ロバート・D・エルドリッヂ著、吉田真吾・中島琢磨訳『尖閣問題の起源-沖縄返還とアメリカの中立政策』名古屋大学出版会、2015年4月25日、338+25頁、5500円+税、ISBN978-4-8158-0793-1
本書を読んで、領土問題と化した「尖閣問題」は二国間の外交では解決できないことが、改めて確認できた。「固有の領土」と主張する国ぐにの根拠ははっきりせず、ほかの国の主張の根拠が明確でないことにたいしては充分説得力のある説明がなされている。したがって、どこの国の領土であるかを確定することはできず、別の方法で問題の解決を図らねばならない。そのためには、まず領土問題を棚上げすることだ。本書で議論されている1972年5月に沖縄の施政権がアメリカから日本に返還される前に激しくなった「尖閣問題」が、同年9月の日中国交正常化を経て棚上げされてしばらくおさまったような機会をとらえてできることを、いま考えるべきだ。
現在、大きな現実の問題となっているのは、漁業資源だ。南シナ海を含めて、あるいは黄海や日本海をも含めて、東シナ海の持続可能な漁業資源を管理・運営する国際組織が必要だ。遠洋漁業は、もはや民間企業の領域を越えている。国策と国防が密接にからんでおり、国際的な組織でないと対応できなくなっている。つぎに環境問題がある。この豊かな海域を守るのは、1国だけでは限界がある。エコツーリズムなどと絡めて、地球市民の立場から保全を考える必要がある。そして、石油などの開発は1国や特定の国ぐにが独占するようなことにならないよう共同開発し、地球のどこかで紛争が起こったときも安定して供給できる体制をとることができるようにする必要がある。以上の「コモンズの海」の考え方は、非現実的であるかもしれない。だが、提示することによって、「問題」の長期化で得ることができない地域の「富」、そしてそれが国益にも結びつくことを明らかにすることができるだろう。
日本の憲法9条が、1928年の不戦条約などの地道な活動の成果で、一瞬の間隙を突いて成立したように、来たるべき機会を逃さないように怠りなく準備をすることが、いまわれわれにできることではないだろうか。
著者、エルドリッヂは、これまで沖縄、硫黄島、小笠原諸島などを通して日米関係を考察してきた経験をいかして、「中立だが巻き込まれている」アメリカの政策を軸に「尖閣はなぜ領土問題化したのか。日米台中の複雑な動きを詳細に叙述、妥協困難な問題として浮上する過程を鮮明に描き出す」。
本書の内容は、「はしがき」でつぎのようにまとめられている。「本書は、沖縄返還期を対象に、尖閣諸島の地位に関する交渉、およびアメリカの「中立政策」の展開を検討する。そこには現在の出来事との類似点が多く存在するが、本書は、尖閣諸島問題-ここには、日本、中国、台湾の間の領有権、安全保障、石油や天然資源の開発、歴史認識、国家威信が関係している-の同時代的側面を扱うわけではない。本書が焦点を当てるのは、北緯二九度以南の南西諸島(琉球諸島はその一部で、尖閣諸島はここに含まれていた)の施政権の返還が決定・実施された一九六九年から一九七二年にかけての時期に、尖閣諸島がどのように扱われたのかという問題である。より具体的には、本書は、①尖閣問題の起源とその後の先鋭化、②日本、沖縄、台湾、中国の政府や非政府主体などの利害関係者がアメリカ政府に加えた圧力、③米中和解を実現するに際してアメリカの政治指導者たちが働かせた計算、を詳細に検討する。この時期、アメリカが中国との関係を重視する方向に傾いた結果、台湾が中国に関するアメリカと日本の意図を懸念するようになり、米台関係と日台関係が悪化した。同時に、中国問題や貿易摩擦、世界における日本の役割といった問題をめぐって、日米関係にも緊張が存在した」。
