石川幸一・馬場啓一・清水一史編著『岐路に立つアジア経済-米中対立とコロナ禍への対応-』文眞堂、2021年10月20日、253頁、2800円+税、ISBN978-4-8309-5130-5

 コロナ禍が長期化し、先行きが不透明な今日、今後を見据えて語ることは容易ではない。本書は、このようななかで現状を把握して判断し、行動しなければならない経済人にとって大いに頼りになる。まずは、本書を構想し、適切に執筆陣を選んだ編著者、およびその期待に応えた各執筆者に敬意を表したい。

 本書の概要は、帯につぎのように書かれている。「アジアは危機の中で何を目指し、どう変わるのか! 米中対立とコロナ禍の中、アジアの経済は未曽有の試練に立たされている。アジアはどこに向かうのか。さらなる経済連携の強化によってこの危機を克服し、新常態にソフトランディングできるのか。それともアジアの分断と停滞の始まりとなるのか。本書は、岐路に立つアジア経済の現状と課題、政策的な対応と今後の展望について様々な視点から考察」。

 本書は、はしがき、4部全16章からなる。各部は4章からなる。第Ⅰ部「米中対立に翻弄されるアジア」第1章「激変するグローバル経済におけるアジアの貿易構造」は、「世界経済におけるアジアの経済成長プロセスを政策的工業化に注目して考察したうえで1980年代以降東アジア地域の貿易プレゼンスの拡大が世界経済を拡大したことを指摘し、その輸出構造と競争力を分析している」。

 第2章「変容する米中経済関係の行方:米新政権の成立」は、「米中通商交渉第一段階合意の大半は発表・実施済事項の再確認の意味合いが強いこと、デカップリングは限界があることなどを指摘し、米中貿易戦争は米国経済に大きな負の影響を及ぼしたと論じている」。

 第3章「米中対立と5つのインド太平洋構想-重要な連携と協力」は、「日本、米国、豪州、インド、ASEANの5つのインド太平洋構想を検討し、法の支配、航行の自由、自由な市場、平和的な紛争解決など多くの共通点を持つが、日本は質の高いインフラなど経済開発を重視し、米国は米中間の競争という認識が強いと指摘し」、「5カ国地域の連携と協力が重要と論じている」。

 第4章「米中対立の新たな構図と日本の役割」は、「トランプ政権下の米中対立が新型コロナウイルスの感染拡大で経済問題から外交全般に拡大したことを指摘し、デカップリングを進める米国の対中規制が国防授権法など国内法に基づいておりWTO協定違反の恐れもあるとみて」、「米中をルールに基づく多国間の枠組みに取り込むことが必要であり、メガFTAの重要性が一段と増していると論じている」。

 第Ⅱ部「パンデミック(コロナ感染拡大)の影響」第5章「コロナ禍で高まる対中貿易依存リスク-経済的相互依存関係の危機」は、中国でのコロナ感染拡大による都市封鎖で自動車産業や電子機器のサプライチェーンの混乱、中国に供給を過度に依存しているマスクの世界的な供給不足が起こり、感染一服後は中国は医療品外交を展開したが、品質問題などから中国製品、中国政府への信頼を損ねたと指摘している」。「過度な中国依存は中国の圧力を強めるリスクであり、低コストよりも信頼性の高いサプライチェーンを構築することが政治的に優先されると論じている」。

 第6章「コロナ禍と米中対立が韓国に促すチャイナ・プラスワン」は、「経済の対中依存度が極めて高い韓国では2020年にワイヤーハーネスの輸入が中断し自動車メーカーが操業停止するなど対中輸入依存の脆弱性が露呈したと指摘している」。「米中対立の中でどちらか一方への肩入れを回避する必要が生じており、中国に代わる製造拠点であるベトナムの人件費も上昇しているなど韓国企業は数々の事業リスクに直面していると論じている」。

 第7章「コロナショックが与える東南アジアへの影響」では、「2020年の実質GDP成長率は2.9%のベトナムを除き大幅なマイナス成長になり、とくに観光などサービス産業の大きな影響を与えた」ことを教訓に、「ASEANは円滑な貿易の確保などを目的にハノイ行動計画を採択し、政策協調の枠組み作りに取り組みつつある」ことを紹介している。

 第8章「パンデミックに翻弄される外国人労働者」は、「パンデミックが日本で東アジア出身の外国人労働者が急増する過程で発生し、外国人労働者の生活に深刻な影響を及ぼしたが、外国人労働者数は前年並みに維持され、その背景には政府による雇用維持対策と生活支援があったと指摘している」。「人材育成と持続可能な社会を目指しアジアの経済連携を模索する観点からの検討が求められると論じている」。

