永井均『被爆者が眠る島-知られざる原爆体験』岩波ブックレット、2025年11月5日、76頁、680円+税、ISBN978-4-00-271115-7
戦争について、まだまだ知らないこと、わからないことが多々ある。その背景のひとつに、言えないことがある。その言えないことにも、時間がたてば言えることもあれば、死んでも言えないことがある。
本書の概要は、つぎのように裏表紙にある。「広島港の南3キロに位置する似島。かつてそこに、原爆により壊滅した市の中心部から被災者が続々と運び込まれ、野戦病院となった。大火傷により無残な姿となった被災者たちは、治療の施しようもなく命を落とし、死者として弔われないまま島に埋められた。被災者や救護者たちの手記や貴重な資料をもとに、歴史から取りこぼされてしまった、似島の原爆体験を蘇らせる」。
本書は、はじめに、時系列に全4章、おわりに、などからなり、「おわりに」で要約し、まとめている。
第一章「広島への原爆投下」では、まず「1 マンハッタン計画」で「日本に対して「警告なしに」原爆を使用する」ことを決定した1945年5月31日-6月1日の会議までの経緯、つぎに「2 二種類の原爆と投下目標」でウランとプルトニウムの2種類の原爆が、それぞれ広島と長崎に投下されることになった経緯を語っている。
第二章「臨時野戦病院と化した島」では、まず「広島にいた日本の軍人・軍属、一般住民や(アメリカ人を含む)外国人たちは、逃げる猶予を与えられず、その多くの命が瞬時かつ無差別に奪われた」だけでなく、「生き残った人々も火傷を負い、放射線を浴びるなどの残酷な形で傷つけられた」ことが説明され、つぎに「広島市の中心部から離れた似島は、急遽、臨時野戦病院となり、膨大な数の負傷者が搬送され、現場は文字通り修羅場となった」様子が具体的に描かれている。「一万人ともいわれる負傷者が小さな島に担ぎ込まれ、わずか二〇日間のうちに数千人の死者が出る。未曾有の事態に救護は難航し、激増する死者の葬送もあたわず、膨大な数の遺体はやむなくまとめて火葬するか、集団土葬するほかなかった。現場では、人間の尊厳さえ見過ごされがちになった」。
第三章「「千人塚」と「供養塔」」では、「終戦直後、野戦病院の閉鎖後に検疫所の関係者が千人塚を建て」、「被爆から二年余り後の一九四七年に、広島市が遺族の要望を受けて似島供養塔を建立した」経緯が語られている。前者は、「おびただしい数の死者を目の当たりにした救護者たちの痛みと無念、そして哀悼の意の表白だったと思われ」、後者は「多くの被爆者が島内で息を引き取り、遺骨が眠る場所として市が認知したからであった」。しかし、「これら千人塚や似島供養塔は、限られた範囲の遺骨を集めて埋葬した、いわば暫定的な墓地だった」が、「終戦の前後に検疫所の関係者や遺体処理の担当兵士が似島を引き揚げていくと、島内で遺体の埋葬場所に関する正確な情報を伝え得る人はいなくなった」。
第四章「遺骨発掘と想起される記憶」では、「似島の「原爆の記憶」の痕跡が薄まり、記憶の風化が進む中、被爆から四半世紀が過ぎた一九七一年に六〇〇体以上もの遺骨が発見され」、その後「一九九〇年と二〇〇四年にも遺骨が発掘され、現在もなお、被爆者とみられる遺骨が発見され続けている」ことが紹介されている。
そして、 なぜ「人知れず島内に取り残された遺骨」が、つぎつぎ発見されるのか、その一因を、著者はつぎのように説明している。「似島での原爆体験-。あの時、島で救護活動に従事した人や生き残った被爆者が、当時を思い出し、語るのはとても難しいことだった。それは、原爆による被害が凄惨に過ぎ、かつ自身があの時、あの場所で過ごしたことで生じた悔悟や罪の意識が、痛みとなって心に沈潜したからである。こうした経緯があって、救護者など関係者は心に重荷を背負い、他人はもとより、家族にさえ当時の話をすることをひどくためらった。彼らは似島の記憶を「じっと胸の中に押し込んで、耐えて、話すことができなかった」のである。実のところ、関係者が当時のことを文章に残し、語り始めるようになるのは、戦後(被爆後)三〇年以上も経った一九八〇年代頃のことであった。あの体験を言葉にし得るまでには、それだけ長い時間を要したのである」。
そして、つぎのパラグラフで本書を閉じている。「戦争になると、どのような状況になるのか、そもそも、なぜ、どのように戦争は始まるのか、そして、核攻撃は人間に何をもたらすのか-。これまで見てきたように、核攻撃の結末の一端を伝える「似島の記憶」は、戦後、長く逡巡しながらも、自身の体験を後世に伝えようと、静かに努力を重ねてきた人々が残した証言によって紡がれてきた。当時の惨状の記憶が薄れ、対照的に今日なお世界に一万発を超える数の核兵器が-あたかも当然の如く-存在する現実を前に、先人たちの言葉にどう向き合い、教訓を得るのか。その判断は、今を生きる私たちに委ねられているのである」。
