大矢英代『沖縄「戦争マラリア」-強制疎開死3600人の真相を語る』あけび書房、2020年2月10日、221頁、1600円+税、ISBN978-4-87154-166-4

 「英代には戦争マラリアを学んだ者としての責任があるよ。それをどう社会に還元しながら生きるのか、考えないといけないよ」。著者が下宿した波照間島のおじいのことばである。

 「戦争マラリア」とはなにか。「はじめに」で、つぎのように説明されている。「戦時中、米軍が上陸せず、地上戦もなかった波照間島では、空襲など直接的戦闘による犠牲者はゼロだった。それなのに、なぜ大勢の住民たちがマラリアで病死したのか。調べてみると、それは住民たちがマラリアの蔓延する西表島のジャングル地帯へと移住させられたことが原因だった。しかも、日本軍の命令によって、強制的に」。「軍命による強制移住、それが引き起こしたマラリアによる病死。これが沖縄で「もうひとつの沖縄戦」と呼ばれてきた「戦争マラリア」だ」。

 おじいに「責任があるよ」と言わせた著者と「戦争マラリア」との過去10年間のかかわりは、「おわりに」でつぎのように述べられている。「この本の執筆にあたり、過去10年間の膨大な戦争マラリアの資料を読み返し、撮り溜めたインタビュー映像や動画を再生した。取材を始めた頃から書き始めた取材ノートは20冊以上にのぼっていた。そこには、ジャーナリストを目指して歩み始めた22歳の私自身、戦争マラリアを追って石垣島を駆け回っていた23歳の私、そして波照間で浦仲のおじいおばあたちと暮らし、サトウキビ農家になった24歳の私、そして報道記者として現場取材に明け暮れた私自身との対話でもあった。この10年間を振り返りながら、様々な思い出が駆け巡り、執筆しながら時に笑い、時に涙した。たくさんの人たちの「痛み」に触れる日々だった」。

 本書は、はじめに、全3章、最終章、おわりに、などからなる。第1章から最終章まで、時系列的に著者の体験を語りながら、「おわりに-みんなが生きてきた証を残す」に向かっていく。

 本書の結論は、「はじめに」でつぎのように述べられている。「日本軍がどのように住民たちを作戦に利用し、時に武器を持って戦わせ、そして住民たちが軍にとって「不都合な存在」となった時、一体何が起きたのか。戦後これまで語られてこなかった沖縄戦の最も深い闇を「スパイ」というキーワードで描いた。これこそが沖縄戦の悲劇であり、日本軍が展開した真の作戦であり、その中にマラリア有病地へと移住させられた波照間島の人々も飲み込まれていた」。

 体験者が「思い出したくもない」と言って取材拒否した2010年春、著者は「体験者たちとひとつ屋根の下で衣食住を共にしながら、人間関係を作りながら取材する必要がある」と思い、大学院を休学して12月から波照間島で暮らしはじめた。11年5月の取材ノートには、つぎのことばが書かれていた。「ドキュメンタリーを撮るということは、どうしても人を傷つけてしまう。それを一番私は恐れている。でも「心」というのは、きっと痛いという感覚がきちんといつも得られることが大切なんだ。麻痺して、何も感じなくなった時、心はきっと死んでしまっている。相手の立場で物事を考えていけば、相手の痛みも、私の痛みも、きっと必要最低限で済むと思う」。

 著者の被害者に寄り添う気持ちは、「加害者」である強制移住を指揮した者にも及んだ。体験者が「涙が出るほど憎たらしい」「あの人のせいで波照間みんな死んだのに…。殺せばよかった」と吐露した陸軍中野学校出の軍人にたいして、著者はつぎのように語っている。「戦時中、酒井氏は、私と同じ年頃の25歳の若者だった。戦後のインタビューで強制移住は「天皇陛下の命令だから」と平然と語っていたように、軍命を忠実に遂行した彼は、当時の軍の価値観で見れば非常に優秀な軍人だった。もし彼のように軍国主義の元で教育され、陸軍中野学校でゲリラ・スパイの特殊訓練を徹底され、南海の孤島に特務員として送られ、そしてたった一人で住民利用という日本軍の重要な作戦を遂行する任務を与えられたら、私は、どうするだろうか」。

 さらに著者は、現在の職場での「上司の指示」や「現国会が次々と生み出す「法律」」によって「今後起こりうる自衛隊からの「協力」」に、「私たちは-あなたは、私は-果たして、どこまで抗うことができるのか」と問い、「私たちの中にある普遍的な弱さを、今、一人ひとりが問わねばならない」と主張する。

 本書を読むと、沖縄は日本の辺境としてしか感じられない。本書に掲載されている地図を見れば、波照間島や西表島を含む八重山諸島は台湾のすぐそばで、沖縄本島より中国本土のほうが近いことがわかる。近代の戦争が国家と国家であることから、八重山諸島は日本側にいたことは事実である。だが、島を脱して難民となることも考えられたはずなのに当時、そんなことを考える者はいなかった。そして、戦後の混乱のなか、多くの台湾人が八重山諸島などに居を構え、現在もその子孫が住んでいる。さらに時代を遡って、日本に併合(琉球処分)された1879年後の沖縄の歴史を振り返る必要もあるだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
近刊:早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。