伊藤康宏・片岡千賀之・小岩信竹・中居裕編著『帝国日本の漁業と漁業政策』北斗書房、2016年10月21日、346頁、3000円+税、ISBN978-4-89290-039-6
本書のキーワードは「帝国」、そしてその政策である。それをポジティブにとらえるか、ネガティブにとらえるかで、ずいぶん違ってくる。そして、それを戦後の日本漁業に結びつけることによって、今日日本が置かれている「漁業」がわかり、とるべき「政策」がみえてくることだろう。本書は、その歴史的基礎となる。
本書は、2007年に設立された水産史研究会が10周年を迎えるにさいして企画された。水産史にかかわるすべての事項、時期を対象とする研究会で、「比較的報告の多い近代の水産業をまとめ」たものである。
その近代(明治初年~太平洋戦争)の漁業は、つぎのように「はじめに」でまとめられている。「一言でいえば近代化=資本主義化の過程であった。漁業法制が確立し、目覚ましい漁業技術の発展があり、資本制生産様式が普及し、生産高は高まり、水産物市場が国内外とも拡大した。漁業の近代化によって日本は世界最大の漁業国となったが、漁業は沿岸、沖合、遠洋に、漁業制度は沿岸漁業における漁業権制度と沖合・遠洋漁業における許可制度で構成された。漁業経営体は広範な自営漁民の存在、賃労働者の形成、中小資本漁業の台頭と躍動、特定漁業を独占する巨大漁業資本成立といった重層構造が形作られた。漁業の近代化は日本社会の近代化を基盤としており、漁業政策によるところが大きいことはいうまでもない」。
本書は、企画にあたって、2つの点に留意した。「1つ目は、対象地域を日本の植民地・半植民地を含めた帝国日本の版図としたことである。従来の水産史研究は、帝国日本の水産業全体のなかで植民地・半植民地漁業が正当に位置づけられ、扱われてこなかったという反省に基づいている。帝国日本の版図は拡大し、植民地・半植民地に内地の漁業が移植され、内地の漁業政策が準用された。千島・樺太交換条約に始まり、日清戦争による台湾領有、日露戦争による樺太割譲、関東州の租借権獲得、日露漁業協約による露領出漁、韓国併合、第一次大戦の結果、日本の国連委任統治領となった南洋群島では日本人漁業が主導的役割を果たし、内地への水産物の供給基地、水産物の需要地となった」。
「2つ目は、本書を総論と各論の2部で構成し、総論では時期を3期の発展段階に分けて、漁業の近代化過程を概説したことである」。総論は、つぎのように時期ごとに要約されている。
「「Ⅰ.近代漁業への模索」(伊藤康宏)は明治初年から資本主義の萌芽期にあたる1900年頃までを対象とし、沿岸漁業は転換期を迎え、慣行を基礎とした漁業制度が確立する時期である。水産業の発展は、無動力漁船段階にあって、西欧技術の導入と在来技術の改良発展が並行しつつ、新旧漁法の交替、定置網漁法や養殖技術の改良が進行した。水産業振興策として博覧会・共進会の開催、巡回教師制度の創設、水産調査の推進があった。漁業制度では、海面官有・借区制を布告したが、混乱が生じたので借区制を取り下げ、慣行漁場利用に基づくものとした。その後、各府県ごとの資源保護措置、漁業組合準則による漁業調整がとられ、さらに旧明治漁業法の制定で漁業権制度が確立し、その管理主体としての漁業組合の設立をみたことが概説されている」。
「「Ⅱ.近代漁業の成立と展開」(小岩信竹)は1900年頃から第一次大戦終結までの資本主義の成立・発展期が対象である。漁業では綿糸漁網の普及、動力漁船の登場、沖合・遠洋漁業の形成と許可制度の制定、露領漁業の発達、水産物流通・加工では製氷・缶詰技術の発達、工場制機械生産の出現、中国向け輸出から欧米向け輸出への転換が進んだ。本論では漁業人口、漁業生産高、漁船数の動向を概観し、技術発展では各府県水産試験場の設立、漁船の動力化、綿糸漁網の機械編みを、漁業政策として遠洋漁業奨励策と明治漁業法の制定と植民地への準用を取り上げた」。
「「Ⅲ.近代漁業の再編」(片岡千賀之)は第一次大戦から昭和戦前期が対象で、第一次大戦戦後不況、昭和恐慌、軍国主義化を強めながら日中戦争、さらに太平洋戦争へと突き進む波乱の時代である。漁船動力化の普及、漁業組合の経済事情の進展、卸売市場の整備、植民地漁業の本格的発展、金輸出再禁止以後の水産物輸出の拡大、漁業経営体の階級・階層分解の急展開がみられた。日中戦争後は戦時体制が組まれ、輸出市場を喪失し、漁業生産力は急速に縮小した。本論では、漁業生産高、各種漁業の発展、外地の水産業、水産製造業、水産物流通と貿易の拡大、巨大漁業資本の形成、戦時体制下の水産業を要約している」。
「各論は12章から構成され、テーマ別に「制度・基盤」(1~3章)、「北洋・北海道漁業」(4~6章)、「内地・植民地漁業」(7~8章)、「水産業振興・開発・人物」(9~12章)」に大括り」している。
「帝国」がキーワードなら、「帝国」側の視点と、「帝国」の支配・影響下に置かれた側の視点の両方が必要である。後者の視点が加わると、戦後、今日がよりはっきりみえてくる。
出版社の編集者が、充分に仕事をしていないことが気になった。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
近刊:早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、412頁、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
コメント