つづけて、本書の特徴をつぎのようにまとめている。「本書の特徴は、沖縄、とくに石垣島、宮古島、与那国島-これらはまとめて八重山諸島と呼ばれる-の状況も検証することにある。このアプローチは、筆者がこれまでの著作の中で取り入れてきたものであり、現地の動きがどのように国家レベル、二国間レベル、国際レベルの出来事に影響を与えるかに着目し、その逆の影響にも関心を払う。その上で、本書は次のことを明らかにする。尖閣諸島を沖縄の領土、すなわち日本の領土として保全する必要性に関しては大筋で合意があったが、沖縄の人々は自らの経済的・政治的利益を本土のそれと同じだと常に考えていたわけではない。彼らは、尖閣周辺地域に埋蔵されている可能性が指摘された石油などの天然資源を、本土の企業が沖縄の利益を無視して開発することを恐れていた。このことは、裏と表に分裂しがちな沖縄と本土の関係の裏側(たとえば、無視されているという感覚や被害をこうむっているという感覚)を際立たせることとなった」。
「序章 尖閣問題とアメリカの「中立政策」」では、「本書の意義」を6つあげている。「第一に、本書によって、尖閣問題に焦点を当てた本格的な学術書が十数年ぶりに公刊されることになる。本書は、書籍と論文からなる既存研究に加え、機密指定解除された戦後の一次資料や回顧録、オーラル・ヒストリーを活用している」。「第二に、本書は、従来あまり注目されてこなかった、尖閣問題に対するアメリカの関与の歴史と中立政策の起源を詳細に検討する最初の研究である」。「第三に、本書は、沖縄返還の文脈における尖閣問題の位置づけを、従来の研究水準を超えるレベルで詳細に検討する」。「第四に、本書は、日本側の多くのアクターを検証するとともに、日本の尖閣政策の形成について分析する」。「本書の第五の貢献は、〔日米の当局者だけではなく、〕沖縄(返還以前は琉球政府)や台湾、中国の当局者の観点や行動を解明することにある。さらに、本書は、市民社会や政界、財界といった非政府アクターの動向も明らかにする」。「第六に、本書は、返還後の尖閣に関する今後の研究の基盤を提供し、現在の尖閣問題の歴史的背景に関する理解を促進できる」。
本書は、序章、全5章、結論などからなる。本書は、「外交史・国際関係史であり、それゆえ主として時系列に沿って構成されている」。「各章は、尖閣問題の歴史-とくに日本の関与と、対立に巻き込まれまいとするアメリカの行動-のさまざまな側面を扱う」:「第1章 尖閣諸島の歴史」「第2章 アメリカの占領・統治下の沖縄と尖閣諸島」「第3章 国連ECAFEの調査と尖閣問題の起源」「第4章 沖縄返還交渉とアメリカの「中立政策」」「第5章 沖縄返還協定と日本国内および関係諸国の反応」。
「結論」では、「何が起ころうとも、尖閣問題が容易に解決しないことは確かである」原因を、つぎのように述べている。「もしアメリカ政府が、四〇年前に中立政策を採用していなければ、今日、何の問題もなかった可能性が高い。尖閣の問題において、今や制御できなくなるまで育っているものは、当時のアメリカがまいた「種」ではない。育っているのは、アメリカが見て見ぬふりをしてきた「雑草」であり、それはアメリカの「愚かさ」を露呈している」。
そして、つぎのように結論して、本書を閉じている。「中国(と台湾)が尖閣の領有権に対する主張を撤回することは期待できない。また日中台三者間の対話も、国際司法裁判所や地域機構といった外部の第三者機関による仲裁も、期待することはできない。こうした中、皮肉なことではあるが、アメリカが断固とした姿勢を示すことが、東アジア地域の平和と安定を確保する唯一の方法かもしれない。そしてこの場合、中立姿勢や戦略的曖昧性ではなく、抑止とコミットメントこそが、尖閣諸島をめぐる状況を明確にし、安定化させると、筆者は考えるのである」。
著者が、本書を執筆してから10年が経とうとしている今日、「アメリカの断固とした姿勢」に日本が同調すれば、日本は米中問題に巻き込まれる状況になった。「コモンズの海」にもっていくためには、まだまだ時間が必要である。その時間稼ぎをどうするかが、当面の課題といえるかもしれない。そして、「コモンズの海」のイニシアティブをとるのは、既存の国家ではなく、NGOなどの地球市民・地域住民で、その活動の中心に沖縄をおけば、沖縄の「独立」も夢ではなくなる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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