加藤圭木『紙に描いた「日の丸」-足下から見る朝鮮支配』岩波書店、2021年11月26日、224頁、2500円+税、ISBN978-4-00-061501-3
子どものころ学校の休みごとにすごした母の実家が、ダムの底に沈んだ。洪水被害と水不足のためと言われたが、洪水被害に見舞われた下流の少数戸のために504戸が水没し、2005年の運用直後の渇水時に取水制限はおこなわれなかった。そして、地元住民は多額の水使用料とダムの維持管理費を払いつづけている。本書、とくに第三章「水俣から朝鮮へ-植民地下の反公害闘争」を読めば、この岡山県の苫田ダム建設が、朝鮮の植民支配につながっていることがわかる。日本の朝鮮植民支配体質は、戦後の日本の「開発」、さらに今日まで影響を及ぼしている。
本書の概要は、表紙見返しで、つぎのようにまとめられている。「植民地支配下の朝鮮でどのような暴力がふるわれ、日々の暮らしは変容したのか。人びとはどのように支配に抗い、破壊された社会関係の再構築をめざしたのか-土地の収奪や労働動員、「日の丸」の強制、頻発する公害とそれに対する闘争などを切り口に、支配をうけた地域とそこに暮らす人びとの視点から、支配の実態を描き出す」。
本書「はじめに」は、「朝鮮民主主義人民共和国のある海辺の町から」はじまる。本書全5章の各章も、現地ルポではじまっている。著者、加藤圭木は本書の目的を、つぎのように語っている。「本書は、朝鮮民主主義人民共和国や韓国、延辺を訪問した経験を踏まえつつ、まず当時を生きた人びとの足下から植民地支配の歴史を見ていくことを目指す。たとえば、先に見た永興湾や会寧・延辺といった現場から、そこで具体的になにがあったのか、そのことはそこで暮らしていた人びとにとって、どんな意味を持ったのかを考えていくことにする。どちらかといえば、日本でほとんど知られていない朝鮮半島の北側の地域に重点を置いてとりあげるが、南側の状況にも触れることにする」。「そうした一つ一つの現場に注目することを通じて、これから日本は朝鮮半島とどのような関係をつくりあげていくべきなのかを考えるうえでのヒントを得ることもできると思われる」。
本書は、はじめに、全5章、おわりに、第1-4章の各章末のコラム、などからなる。各章の直接のつながりはないが、「おわりに」の「「豚殺し」の歌」につながっていく。「「豚殺し」とは、ドッヂボールのことであった。逃げ回る相手めがけて、「一匹ブー」と「豚」を「殺し」ていくのである」。「この歌と遊びには、明らかに朝鮮での虐殺の経験が刻まれて」いて、「日本社会の朝鮮差別の根深さを象徴している」。
著者は、つぎのように説明している。「日本の敗戦から二〇年近くが経とうとしていた時代、朝鮮人を下に見て、虐殺を連想させるような歌が小さな村で歌われていたのである。朝鮮人差別、そして朝鮮人虐殺を当然視する思想が地域に根ざしていたからこそ、この歌は子どもたちによって歌われたのである」。「「豚殺し」の歌は、日本の一つ一つの村にとって朝鮮侵略の歴史とはなんだったのか、という問いを投げかける。日本の村の歴史は、決して朝鮮侵略と無縁ではなかったということを、この歌が示しているからである」。
そして、著者は、現状を憂い、つぎのパラグラフで「おわりに」を閉じている。「今、日本では韓国や朝鮮民主主義人民共和国への攻撃的な言辞が社会を席巻している。日本社会に決定的に欠けているのは、植民地支配の被害への想像力と、朝鮮人の主体的な営為を理解しようとする姿勢である。植民地支配の中で朝鮮人がどのような状況に置かれたのか、そして、そうした困難に直面する中で朝鮮人が足下からどのように行動したのかを捉えることが必要である。そのような作業を通じて、植民地支配認識や朝鮮認識を問い直していくことが日本社会の課題である。本書がその一助になれば幸いである」。
なお、本書のタイトル「紙に描いた「日の丸」」は、第二章からきている。副題は「天皇制と朝鮮社会」で、第二章はつぎの文章で終わっている。「日本の支配は朝鮮の地域内部に入り込み、「不敬罪」を徹底的に取り締まった。しかし、日本の支配政策や、日本の頂点かつ朝鮮支配の最高責任者である天皇に対する批判意識が、朝鮮社会には渦巻いていたのである」。
著者は、「あとがき」で、「植民地支配の問題を学生とともに学び考えるにはどうしたらいいのか、悩みに悩んだ」結果のひとつが、本書であると、つぎのように語っている。「徐々に見えてきたのは、植民地支配の問題を一人一人の人生が破壊された問題であり、今も被害に苦しむ人がいる問題だと提起することの重要性である。この視点は新しいものではないが、今の日本社会では繰り返し確認されなければならないだろう(この視点に基づき、岡本有佳・加藤圭木編『だれが日韓「対立」をつくったのか-徴用工、「慰安婦」、そしてメディア』大月書店、二〇一九年を刊行した)」。「このような問題意識で史料を読み進め、現地踏査を重ねた結果できあがったのが、本書である」。
もうひとつの結果は、「学部ゼミナール編の『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』(大月書店、二〇二一年)である。本書は、ゼミ生の発案で実現した「日韓」問題の入門書である。歴史的事実を整理するとともに、等身大の目線で、いかに歴史と向き合うのかについて、学生一人一人がそれぞれの思いを綴った。植民地支配の問題を他人事ではなく、自分事として考えるための道筋が示されているように思う」。
まずは、自分事と気づくことが第一歩であるが、その一歩を気づかせたゼミ力はすごい!
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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