石澤良昭『アンコール王朝興亡史』NHK出版、2021年10月25日、301頁、1700円+税、ISBN978-4-14-091271-3

 本書は、「世界的なアンコール学研究者の六〇年近い研究の総決算」である。2005年に出版された『アンコール・王たちの物語~碑文・発掘成果から読み解く』(NHKブックス)に、「発掘成果、最新の碑文解読や建築学、美術図像学の研究の成果による新たな史料を校訂し、遺跡の保存修復中に見出した伝統技法の新発見などを加え、大幅に加筆、改訂」したものである。

 600年におよぶ26代の王位簒奪と寺院造営の歴史の大まかな全体像がわかったことは、冒頭の「アンコール王朝と寺院遺跡の造営一覧表」からわかる。本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「往時の人々の六〇〇年に及ぶ叡智と最先端技術の結晶である世界遺産アンコール。前にすると膨大な石像伽藍に圧倒される。クメールの人々は、これだけの建造物をどうやって造ったのか、労働力を支えた経済力は何によって賄われていたのだろうか、造営した二六代の王たちは何を考え、どのように生きたのか。碑文、発掘成果、最新測量技術などを駆使した研究成果を踏まえ、アジア世界へとつながっていた王道の踏破、周辺五大都城調査、世界的な大発見二八〇体の仏像の発掘などを通して、王たちの興亡の歴史を振り返る」。

 本書が、「東南アジアの帝国、遅れて登場してきたアンコール王朝という視座で再考」したことは、全11章のタイトルを並べるとわかってくる:「第一章 アンコール遺跡とは何か-巨大な建寺エネルギーに圧倒される」「第二章 群雄割拠をまとめた若い王-前アンコール時代末期からジャヤヴァルマン三世まで」「第三章 アンコール王朝を造営した炯眼の王」「第四章 最初の大都城ヤショダラプラ」「第五章 アンコールへの再遷都を行なった王」「第六章 最初の建寺王-忠誠を誓った査察官たち」「第七章 スールヤヴァルマン二世の大いなる野望」「第八章 偉大な建寺王ジャヤヴァルマン七世」「第九章 浮彫りに描出されたアンコール都城の人々」「第一〇章 すべての道はアンコールへ-ヒトとモノが動いた王道」「第一一章 世紀の大発見、二八〇体の仏像発掘-歴史は塗り替えられた」。

 著者が、「国際政治に翻弄されるカンボジア」のまっただ中で調査することができた背景には、カンボジアの人びとの日常の信仰があった。著者は、「おわりに」で「衣食足りて来世へつなぐ-自力救済主義」の見出しの下に、つぎのように述べている。「カンボジアの人々は上座部仏教を篤信し、だれもが功徳を積みたいと願っている。村人が托鉢に戸口に立つ仏僧に丁寧に接するのは、解脱へ導いてくれる期待を込めた敬虔な行為なのである。そして最も関心があるのは来世の極楽浄土のことであり、誰もが第一番目に極楽浄土を目指している。魅力的な天女がいるというのであるから、希望者が多いし、ほのぼのとした茶目っ気振りも納得できる。上座部仏教は出家者の仏教であり、自力救済主義である。カンボジア僧侶は妻帯せず、実践的な修行により涅槃の境地に達することを最終目標としている」。

 また、著者は60年にわたる遺跡研究を、「おわりに」でつぎのように総括している。「遺跡に思いを馳せるとき、私たちは一体どこから来たのか、またこれから先、どこへ行こうとしているのかと問わずにはおれない。遺跡には様々な謎があり、未だ解明されていないものが多い。科学的方法でそのメッセージを解明していく作業が必要である。遺跡を科学的に看破し、そこにかつての人間を登場させる研究こそ、遺跡研究である」。

 巻末に50余り列挙されている著者の業績に親しんできた者にとって、本書は「発掘成果、最新の碑文解読や建築学、美術図像学の研究の成果による新たな史料を校訂し、遺跡の保存修復中に見出した伝統技法の新発見など」の過程がわかり、これまでと違った趣で愉しんで読むことができた。

 アンコール王朝の歴史についてはわかった。だが、偉大な遺跡を残した王朝のその後についてはよくわからなかったが、「二人のカンボジア人歴史学者が新「ポスト・アンコール史」」を出版し、著者らの訳で『カンボジア中世史』(めこん、2021年)も『カンボジア近世史』(めこん、2019年)も日本語で読めるという。早速、「中世史」から読もうとしたが、まだ出版されていないようだ。

 本書から、著者のこれまでの研究が多くの人びとに支えられ、これらの人びとへの著者の感謝の気持ちが伝わってくる。出版物にかんしては、「浄書作業等を手伝」う人びとに支えられてきたことがわかる。それでも見落としはある。「おわりに」に「なぜ上智大学がR・マグサイサイ賞か」の見出しがあるが、どこにも「R・マグサイサイ賞」の記述はない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
近刊:早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。