どんなかたちであれ、表現できるようになったのは、ほんの一部でしかない。現実は、はるかにそれ以上のものだったことに、思いを馳せることができるかどうかが、風化の速度を遅くする決め手になる。知らないこと、わからないことに気づくことからはじめなければならなく、本書の似島(にのしま)の例はその第一歩となる、文字通りブックレットである。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三『1912年のシンガポールの日本人社会-『南洋新報』4-12月から-』(研究資料シリーズ11)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2025年2月、159頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるhttps://waseda.repo.nii.ac.jp/records/2004934)
早瀬晋三『戦前期フィリピン在住日本人職業別人口の総合的研究』(研究資料シリーズ10)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2024年3月、242+455頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできるfile:///C:/Users/shaya/Downloads/KenkyuShiryoSeries_10_02.pdf)
早瀬晋三『電子版 戦前期フィリピン在住日本人関係資料:解説、総目録』(研究資料シリーズ9)早稲田大学アジア太平洋研究センター、2023年3月、234頁。(早稲田大学リポジトリからダウンロードできる https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/78131)電子版の発行は中止。
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』第1期(大正期)全12巻(龍溪書舎、2021年4月~23年1月)、第2期(昭和期)電子版(龍溪書舎、2023年12月)+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
早瀬晋三「戦前期日比混血者の「国籍」について」『アジア太平洋討究』第49号(2024年10月)pp.1-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/49/0/49_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「『南洋日日新聞』(シンガポール、1914-41年)を読むための覚書」『アジア太平洋討究』第48号(2024年3月)pp.1-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/wiapstokyu/48/0/48_1/_pdf/-char/ja
早瀬晋三「消える近代日本・東南アジア関係史研究-アジア史のなかの東南アジアを考える」『史學雜誌』第133編第7号(2024年7月)pp. 43-46.
早瀬晋三[書評]:太田出・川島真・森口(土屋)由香・奈良岡聰智編著『領海・漁業・外交-19~20世紀の海洋への新視点』(晃洋書房、2023年)『社会経済史研究』Vol.90, No.2(2024年8月)pp.160-64.
早瀬晋三最終セメスター「単著単行本を振り返る」
早稲田大学早稲田キャンパス19号館608号室、17:00~
10月14日『「ベンゲット移民」の虚像と実像-近代日本・東南アジア関係史の一考察』(同文舘,1989年11月)292頁。
10月21日『海域イスラーム社会の歴史:ミンダナオ・エスノヒストリー』(岩波書店,2003年8月)265頁。
10月28日『歴史研究と地域研究のはざまで-フィリピン史で論文を書くとき』(法政大学出版局,2004年12月)188頁。
11月4日『戦争の記憶を歩く-東南アジアのいま』(岩波書店、2007年3月)216頁。
11月11日『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局、2008年10月)268頁。
11月18日『未来と対話する歴史』(法政大学出版局、2008年10月)290頁。
11月25日『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社、2009年2月)90頁。
12月9日『マンダラ国家から国民国家へ-東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院、2012年6月)170頁。
12月16日『フィリピン近現代史のなかの日本人-植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会、2012年10月)282+26頁。
1月13日『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』(岩波現代全書、2018年3月)224+22頁。
1月20日『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES・SEA GAMES 1959-2019』(めこん、2020年7月)383頁。
1月27日『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』(人文書院、2022年1月)412頁。