ジャニス・ミムラ著、安達まみ・高橋実紗子訳『帝国の計画とファシズム-革新官僚、満洲国と戦時下の日本国家』人文書院、2021年11月25日、315頁、4500円+税、ISBN978-4-409-52084-0
まぜもっと早く日本語訳が出なかったのか。2011年に英語の原著が出版されてから10年が経っている。もっと早く読みたかった。
本書の目的、内容については、「日本語版への序文」で、つぎのように要約している。「本研究は日本のテクノクラートの台頭と、破壊的な戦争と何百万人ものひとびとに死と苦しみをもたらしたとされる戦時下の体制を計画するうえで彼らが果たした役割を検討する。すなわち、日本の革新官僚が岸[信介]の主導で「テクノファシズム」の一形態を促進し、そのもとで専門知識、効率、日本国家の優位性を主張する民族主義の名目で、国家が軍部と民間のテクノクラートに統制されたことを論じる。著者の目的は中核的な指導者たちの発想、原理、および実践を明らかにすることであり、そうすることで、いくつかの歴史的な洞察を示そうと努めた」。
本書のキーワードである「テクノクラシー」については、同じく「日本語版への序文」で、つぎのように定義している。「テクノクラシーは、現代世界の特徴であるが、日本においてはふたつの排他主義的な視点に強化されて、命脈を保った。ひとつは「官尊民卑」であり、官僚や公的な問題が国民や個人生活に優先される視点である。もうひとつは国粋主義的な義務づけである「富国強兵」の視点であり、成功のための基準を、自由や民主主義といった普遍的な人間性の原則ではなく、経済力と軍事力の観点から定義する」。
本書は、プロローグ、全6章、エピローグ、訳者あとがき、などからなる。「プロローグ」の最後では、各章ごとにつぎのように紹介している。「第一章[戦中日本のテクノクラート]では、技術発展と第一次世界大戦、世界大恐慌という変革をひきおこした事件が、日本の軍部、産業、官僚制におけるあらたなタイプのリーダーたちをいかにして生みだしたかを検証する」。
「満洲支配は、日本のテクノファシズムの出現にとって転機となった。第二章[軍ファシズムと満洲国 一九三〇年から一九三六年]では、満洲がいかなる意味で一九三〇年代初頭の軍部ファシズムの実験拠点であったかを示す。第三章[満洲国の官僚的な構想 一九三三年から一九三九年]では、革新官僚が軍部の満洲発展の計画と戦略を変更させ、みずからのテクノクラシー計画を満洲国で推進した過程を検証する。満洲の産業発展と国家建設の経験は、革新官僚の政治的方針に大転換をもたらした。日本に帰国するや、革新官僚は日本とアジアのための独自のテクノファシズムを構想した。第四章[ファシズム信奉者]では、革新運動の思想家として知られる奥村喜和男や毛利英於菟に着目する。第五章[新体制と革新政治 一九四〇年から一九四一年]では、革新官僚による国内の新体制形成の試みと、彼らが直面した日本の保守的な既得権力層による政治的抵抗を検証する」。
「戦争と敗戦は、テクノファシズムから戦後の管理主義へと変貌する基盤を築いた。第六章[日本の好機 戦争と帝国のための技術主義戦略 一九四一年から一九四五年]では、太平洋戦争が革新官僚に国内の新体制における未完了の任務を完了させ、日本の官僚政治に固有のエートスと文化を変える好機を与えたことを示す。本書では、革新官僚が太平洋戦争を「アジア解放」のためのイデオロギー戦争として形容する試みを考察する。一九四五年八月の日本の敗戦とアメリカ合衆国による占領は、日本国家の大規模な改造のための第二の好機であった。終章[エピローグ 戦中テクノファシズムから戦後管理主義へ]では、日本のテクノクラートの地位向上をうながした歴史的な好条件と、戦後日本の民主主義体制の構築における彼らの遺産について考察したい」。
そして、終章の考察の結果、つぎのように結論して、本書を閉じている。「岸と戦時中の同僚たちは満洲国をテクノクラートの夢の実現およびアジアを解放し発展させる真摯な試みとみなしつづけた。しかし彼らのアジア解放計画は、現実には、大国政治というゲームのなかでアジアを駒、そして究極的には犠牲者として利用することで未来の世界秩序における日本の支配的立場を確保する計画であった」。
本書の貢献については、原著の紹介や書評を参考にして、「訳者あとがき」でつぎのようにまとめている。「本書は革新官僚のリーダーシップという主題への重要な貢献であり、彼らの技術主義に着目し、その影響力や思考を洞察することで、これまで看過されがちだった意思決定の側面に光を当てたとマツムラ氏[Janice Matsumura]は総括する。なお戦後、政治的に復帰した岸が、テクノファシズムから戦後の管理主義に移行したと述べたエピローグも短いながら示唆に富む」。
本書のよって、満洲だけでなく、朝鮮、台湾、占領下の東南アジア各国・地域など、日本の支配・影響下にあったところの歴史を再考しなければならなくなった。海外に進出した産業ごとの考察も、新たな展開が期待できる。「資本主義や共産主義にも勝る第三の道として構想されたテクノファシズム」は、日本の海外進出・侵略だけでなく、戦後の国内の「進出・侵略」にも大きく影響を与えたことを検証する必要があることを教えてくれる。そして、それが今日までおよんでいることを、著者は「日本語版への序文」の冒頭で、「安部[晋三]氏は本研究の主たる対象である人物、岸信介の孫にあたる」と述べることによって示唆している。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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