藤原辰史『食べるとはどういうことか-世界の見方が変わる三つの質問』農山漁村文化協会、2019年3月1日、1500円+税、ISBN978-4-540-17109-3
本書は、「2018年3月27日開催の座談会「藤原辰史先生と語る『食べること』『生きること』」(共同企画:パルシステム、農文協)で収録した内容をもとにまとめ」たもので、参加者、企画者については、「この本ができるまで」で、つぎのように紹介されている。
「登場人物である8名の参加者は、パルシステム組合員・職員の家庭のお子さん(中学生・高校生限定)から募集し」、「昼食の時間には、参加者全員で産直米のおにぎりを握り、豚汁を食べながら、3時間にも及ぶ熱いトークが繰り広げられ」た。パルシステムは、「首都圏を中心とする12都県へ食材などを宅配する生活協同組合のグループです」。
座談会では、著者の藤原辰史が12-18才の8人の中高生(実際には4月からの中学生を含む)に問いかけた、つぎの3つを中心に話が進んでいく:「いままで食べたなかで一番おいしかったものは?」「「食べる」とはどこまで「食べる」なのか?」「「食べること」はこれからどうなるのか?」。
第一の問いにたいして、著者は、「「食べる」はネットワークに絡めとられている」の見出しのもと、つぎの3つにまとめている。「一つ目に、「食べる」とは、その瞬間の満足で終わらないということです」。「二つ目に、「食べる」とは、一人ぼっちで完結する行為ではないことです」。「三つ目に、「食べる」とは、味覚だけでなく、さまざまな感覚が一緒に働く行為」です。「つまり、食べることは、いろいろな関係性の網の目のなかに絡めとられているもので、とてもその一瞬だけを切り離すことができない行為なのです。「おいしい」という感覚も」、「十分に表現尽くすことなどできません」。
第二の問いにたいして、「食べることについての二つの見方」の見出しのもと、2つの極端な見方を示している。「一つ目は、人間は「食べて」などいないという見方です。食べものは、口に入るまえは、塩や人工調味料など一部の例外を除いてすべて生きものであり、その死骸であって、それが人間を通過しているにすぎない」。「二つ目は、肛門から出て、トイレに流され、下水管を通って、下水処理場で微生物の力を借りて分解され、海と土に戻っていき、そこからまた微生物が発生して、それを魚や虫が食べ、その栄養素を用いて植物が成長し、その植物や魚をまた動物や人間が食べる、という循環のプロセスと捉えることです。つまり、ずっと食べものである、ということ」。
第三の問いは、すでに進行中の「一日一回で済むクッキーのようなものになること、栄養素満点のゼリーやムースになること」にたいして、「噛むこと、共に食べることの意味」の見出しのもと、噛むことの重要性をつぎのように指摘している。「人間は噛みます。脳内に血が巡ります。しかしそれだけではありません。噛むと食事中に時間が生まれます。この時間が、食事に、「共在感覚」、つまり「同じ場所に・ともに・いる」気持ちを生み出すのです。この遠回りの行為が、給油のように直接消化器官に栄養補給しないことが、人間を人間たらしめているように思えます。たとえば、食材である生きものやそれを育ててくれた農家や漁師のみなさん、あるいは、料理をしてくれた人に対して感謝の気持ちをもつことも、人間ならではの感覚だと思うのです」。
専門書より、一般書を書くことのほうが難しい。本書は、さらに12-18才が相手である。著者は、「普段、いかに自分は研究者のあいだでしか流通しない言葉に頼っていたのか、しかも、その言葉をどこまで深く追求してきたのか、反省させられました」と述べている。そして、「アフタートーク」で「子どものほうが哲学の近くにいる」という見出しを立てている。研究者は、「専門用語」に安住して、哲学的思考を停止しているということで、著者は「十代の参加者の発言から知的興奮を受けました。知的興奮は学問の基本、極めて原始的な動物的な感覚だと思います」と述べている。
さらに、つぎのように述べて本書を締め括っている。「座談会に参加した十代の人たちの目の端に野性味が宿り、口元に知的興奮の跡をみつけることができたのは、やはり、この身体感覚が期せずして共鳴したからだと思います。みなさんもぜひ、日頃酷使している自分のからだの音に耳を澄まし、からだが発するメッセージを誰かと共有してみてください。そうすればもう、永遠にクリアはできないかもしれないけれど、この上ない知的快楽をもたらしてくれる学問の世界から抜け出せなくなるでしょう」。
著者は、これでまた学ぶ領域を広げ、読者対象を広げた視野で、「学問」を論じることができるようになった。企画者は、若い世代に学んでほしいと思ったのだろうが、「先生」である著者のほうが多くを学んだのかもしれない。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
コメント