竹沢泰子×ジャン=フレデリック・ショブ編『人種主義と反人種主義-越境と転換』京都大学学術出版会、2022年3月10日、419頁、3800円+税、ISBN978-4-8140-0389-1

 編者の責任は、どこまであるのだろうか。個々の論文の責任は基本的に個々の執筆者にあり、編者は執筆者を選んだ責任から入稿前に一読して内容を確認し、最小限の全体の統一をはかる、というのが一般的な考えで、その後は編者によりまちまちであろう。だが、本書のように微妙な問題をテーマとする場合、より慎重にならなければならないが、初校、再校...と進み、出版日程がはっきりしてくると印刷所との関係もあり、最後の念校を丁寧に読む時間的余裕はなくなる。もし、最後の最後で執筆者(出版社の編集者によることもあり得る)による修正が入り、そこに問題があった場合、編者に責任を問うことは酷である。類似度判定をする博士論文の提出においても同じような問題があり、審査する教員は再提出に際して修正箇所がはっきりわかるように執筆者に「正誤表」の作成・提出を求めたりする。それでも時間に追われる執筆者も審査員も「見落とす」ことがある。いったん出版された書籍を回収して、修正して出版し直すことは、費用の面からも厳しい。本書の編者たちも、人一倍気を遣ったことだろう。

 本書は、日仏共同研究の成果である。それは、フランス人の編者が日本人の編者に、つぎのように誘ったことからはじまったことが、「あとがき」冒頭に書かれている。「私たちはもうアメリカや英語圏はいいんだ、アジア、それも日本についてもっと知りたい。一緒に共同研究をやらないか」。この出会いがなければ、「アメリカを相対化したり、現代と中世を接続させて差別の問題を考えたりすることもなかっただろう」という。共同研究は、「英語圏の諸理論を一方的に輸入・消費するのではなく、それぞれ人種化経験をもつ非英語圏間の国際共同研究によって、既存の人種研究に介入し、わずかでも貢献できる可能性が開かれるのではないか」、「そうした新たな可能性を求めて」はじまった。

 共同研究は具体的に、つぎのようなものになった。「EHESS[フランス国立社会科学高等研究院]やその関連機関を拠点とするヨーロッパ内の様々な国籍の研究者と日本に拠点を置く研究者で構成される共同研究プロジェクトの特性をいかに活かすか。人種研究の多くを占める一国民国家内を対象とする研究とは一線を画するアプローチを取れないものか。その一つの試みとして各執筆者には、人種主義または反人種主義をめぐる、ひとや学知、言説、運動等の越境と当該社会における転換・変容などの視座が織り込まれたテーマに取り組んでもらいたいと依頼した。その結果、越境的、比較的、複眼的、あるいは広域的な視座を活かす研究が生み出された。たとえば、本書のいくつかの章が扱う植民地主義や帝国主義ひとつをみても、日本もフランスもイタリアも、「外地」(海外領土)に住む人々に対する人種主義的な差別や排除、搾取や抑圧を基軸として作動する外的植民地主義(略)によって拡張政策を進めた歴史を持つ。もちろん冒頭で触れたアメリカも、ある地域では似たような轍を踏んでいるが、人種をめぐる植民地主義研究の大半は、アメリカ国内の内的植民地主義(略)に関するものである」。

 本書は、序論「非英語圏からの共同発進の試み」、5部全10章などからなる。各部は、2章とDialogueからなる。このような構成になったことは、つぎのように説明されている。「日仏チームによる国際共同研究という特色を活かすために、日仏チームから1名ずつでペアを組み、緩やかな共通テーマに基づいて2章で一つの部とし、全体を5部構成としている。それぞれの最終稿が完成した後、執筆者2人に両編者が依頼したコメンテーター2名を加えて、オンラインで対談を実施した。

 第Ⅰ部「前近代と近代の連続性/不連続性」は、第1章「「人種」と「文明」-明治期の教科書記述にみる世界認識の変容」(竹沢泰子)と第2章「バスク人とユダヤ人の間で-いかにスペイン人アイデンティティが人種化したか」(ジャン=フレデリック・ショブ)からなり、「前近代と近代の連続性/非連続性に注意を払いながら「人種」や純血性などをめぐる言説が、いかにナショナル・アイデンティティの称揚や他者の排除と結びつき、変容したか、あるいは時代を超えて循環したかについて考察する」。

 第Ⅱ部「統治と学知」は、第3章「被差別部落へのまなざしと生権力-包摂と排除のポリティクス」(関口寛)と第4章「日本統治下台湾における植民地人類学-「理蕃」政策と先住民族の本質化」(アルノ・ナンタ)からなり、「近代日本が、欧米から受容した学知を、いかに植民地支配下の先住民や国内のマイノリティに対する統治に援用し、これらの人々を人種化するかという問題に接近する」。

 第Ⅲ部「分類する法」は、第5章「20世紀フランスとイタリアにおける法的経験-反ユダヤ人法制、混血児の地位、優生政策」(シルヴィア・ファルコニエーリ)と第6章「近代日本の法的婚姻と人種論-「国際結婚」をめぐる言説空間の変容」(長志珠絵)からなり、「扱われるのは、法制度や社会制度から浮き彫りになる「人種」概念であり、とりわけ国際結婚・異人種間結婚や差別的法律に焦点が当てられる」。

 第Ⅳ部「反人種主義の葛藤と展開」は、第7章「両義的な反人種主義-唯心主義的批判あるいは霊的人種間の不平等」(クロード=オリヴィエ・ドロン)と第8章「反人種主義と霊性-国際主義の歴史再考」(田辺明生)からなり、「反人種主義運動の歴史を紐解」き、「人間の平等を実現しようとした思想家・運動家らの営みを描く」。

 第Ⅴ部「遺伝的祖先と人種の解体/再生」は、第9章「ゲノム情報から「私」の祖先を“選ぶ”」(太田博樹)と第10章「DNA祖先検査は反人種主義に効果的な技術か」(サラ・エイベル)からなり、「現在、世界で急速に広まっている遺伝子検査ビジネスをテーマ」とし、「その解説から始まり、太田博樹による集団遺伝学の観点からの説明」をした後、「文化人類学者のサラ・エイベルによるフィールドワークと文献調査を基に」「問題は、ヨーロッパ系の顧客の利害優先であり、周縁化された人々が不利益を被り続けていることだと問題のありかを示す」。

 そして、「序論」を、つぎのパラグラフで閉じている。「世界は今、人種主義に抗うために、これまで以上に国境を越えた連帯が求められている。本書が読者にとって、私たち日仏の執筆者とともに、人種主義・反人種主義について再考する一冊となれば幸いである」。

 帯の表に「制度が創る人種」「近代以降の連鎖を断つには?」とある。近代をリードしたアメリカ、そしてその言語である英語圏の言説を排除しておこなわれた日仏の共同研究の「共通言語は英語」だった。いわゆる発展途上国のエリートは、欧米の言語で高等教育を受け、近代以降に創られた「人種」を受け入れている。日本もフランスも近代帝国主義側にいた国である。「非英語圏」のつぎは、「非帝国主義圏」を加えた共同研究が必要かもしれない。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。