佐々木貴文『東シナ海-漁民たちの国境紛争』角川新書、2021年12月10日、250頁、900円+税、ISBN978-4-04-082373-7
本書の終章「日本漁業国有化論」は、明治以降の近代日本の漁業史を知っている者なら、頷くことができる。国策と絡んで政府の補助金がつねに投入され、ここにいたって軍事的にも、産業的にも、国有化しなければ立ちいかなくなっている。著者、佐々木貴文は、「近代日本の水産教育」で学んだことを基本に、いま日本の近海でなにが起こっているのか、操業している漁民、さらには水産業における外国人依存などを通して「国有化」を議論している。
なにが問題で、なにが本書で書かれているのか、まず帯の表のつぎのことばから、概略がつかめる:「尖閣から日本漁船が消える日」「漁業から日中台の国境紛争の現実が見える。現地調査を続ける漁業経済学者による、渾身の論考!!」。
さらに、帯の裏には、「漁業は国際情勢を映しだす鏡だ」の見出しの下、つぎのように具体的「現実」がまとめられている。「尖閣諸島での〝唯一の経済活動〟、それが漁業である。海の上に線はひけない。漁業活動は食料安全保障に直結しているばかりか国土維持活動ともなっている」。「日本の排他的経済水域(EEZ)は領土に比して世界有数とされているが、実は東シナ海では関係国と相互承認している日本のEEZはほとんどない。東シナ海だけではない。日本海でも、オホーツク海でも水域の画定はされていないのだ」。「尖閣諸島水域を中心に東シナ海の操業は中国、台湾に席巻されてままならず、そもそもインドネシア人に日本の漁業界は既に人材も依存してしまっている」。「なぜ危機的な状況に陥ったのか? 日々の食卓の裏にある国境産業の現実を赤裸々に描く!」
本書は、まえがき、序章、全5章、終章、あとがき、主要参考文献からなる。「本書の針路と目的地」は、序章「日本の生命線」で、つぎのように説明されている。「本書では、鹿児島県と熊本県の漁師の他、長崎県を拠点とする以西底びき網漁業者や大中型まき網漁業者、宮崎県や沖縄県を根拠地とするマグロはえ縄漁業者など、多くの漁師に目となり耳となってもらい、曇りガラスの向こうにある東シナ海・尖閣諸島の真実に、一歩でも、一マイルでも近づくことを目指した」。
「そして、彼らの操業が意味していることや彼らが直面する問題、彼らの操業環境の変化などから、東シナ海や尖閣諸島を取り巻く厳しい現実を伝える。加えて、日本漁業そのものの持続性に黄色信号をともす様々な問題についても言及し、東シナ海や漁業を通してみえる、日本の危機にも接近したい」。「そうすることで、厳しさを増す国際環境のなかで、日本がしたたかに生き延びる術や、日本の行く末を考察するきっかけを提供できればと思っている」。
つづけて各章の概要をつぎのように示している。「第一章 追いつめられる東シナ海漁業」では、「東シナ海の現状を様々な角度から捉え、漁業のみならず、日本の海洋権益の多くが浸食されつつあることを指摘する」。
「第二章 東シナ海で増す中国・台湾の存在感」では、「日本の東シナ海権益が削られるなか、中国の漁業が著しく発展したことや、台湾のプレゼンスが急拡大したことで、日本の漁業外交も対応を迫られていることを描く」。
「第三章 東シナ海に埋め込まれた時限爆弾」では、「敗戦後の日本が東シナ海の漁業権益を活用して復活する姿と、その後、権益を喪失して縮小する一連の過程を、「日中漁業協定」という条約の生い立ちに注目して論じる」。
「第四章 日本人が消える海」では、「あえて視点をかえ、なぜここまで日本漁業が劣勢になったのか、構造的で重層的な背景を、漁村や労働者の姿からみていく」。
「第五章 軍事化する海での漁業」では、「中国の海洋進出がもたらしている東シナ海・南シナ海の緊張状態を、漁業者の視点を大切にしながら描きなおした」。
「終章 日本漁業国有化論」では、冒頭「漁業は「第三の海軍」」の見出しを掲げて現状の危機感を訴えた後、「日本がとるべき針路」を議論し、「外国漁船との熾烈な戦いに挑んでいる日本漁業が今、世界の漁業と伍するために必要としている」ことを、つぎの3つにまとめている。「①潤沢な資本注入による生産設備の増強と生産性の向上(漁船の漁獲能力ならびに乗組員の労働環境の向上)、②資源アクセス権の回復(資源外交で存在感を発揮しての漁業権益の確保)、③乗組員の待遇改善と安定的養成(究極的には公務員化による漁船海技師の確保)である」。
そして、つぎのように結論している。「いずれの針路を想定するにせよ、国民の間で広く、日本は海洋国家であり、漁業は国民に食料を供給することを使命とした、安全保障に直結する産業との認識が共有されなければならない。そして国民から、日本が主権国家であり続けるためにも、強豪国との競争に、人材と権益の二つの確保で立ち向かう必要があるという共通理解・支持を得なければならないのだ」。「いばら道であろうとも、その是非を問うための国民的議論を、「日本漁業国有化論」として正面からおこなう必要があるのだ」。
さらに、「日本漁業国有化論のその先へ」の見出しの下、つぎのように述べて、終章を閉じている。「本書は、日本漁業の国有化のみが残された選択肢と言うつもりはない。国有化しなければならないほどの危機に漁業があり、国有化を避けたいのであれば、それにかわる案を真剣に議論しなければならないと言っているのである」。「「日本漁業国有化論」は、漁業の存続を考えるツールであるとともに、この日本の未来を考えるツールでもある。東シナ海を水鏡に、国民的な議論が待たれている」。
漁業だけではない。農業、林業を加えて、農林水産業だけでもない。もっと総合的に日本そのものの将来を考えなければならない危機的状況になっている。著者のいうように、漁業を「水鏡」として、議論の一歩を進める必要がある。いま、「小舟」はさまよっている。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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