木村健二『近代日本の移民と国家・地域社会』御茶の水書房、2021年7月26日、414+v頁、8000円+税、ISBN978-4-275-02150-2
本書は、初出1984年からの既発表論文を加筆・修正したうえで、第一章、最後の3章(第八~十章)および終章を書き下ろして一書にしたもので、著者木村健二のライフワークを総括したものということができるだろう。
「序章」冒頭で、本書の目的をつぎのように語っている。「本書は、明治初年からアジア太平洋戦争の敗戦に至る日本近代史の中で、日本人による海外移民の諸事象が、どのように立ち現れたのかを明らかにしようとするものである。すなわち、いかなる人びとが何をめざして海外へ移民したのか、それまでの生活や家業の場である地域社会はいかなるものであったのか、また地域社会はこれをどう受け止めたのか、さらに国家利害を異にする、あるいは影響を及ぼし得る国や地域への移民事象につき、そのときどきの日本政府はどのようにこれに対処したのか、といった点を明らかにすることを課題とする」。
本書は、序章、3部全10章、終章などからなる。3部構成になった理由は、「終章」冒頭でつぎのように説明されている。「本書は、そのタイトルからも明らかなように、近代日本の海外移民がどのようなものであり、それに対して政府の対応はいかなるものであったか、地域社会の立ち位置はどのようであったかを、三つの移民の形態から検討した。すなわち、出稼ぎ労働移民、旧中間層の再生・飛躍に関わる移動、企業家的あるいは自立的農業経営者をめざした移民のそれぞれにおいて、政府や府県・市町村の政策、移民関係団体や斡旋業者の位置づけ、そして移民自身の動向に関して、山口県を中心としつつ、日本全体にも目配りしながら検討したのである」。
各部、各章の要約は、「序章」「四 本書の構成」でおこなわれている。第Ⅰ部「出稼ぎ労働型移民(明治期のハワイ・北米)」は4章(「ハワイ官約移民の受諾と送り出し」「私的移民期の政策と移民」「移民会社の設立主体」「送金・持帰り金と軍資金献納」)からなり、つぎのようにまとめている。「明治元年以降明治末年に至る、主としてハワイ・北米への移民が、出稼ぎの形態をとって実施されたこと、それは多大な賃金格差のもとで、自らの窮状打開や家業飛躍をめざしての行動であった、という側面から考察している」。
第Ⅱ部「旧中間層再生・飛躍型移民(明治・大正期の朝鮮)」は3章(「商業者の朝鮮進出」「漁民の朝鮮出漁と移住」「東拓農業移民」)からなり、つぎのようにまとめている。「もっぱら商業・漁業・農業に従事した旧中間層が、明治以降に現出した難局を打開しようとして、あるいはそうした層へ飛躍しようとして朝鮮へ移民したという側面から、具体的には、山口県からの商業往来、漁業出漁、自作農移民を扱い、定住型移民となっていく過程を考察している」。
第Ⅲ部「「企業家」志向型移民(昭和期のブラジル・満洲)」は3章(「防長海外協会の組織と活動」「ブラジル農業移民の送り出し」「満洲農業移民の送り出し」)からなり、つぎのようにまとめている。「昭和戦前期において、同じく山口県におけるブラジル移民と満洲移民が、企業家的あるいは自立的農業経営をめざして渡航していった点に視点を据えて考察している。「企業移民」という表現は、政府が一九二七年の海外移住組合法案提出の際に、「従来邦人の海外移住は多くは単なる労働を目的とするものにして企業を目的にするもの少なし(中略)、近来邦人の小資本を携へて海外に赴き企業、殊に農業を営まんとするもの漸く多きを加へて来たが、此種の渡航者は概ね中流農家に属するもので」という表現を用いたことに依っている。そういう表現になった経緯はいろいろあるが、ここでは、日本国内に比しての経営規模(ブラジルは二五町歩、満洲は一〇町歩)であるとか、自立的農業経営を目指したものということで、「企業家志向型」という表現を使っている」。
「終章」「一 本書のまとめ」は、つぎのように総括されている。「ギリギリの生活のもとで移民したのでなければ、何をめざして移民したのかについてみていくと、当初は苦境からの脱出や生活の改善、家業の向上といった側面による出稼ぎからスタートしつつ、衰退局面にあった商業・漁業・農業といった旧中間層的産業の再生・浮揚あるいはそこへの飛躍をめざした移民、さらにはブラジルや満洲移民にあっては、企業家を展望するような人びとも現出させていったということである。そしてこうした人びとの意識面での支えとなったのは、「海外雄飛」思想であり、ブラジル移民ではそうした思想を堅持することが、国勢膨張下の国家への貢献になるとされ、次の満洲移民に容易につながっていくことになるのである」。
そして、最後に「二 大河平隆光の移民論」で一般化して、つぎのパラグラフで終章を閉じている。「戦前期日本の海外移民の歩みは、以上のような大河平隆光がたどった「移民論」に端的に示されているように、出稼ぎ労働移民から「開発型植民」へと推移していくのであるが、その対象地は、南米に傾注されることはなく、植民地朝鮮や満州など現地農民が営農し、あるいは彼らの既墾地を買収して入植するというものであり、しかもきわめて「国家的使命」に色づけられた「海外雄飛思想」に後押しされたものであったとまとめることができよう」。
このような結論が、今日の日本の「移民研究」に、どう貢献するのか。著者は、「あとがき」で、つぎのように述べている。「近年、日本における「移民研究」は、来日外国人労働者の増加も相まって、移民政策・社会学・文化人類学的アプローチからの研究を中心に、隆盛をきわめている感がある。それらの研究成果によって、移民という人間の行動が、いかに多彩で複雑なものであるかを知らしめることになったといえる。その一方、序章でも述べたが、日本史にベースを置いた、日本人の移民事象に関する研究は、「引揚げ」に関わる現代史の分野を別にして、なかなか進展がみられない状況にあった。本書は、山口県を中心とした地域に視座を据え、そこから日本全体の動向をみようとした限定的なものに過ぎないが、そうした状況を打ち破るきっかけとなれば幸いである」。
基礎がしっかりしている研究は、どこかに「いただき」があり、自分自身の研究に役立つ。本書も、そのような研究のひとつだ。ライフワークの「総括」だといいながら、既発表論文をろくに再考せずに、そのまま並べているだけの、かつての「○○記念論集」とは違う。さらに、「来日朝鮮人問題や、アジア太平洋戦争後の引揚げに関して研究を進めていきたい」という著者に期待したい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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