濱田武士・佐々木貴文『漁業と国境』みすず書房、2020年1月10日、375頁、3600円+税、ISBN978-4-622-08870-7
本書「序」の見出し、「外国漁船にとり巻かれた日本近海」「「守り」の時代」「領土にからむ「問題水域」と漁業交渉」をみると、いかに日本の漁業が厳しい状況におかれているかがわかる。とくに、「第一章 外洋漁業の近現代史」「2 日露戦争による漁業権益の拡大」を読んだ後に、現状を考えると暗澹たる気持ちになる。
本書の概要は、表紙裏に、つぎのようにまとめられている。「北方水域、日本海、東シナ海、南洋-日本とロシア・中国・韓国・北朝鮮・台湾などの国境水域と島々では、漁船の不法侵入や不法操業が収まらない。国連海洋法条約や二国間の漁業協定は締結されていても、海の国境線に関する合意は存在していないのだ」。
「線を引くことも壁を立てることもできない海を舞台とする漁業は、繰り返される紛争と交渉で成り立ってきた。日本は領土問題では一歩も引けないが、国際関係の維持も優先せねばならず、漁業外交では不利な譲歩が続く。主権の及ぶ近海でさえ他国の漁船が許可なしに操業している」。
「海は、かつては軍事、そして今も資源と領土ナショナリズムの最前線である。漁民は、戦前は植民地拡大の尖兵となり、戦時中は船とともに徴用され、戦後の食糧難の時期にはたんぱく源の供給を担った。外貨獲得・高度経済成長を支えたのも、世界の海に出漁した遠洋漁業であった。しかし現在は漁業人口・漁船数・漁獲量の減少が止まらず、労働力を外国人船員に依存している。国境水域での漁業は補助金なしには立ちいかない」。
「本書は国際漁業関係史をふまえ、日本周辺水域の「海の縄張り」争いの政治・経済的な原理を明らかにする。領土問題が固定化して動かない現実のなかで、現場からの知見に立ち、漁業の未来への抜け道を示す」。
本書は、序、全5章、終章、おわりに、などからなる。第一章「外洋漁業の近現代史」では、「富国強兵、殖産興業政策のもと、膨張主義路線を歩んだ明治以後の日本の漁業、すなわち欧米の技術のキャッチアップによって生産力を拡充し、領地、植民地、統治域を拡張しながら、日本人漁業を外洋、海外に広げたそのプロセスと、戦後隣国との漁業摩擦をみていきたい」という。
「第二章からは水域ごとに、それぞれの章で完結するように綴」られている。第二章「北方水域-各国混戦の北太平洋漁場とロシアが重点化する北方領土」は、「北方水域である。日本からみた北方水域とは、北太平洋の高緯度水域またはオホーツク海やベーリング海も含む。主として北洋漁業から北方領土関連水域そして北太平洋沖合において日本漁業がどのような展開をみせて、外国との漁業摩擦がどのように発生したかを、北方領土問題との関係からもみていく」。
第三章「日本海-竹島=独島と日本・韓国・北朝鮮の攻防」は、「もっぱら朝鮮半島との関係から日本海を対象にする。日韓、日朝の間でどのような漁業協定が結ばれ、どのような運営がなされたのかに着目したい。日韓の間では「竹島=独島」というセンシティブな問題が漁業でどう扱われているのかを描くことにする」。
第四章「東シナ海-失われた日本漁業の独壇場と尖閣諸島問題」は、「東シナ海を対象とする。この水域は、日本と中国、韓国、台湾との間に挟まれている。さらに中国と台湾という分断国家との間で日本が漁業外交に関していかなる対応を図っているかについて論じていく」。
第五章「南洋-アメリカの海は「中国の海」になるのか」は、「南洋を対象とする。南洋は今の日本からすれば国境水域ではないが、かつて日本の委任統治下にあった外地の水域でもあり、漁業権益がそこにあった。南洋に展開した外地漁業がどうなっているのか、その現状について触れた」。
そして、終章「領土問題が固定化するなかで」では、「国境水域にみる漁業と国家の関係を考察し、漁民の未来に何がまっているのかを考え」、つぎのように述べて「結論」としている。「国境水域については、問題の捉え方を「国家」ではなく「漁民」という視点から組み立て直す必要がある。政府間で解決できるのならそれに越したことはないが、それが期待できない現実では、そこに委ねるしかない。日韓で行われているような民間交流や当事者間協議のやり方だけでは足りない。国境水域に生きる漁民として、国家を超えて理解しあえるかどうかが、問われている」。「政府間の協議が進んで共同管理化できないかぎり、残念ながらこれが唯一「漁民」に残された未来への抜け道である。ただ、隣国では漁船員の国際化が日本より早く進み、「漁民」という主体が変わりつつあるなかで、現実的には無理かとの懸念が大いにあるけれども」。
「攻め」で漁業権益を拡大した日本の外洋漁業は、戦後多くを失い、「守り」に入った。「守り」で大切なことは、生活漁業と商業漁業を分けて考えることだろう。国家から切り離して、漁をする人から流通、料理する人まで漁業を職業とする漁職と、消費者の魚食まで、日本の食文化としての生活漁業を優先的に考えると、補助金の使い方も違ってくるだろう。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
近刊:早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、411頁、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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