伊藤絵理子『清六の戦争-ある従軍記者の軌跡』毎日新聞出版、2021年6月20日、190頁、1500円+税、ISBN978-4-620-32686-3
「「新聞が戦争に加担した」というのは、疑いようのない事実だ」、「戦時中の新聞記者は何をしたのか」を問うた現役の記者(著者)が、戦時中の身内の記者(曾祖父の弟の清六)の言動を通して、自分自身に「自分だったら何ができただろうか、どう振る舞えたのだろうか」と問うようになっていった。
著者、伊藤絵理子とともに苦闘した様子を、上司の磯崎由美は「刊行にあたって」で、つぎのように述べている。「当時の新聞社について調べるほど、私たちは戦争をあおり、部数拡張につなげていく露骨な報道に憤りを覚えた。いくら悲惨な最期を遂げたとしても、清六を単なる犠牲者としては書けない。だが私たちにどこまで清六を断罪できるのか。そんなやりとりを2人で何度繰り返したことだろう」。「記者個人の「罪」とは何か。もし自分たちが当時の記者であったなら-。悩み続けるうちに、これは答えの出る問いではなく、考え続けていかなければならない問いなのだと気づいた」。
「そうして浮かび上がってきた清六の姿は、言論統制下の戦時中にとどまらない普遍的なテーマを私たちに突き付けてきた。それは、「自ら属する組織の中で、個人はどう葛藤し、そう振る舞えるのか」ということ。そして「いつどんな時でも、記者は報道の中立性を守り抜くことができるのか」ということだった」。
本書を書くことができたのは、限られているとはいえ新聞社に資料が保管されていることはもちろんのことだが、「貧しい農村」生まれの清六の生家に「伊藤文庫」と呼ばれている別棟が存在していることで、清六の生い立ちがわかったからだ。さらに、毎日新聞社が占領地マニラで発行した『マニラ新聞』にかんする2冊の本が、当時の速記記者と編集局長の息子によって、それぞれ1994年と95年に出版されていたことも助けになった。
本書で新聞記者の戦争責任が問われているが、欠けているのは戦後責任だ。本書では、敗戦後、経営陣の戦争責任が追及され、「終戦直後の8月末、奥村信太郎社長らが退陣した。次いで11月、副部長以上の管理職を一新した。翌1946年2月には、「言論の自由独立」を掲げた憲章も制定されている」と述べた後、「だが軍と一体化した報道や、それによる部数拡張などの検証が充分に行われたわけではなかった」とだけしか書かれていない。
経営陣だけでなく、新聞報道そのものの責任を検証する機会はその後も何度もあったはずだ。だが、1952年に日本が主権を回復し戦前・戦中の権力が復権したときも、60年安保や70年安保のときも、80年代に教科書問題、従軍慰安婦問題、首相の靖国神社公式参拝問題など一連の歴史認識問題が起こったときも、報道の戦争責任を問うことはなかった。なぜなのだろうか。80年代には、報道に携わる者のほとんどが、敗戦時に成人に達していなかったか、戦後生まれに変わっていたにもかかわらず、報道のあり方を問う者はいなかった。敗戦直後から「終戦」ということばが使われ、本書でも使われている。「敗戦」という意識さえ、ずっとないまま今日にいたっているのだろうか。
本書では、敗戦後の毎日新聞本社の動きを、つぎのように伝えている。「11月、「臨時外地関係終戦事務局」を発足させた。事務局員は全国各地に足を運び、帰国した軍関係者や民間人など百数十人に会って、殉職社員の最期の状況について聞き取りを行った。また、国外に残る約400人の社員の引き揚げ対策や、遺族や未帰還者の家族の支援にも当たった」。フィリピンで殉職した社員の悲惨さなどを知ったにもかかわらず、そこからなにも学ばなかったのだろうか。
「答えの出る問いではなく、考え続けていかなければならない問い」だと気づいたのであるなら、関係者がすでに亡くなって問うことのできなくなった戦争責任だけでなく、まだ問うことができる存命者のいる戦後責任についても問う必要がある。本書の続編で戦後責任を問うことによって、「自分だったら何ができただろうか、どう振る舞えたのだろうか」が、ほんの少し、みえてくるのではないだろうか。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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