キース・ロウ著、田中直訳『戦争記念碑は物語る-第二次世界大戦の記憶に囚われて』白水社、2022年2月10日、344+6頁、3200円+税、ISBN978-4-560-09881-3
著者のキース・ロウは、「訳者あとがき」で、つぎのように紹介されている。1970年生まれで、「ロンドン在住の叙述家である。マンチェスター大学で英文学を専攻後、歴史・軍事関連書籍の編集者を一二年間にわたり勤めた。現在は作家および歴史家として精力的に活動している」。2012年に出版された本は、『蛮行のヨーロッパ:第二次世界大戦直後の暴力』(白水社、2018年)として日本語訳されている。
本書が書かれた動機は、「序章」でつぎのように述べられている。「近年、撤去された戦争記念碑はほとんど例がない。実際、取り壊されるどころか、空前の勢いで新しい戦争記念碑が建造されている。この傾向は欧米だけでなく、フィリピンや中国などのアジア諸国でも同様である。なぜそうなるのか」。
本書の内容については、同じく「序章」でつぎのように説明されている。「本書は、私たちの記念碑について、そして、それらが私たちの歴史とアイデンティティについて本当に何を教えてくれるのかについて書かれている。私は世界中から二五の、それらを建造した社会について、特に何か重要なことを示唆している記念碑を選んだ。現在、これらの記念碑の中のいくつかは、大規模な観光名所にもなっており、毎年何百万人もの人々が訪れている。それぞれ議論の余地のある記念碑であり、それぞれがそれぞれの物語を伝えている」。
「私がここで選んだ記念碑はすべて、私たちの共同体の過去のある期間、第二次世界大戦に捧げられている。これには多くの理由があるが、最も重要なのは、記念碑の中で、現在の偶像破壊の波にのまれていないように思われる唯一のものが、この第二次世界大戦をテーマとした記念碑だということである。換言すれば、これらの記念碑は、他の記念碑がもはやできない方法で、私たちが誰なのかということについて何かを表明し続けているのだ」。
本書は、序章、5部全25章、結論、などからなる。5部構成になったのは、「記念碑を大きく五つのカテゴリーに分類した」ことによる。各部については、「序章」でつぎのようにまとめられている。第1部「英雄」では、「戦争の英雄へと捧げられた最も有名な記念碑のいくつかを見ていくことにする。これらは第二次世界大戦の記念碑の中で最も脆弱なものであり、唯一、引き倒されたり、撤去させられたりする可能性を持つものだと思われる」。第2部「犠牲者」では、「戦没者へ捧げられた追悼記念碑を検討し」、第3部「モンスター」では、「戦争の主要な犯罪者を刻んだ追悼の場をいくつか見ていくことにする。これら三つのカテゴリー間の相互作用は各カテゴリーと同様に重要となる。英雄は悪役なしには存在できず、犠牲者もまた、それなしには存在できないからである」。
第4部「破壊」では、「終末論的な戦争の破壊に関する記念碑について述べ」、そして、第5部「再生」では、「その後の再生のための記念碑をいくつか取り上げる。これら五つのカテゴリーは相互に反映し、補強しあう存在であるといえる。それらは私たちの集合的記憶の別の一部分を荒々しく通過した偶像破壊の波から自らを保護するための、ある種の神話的枠組みを構築したのである」。
そして、「結論」で、「これらのカテゴリーはどれも単独では存在しえない。私たちの戦争記念碑が他の時代のものよりも堅牢であることが証明されるもう一つの大きな理由は、これら五つのカテゴリーの記憶が、お互いを支え合うだけでなく、互いに増幅し合っているところにある」と述べ、その前につぎのように説明している。
「本書では、五つの異なるカテゴリーの戦争記念碑を紹介してきたが、それぞれが異なる方法で、私たちにとって重要な存在であり続けている。「英雄」は、私たちの日常生活において不足していると思われる忠誠心、勇敢さ、そして道徳的な強さといったビジョンを提示し、私たちにこうありたいと思わせてくれている。「犠牲者」は、私たちにそれと同じぐらい価値のあるものを与えてくれる。私たちに傷を負わせ、私たちを作り上げた過去の犠牲やトラウマを思い出させてくれるのである。「モンスター」は、私たちが社会の中で最も拒絶しているもの、そしてかつては死守しようとしていたものを思い出させてくれる。アルマゲドンのビジョンは、かつて私たちが受けた膨大な「破壊」を思い出させ、また、「再生」のビジョンは、戦後の混乱の中で、秩序を取り戻そうとする私たちの努力を称えるものである」。
「結論」は、つぎのパラグラフで終わっている。「歴史が私たちのアイデンティティの基礎であるならば、この歴史は他のどの歴史よりも私たちを定義しているように思える。第二次世界大戦は、私たちがあらゆる国民的感情を投影したいと思うスクリーンである。私たちの記念碑は、そのスクリーンに映し出されたイメージなのだ」。「将来、これらの記念碑がどうなるかは誰にも分からない。私たちは、それが永遠に残ることを願って、花崗岩やブロンズでそれらを作っている。しかし実際には、時代に合わせて変化する能力を持った記念碑だけが生き残ることができるのだ」。
記念碑は形があり、見えるだけに、直接人びとに訴えかけるものがある。それは、プラスにもなればマイナスにもなるが、だれも将来、紛争の種になるとは思わず建造される。著者のいう「空前の勢いで新しい戦争記念碑が建造されている」ことが、新たな紛争の種にならないことを願うばかりである。実際、いまのロシアのウクライナ侵攻に、どれだけ記念碑が影響しているだろうか?
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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