵愾心や蔑視感情が誌面に表出し、中国・中国人に対する感情的な表現を読み取ることができる」。

 本書は、はじめに、全3章、おわりに、あとがきなどからなり、時系列の3章は明治、大正、昭和期である。本書の特徴は、つぎの3つにまとめられている。「①従来の中国観研究が対象にしてきた知識人層ではなく民衆の対中感情に着目する」。「②知識人層が執筆した記事や書物といった文字史料ではなく、少年雑誌の挿絵や漫画、写真といった非文字史料=ビジュアル表現に着目する」。「③明治・大正・昭和戦前期という長期間(一九世紀後半~二〇世紀前半)にわたる一般民衆の対中感情の包括的把握を行う」。

 全3章の関係は、第2章「「一等国」意識の大正期-「負」の象徴と「日中親善」の声」の最後の見出し「燻り続けたネガティブ感情」で、つぎのようにまとめられている。「第1章[「日清・日露戦争の明治期-同時代中国への蔑視」]で見てきた、一八九〇年代から一九一〇年代初頭の明治期は、日清戦争という直接的な敵対関係を経て、日本の対中感情を大きく変容させた時代だった。同時代の中国人のネガティブ感情は、日本社会一般に浸透・定着し、特に日清戦争中は、敵愾心の宣揚のため、激しい蔑視表現も見られた」。

 「その後の一九二〇年代に至る大正期でも、日清戦争後に定着した悪人描写、滑稽化などが、変わらず続いていた。日清戦争ほどの敵愾心の高揚ぶりは少年雑誌や映画にはなかったが、ネガティブ感情がつねに燻り続けていた。大正期も、辛亥革命や第一次世界大戦における日中間の確執など、明治期と同様に、日中間でいざこざが起き、明治期以来のネガティブな対中感情が、違和感なく存在できた時代だったといえる」。

 「他方、古典世界の中国偉人に対するポジティブな感情も、明治期と同じ傾向にあった。日本社会一般の対中感情に劇的な変化をもたらした戦争を経てもなお、古典世界の中国の扱いは変わらなかった。ただ、同時代の中国人との違いは、メディア露出の差にあった。同時代のネガティブな中国描写は圧倒的な量だった」。

 「日露戦争期の少年雑誌にも表れ、明治期の知識人層のなかで「支那保全論」、つまり東アジアを列強の侵略から守るために日本と中国は連帯すべきという考え方にも表れていた。次章[「満洲事変・日中戦争の昭和期-慢心と嘲笑」]の昭和戦前期にも、似たような中国に対する日本の優越意識が継承されていく」。

 第3章の最後の見出しは「戦争正当化に使用される中国古典」で、つぎのように結論している。「古典世界の中国・中国人は、近代日本を通しポジティブな評価の傾向にあったが、その日本人の「親しみ」「敬愛」すら、戦争を正当化する道具と化していたのである」。

 そして、「おわりに」冒頭で、つぎのように結論を述べている。「ここまで見てきたように、少年雑誌などから読み取ってきた大衆の近代日本の対中感情は、大きく分けると「同時代の中国へのネガティブ感情」と「古典世界の中国へのポジティブ感情」だった。もちろん、数量の傾向であり例外がないわけではない」。

 「本書で、あらためて強調したいのは、近代日本における中国・中国人が、日本人にとって息の長い「娯楽コンテンツ」だったことである」。「近代日本人は自分にとって都合のよい、されるがままのおもちゃの人形のように、中国・中国人を消費してきた。戦時中は、戦争プロパガンダのなかで、敵愾心を煽り戦争へ向かう熱を高める役目を負わされた。平時でも、小説など創作物の引き立て役である悪人として舞台に上げられた。あるいは、子どもたちの「嘲笑」の対象として滑稽に描かれ続けた。一九世紀末の日清戦争以降、中国人は日本人にとって身近な外国人であるとともに、中国人に間違われること、中国人役をさせられることに嫌悪感を抱く、そのような存在となった」。

 そして、つぎのパラグラフで「おわりに」を閉じている。「今後のよりよい日中関係を考えていくうえで、相手国への感情の歴史的変遷を知っておくことは決して無駄ではない。相手国に抱いている感情は、歴史の積み重ねのなかから生まれているからだ。戦後日本の対日感情については、さまざまな世論調査研究があるが、数値化された「親しみがある・ない」の内実は、もちろん同時代の政治・経済的影響が強いだろうが、それだけではないことを、本書が示した対中感情の軌跡が示唆すると思っている」。

 ただ、著者はつぎのような危惧を「あとがき」に加えている。本書の内容は、「中国の人々に強い不快感を与えるものだろう。日本人にも中国人にもショックを与えるような歴史をわざわざ掘り起こしているようにも思われるかもしれない。しかし、目を背けたくなるような表現をオブラートにつつんだところで、決して問題の解決にはならない。臭い物に蓋をするような姿勢は一見穏便に見えるが、「日本人は差別をしない」といったような、ネット空間を中心に語られる歪んだ歴史認識を助長してしまう恐れがある」。

 もし、本書で語られた中国人像が訪日中国人観光客や労働者などと重なるのなら、日本人の対中国感情は、いまも同じということになる。「つり眼・出っ歯」を誇張したアメリカ映画の日本人像の例を出すだけでなく、そういうものを変えたのはなにかを紹介してもよかったのでないだろうか。「嫌悪していった」民衆を変えるにはどうしたらいいのか、残された課題は大きい。


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