 第Ⅲ部「アジアの経済統合の行方」第9章「保護主義とコロナ拡大化の東アジア経済統合-AECの深化とRCEP署名」は、「ASEANを中心にした東アジアの経済統合の発展、2017年以降のトランプ政権のTPP離脱と保護主義の拡大下でのAECの深化とRCEP交渉をレビューしたうえで保護主義およびコロナ感染拡大へのASEANと東アジアの対応を論じている」。

 第10章「双循環によりグローバル・サプライチェーンの形成を目指す中国-北京経済技術開発区の戦略的新興産業・集積の形成」は、「中国が外資導入政策と国内産業育成政策という産業政策の2つの軸により産業育成と集積を全土で実現したことを指摘し」、「八大戦略的新興産業育成と自由貿易試験区が融合して産業集積そして集積間のネットワーク形成により国内循環を形成し、国内循環が一帯一路共同建設とつながって国際循環を形成して双循環となり、グローバル・サプライチェーンを形成すると論じている」。

 第11章「医療物資貿易の現状と国際協調の必要性」は、「医療物資の国際供給拠点として東アジアが重要な役割を担い、日本を含む多くの国が中国に大きく依存していたことを指摘し、2020年に東アジア諸国によりとられた医療物資の輸出制限措置と輸入自由化・円滑化措置について整理し、輸出制限措置が貿易相手国と自国におよぼす経済的影響を考察している」。

 第12章「新型コロナ危機で問われた真のASEAN統合」は、「ASEANの新コロナへの対応は遅く、集団的行動がほとんどないと批判をされたが、ハノイ行動計画などにより貿易制限的措置の導入抑制で共同歩調を取ったと評価している」。「AEC2025の統合実現に向けての取り組みを軌道に乗せるにはASEANの集団行動が不可欠であると論じている」。

 第Ⅳ部「ニューノーマル(新常態)への模索」第13章「米中対立と新型コロナ禍を踏まえた中国の発展戦略」は、「米中貿易戦争が一時休戦となる中で拡大したコロナ感染を抑制し中国経済はV字回復を遂げたと指摘している」。

 第14章「デジタル人民元、中国の取り組みと展望」は、「中国が実証実験に取り組んでいるデジタル人民元について検討と考察を行っている」。「先進国と中国など新興国がどのような国際標準を構築していくのか、日本がどう参画していくのかがニューノーマルの模索となると論じている」。

 第15章「アジアのサプライチェーンと経済安全保障」は、「2018年~20年のアジアのFTA締結が活発であったこと、中国のCPTPP参加への積極姿勢は本気度が高いが具体行動には時間がかかること、バイデン政権は国内問題を優先しておりTPP復帰は中間選挙以降になることを指摘している」。

 第16章「コロナショックで加速するアジアのデジタル経済化」は、「プラス面とマイナス面を含め経済のデジタル化に関する視点を多くの事例を紹介しながら整理している」。「デジタル化のマイナス面として雇用への負の影響があり、個人情報保護やセキュリティ制度など課題が多いことを指摘し、行方の予想は困難であり注視する必要があると論じている」。

 以上を総括して、つぎのように本書のねらいをまとめている。「このようにコロナ危機、米中貿易戦争、その原因である中国の急速な影響力の拡大、RCEPなど経済統合の進展、デジタル経済化の加速などアジアは大きな経済と社会、国際関係などの変動のうねりの真っ只中にある。変化のスピードは速く、その先行きは不透明である。アジア経済はまさに岐路に立っているといえる。アジア経済の現状と問題を的確に把握し、変化と政策の方向性を探り、ビジネスと発展の機会をとらえ、リスクを回避することが求められている。そのための現状分析と考察に役立つことが本書執筆の狙いである」。

 当然のことながら、本書の「賞味期限」は長くはない。随時、改訂版が出されることを期待する。また、このピンチをチャンスに変える根本的な議論に発展させるのもいいだろう。安いものを求めるだけの消費行動、一時的に外国人労働者に頼る産業構造にも切り込む必要があるだろう。

 労働者については、潜在的労働をいかに活かすかがポイントになるだろう。100万人を超えるともいわれる引きこもり、充分な収入があって税金が増えるだけだと働かない元気な高齢者、扶養手当を気にして仕事量を抑える「主婦」、子育てが気になって仕事に出られないヤング・ママ、ときどき持病が出て責任のある仕事ができない人などなど、働きたくても働けない・働かない人びとがいる。そういう人たちが働ける環境をつくることが必要だろう。子どもが病気になったとき、その日の朝に血圧が上がったときや神経痛がひどいときなど、遠慮なく休めると仕事がしやすくなる。労働賃金を非課税で医療費にしか使えないボランティア医療ポイントにすると、老後を安心して働くことができ、社会に出ることでぼけ防止になり医療費の削減にもなる。細かいことを詰めていけば、いろいろな問題が出てくるだろう。本書の「現状分析と考察」から発展させて議論することはいくらでもある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。