西芳実『夢みるインドネシア映画の挑戦』英明企画編集、2021年12月26日、346+xix頁、2500円+税、ISBN978-4-909151-22-3
丁寧につくられた本である。脚注はいうまでもなく、本文に登場する映像作品や監督などに関連する情報の参照箇所が→で示されている。巻末には、「本書で取り上げた映像作品一覧」が「邦題五十音順」と「原題アルファベット順」別にある。資料には、「監督紹介」「インドネシア映画研究ガイド」「インドネシア映画関連年譜」「観客動員数が100万人を超えたインドネシア映画(1999年~2019年)」がある。どれも丁寧に編集されている。
本文も、第1部「インドネシアの夢と願いを映画にみる」「序論-一九九八年政変以降を中心に」はつぎの3章からなり、わかりやすい導入部になっている:「第1章 多彩なインドネシアを構成する民族と言語、風土と社会」「第2章 インドネシア映画史-一九二六年~一九九八年」「第3章 新生インドネシアの三つの挑戦を映画にみる」。
この3つの挑戦が第2~4部の各部のテーマになっており、第1部第3章の冒頭でつぎのように説明している。「一九九八年の政変以降、インドネシア社会は民主化と自由化を進めて新しい社会をつくろうと取り組んできた。その過程では、過去に蓄積されてきた矛盾や弱さが露呈するのを受け止め、それをインドネシア社会全体のなかに位置づけ直して前に進むことも必要だった。こうして新生インドネシアを構想するにあたっては、考えなければならない三つの大きな課題があった」。その3つの課題とは、「権威に頼らず社会をまとめる-政府(父)-国民(子)関係の再構築」「世界、国内、個人の三層でいかに多様な信仰を実践するか」「国難の犠牲者を忘却から掘り起こし、国民として共有する」であった。
本書で取りあげられた映画で語られた「夢と希望」は、「インドネシア」というコンテキストのなかにある。著者は、「おわりに」の冒頭で、「インドネシア」について、つぎのように語っている。「インドネシアは、西洋人の植民地支配の都合でたまたま引かれた国境線に囲まれた地域として生まれた。しかし、植民地支配や戦争を経験する中で、そこに住む人々は、自分たちは同じ運命を共有するかけがえのない一つの社会だと自覚するようになった」。「こうしてインドネシアという社会が想像されていく過程で、多文化・多宗教の共生や階級差がない社会など、当時の世界で考えられていた理想的な価値がインドネシアではどれも実現可能だと確信されていった。そして、インドネシアが国として発展していくことで、そこに暮らす自分たちがそれらの価値の実現という理想の状態に近づくとともに、世界も理想の状態に近づけるという夢が実現すると信じられていた」。
そのようななかで、映画が担った重要な役割は、「インドネシアという物語の織り直し」で、「本書は、一九九八年以降のインドネシア映画がインドネシアという物語の織り直しにどのように挑戦して来たのかを、家族主義と父親の役割、規範意識と信仰・女性、国民の受難と地方の受難の三つのテーマから検討してきた」。
そして、著者は「おわりに」で、4部全13章からなる本書の第2~4部の各章を要約した後、つぎのように述べて「おわりに」を閉じている。「インドネシアという物語の織り直しは今後も続いていく。フィクションと現実を結びつけ、それを他者と共有することを可能にする映像は、今後も夢みるインドネシアの推進力になるとともに、夢みるインドネシアの姿も映し続けることだろう」。
だが、「目次」の後に掲載された「本書に登場する映画の舞台」の地図を見ると、ジャワ島に偏っており、「インドネシア」とは「ジャワ島」のことかという疑念が浮かぶ。著者は、そのことも充分承知していて、「あとがき」でそのことを含めて、本書をつぎのように総括している。「本書では、インドネシア映画の個別の作品の内容を紹介するとともに、全体で「インドネシア映画」という一つの物語として語ることを試みた。そのため、本書では、厳選した少数の作品を深く読み解くのではなく、国際映画祭に出品されるようなアート性の高い作品も、もっぱらインドネシア国内で上映されて外国の観客には存在も知られていないような作品も、幅広く取り上げている。インドネシアではジャンル横断型の作品も多いため、ジャンルに縛られずに本書の主題に照らして作品を取り上げた。また、インドネシアの映画制作が首都ジャカルタに偏重する傾向があることを踏まえて、ジャカルタやジャワではない地方の映画も取り上げるようにも心掛けた。ただし、百科事典にするのではなく、社会との関わりを踏まえたインドネシア映画の見取り図を示すことを目的としたため、本書で取り上げなかった作品もある」。
ジャワ島に偏重していないことを示すためには、本書で紹介された映画の地方での観客数なども知りたいところである。1980年代に盛んに議論された国民国家・国民統合が、その後のグローバル化や地域主義の影響で、とんと語られなくなった。そして、いま「インドネシアという物語の織り直し」がおこなわれている意味を、国民の物語としてだけでなく考えてみたい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
近刊:早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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