井川充雄『帝国をつなぐ<声>-日本植民地時代の台湾ラジオ』ミネルヴァ書房、2022年2月10日、247+4頁、7000円+税、ISBN978-4-623-09279-6
「本書は、一九二〇年代に誕生したラジオが、いかにして国民統合のメディアへと成長していったかを、「外地」のラジオ局、特に台湾放送協会から検討しようとするものである」。「日本統治時期の台湾におけるラジオ史研究の蓄積は少なくはない」。先行研究を「総合すれば、日本統治時代の台湾におけるラジオの特徴」は、おおむねつぎのようにまとめることができるという。
「(1)一九二五年六月一七日に開会した「台湾始政三十年記念展覧会」において台湾総督府交通局逓信部が一〇日間にわたって実験放送を行ったことを嚆矢とし、(2)一九四二年一〇月一〇日から二重放送を開始するまでは、すべての放送は日本語で行われ、(3)そのため、日本語教育が行われていたとはいえ、加入者は本島人に比べ圧倒的に内地人(日本人)が多く、(4)番組を通して国語(日本語)の普及をはじめとする「皇民化教育」が企図されており、そして(5)わずか六ヶ月間ではあったが広告放送も実施された、といったことが挙げられるであろう」。
このような先行研究があるにもかかわらず、本書が執筆されたのは、「近年、資料のデジタル化が進んでいる」ことが背景にあり、つぎのように説明されている。「こうしたデジタル化された資料によって、これまでは見過ごされてきたものが利用できたり、関連の薄いように思われる資料群から貴重な資料を見いだしたりすることができるようになり、著者もそうした作業に没頭した。ただ、デジタル化されるものの取捨選択には何らかの作用が働いていることはいうまでもない。したがって、著者としては、デジタル化されたものに安易に依拠するのではなく、非デジタル資料にも目を配るように心がけた」。
本書は、とくに「台湾におけるラジオによる同化」「東亜放送網と台湾放送協会」「南方への拠点としての台湾の役割」の3点に着目して、序章、3部全9章、終章などからなる構成をとっている。序章「「帝国」の時代に、ラジオはいかに響いたか」の最後で、つぎのように各部各章を要約している。
第Ⅰ部「台湾放送協会の設立と発展」は2章からなり、「台湾におけるラジオの登場と発展の過程を明らかにする」。第一章「台湾におけるラジオの登場」では、「内地の声を希求するものとしての台湾におけるラジオの登場を扱い」、第二章「台湾ラジオと東亜放送網の拡充」では、「台湾のみならず、朝鮮や満洲とともに内地とのネットワークが拡充されていく過程を明らかにする」。
第Ⅱ部「台湾社会とラジオ」は4章からなり、「台湾に登場したラジオというニューメディアが台湾社会にもたらしたものを四つの観点から論じる」。第三章「時差撤廃とラジオ-ラジオの作る時間観念」では、「日台間の時差撤廃の過程と、ラジオが作り出した近代的な時間観念を論じる」。第四章「日本統治時代の台湾におけるラジオ体操-動員される身体」では、「ラジオ番組の一つとして日本から持ち込まれたラジオ体操が身体の動員を図ることに着目する」。第五章「日本統治時代の台湾におけるラジオリスナー-日記から読み解く台湾人にとってのラジオ」では、「当時の統計資料と日記を用いて、当時のラジオ聴取者がどのような人々で、どのように受容していたかを探る」。そして第六章「台湾におけるラジオ塔-日本統治下の台湾におけるラジオの共同聴取」では、「現在も遺構として残るラジオ塔を軸に、集団聴衆のありようの変遷にアプローチする」。
第Ⅲ部「戦時下の台湾放送協会」は3章からなり、「日中戦争から敗戦までの過程を明らかにする」。第七章「アジア・南方への拠点としての台湾放送協会」では、「日中戦争勃発後、台湾放送協会によって実施された海外放送を扱う」。第八章「太平洋戦争下の台湾放送協会」では、「当時の台湾総督府交通局総長の書き残した記録から、二重放送の開始をはじめとする太平洋戦争下の台湾放送協会の姿を再構成する」。そして第九章「台湾における玉音放送-台湾統治の終わりの始まり」では、「一九四五年八月一五日の玉音放送とその後の台湾放送協会の終焉までのプロセスを扱う」。
そして、終章「解体される「帝国」とラジオ」では、「本書の成果」を「「ラジオの時代」再考」「<声>の文化としてのラジオ」「台湾支配とラジオ」「台湾ラジオにおける<声>の文化の形成」「南方への拠点としての台湾」の見出しの下でまとめ、最後の見出し「メディア史の研究と教育の課題」の下で課題をつぎのように示して本書を閉じている。「「外地」でのラジオの動態は、「内地」の動向を反映している。序章で示した同心円状の構造は、「中心」から「周縁」へと輪が広がっていくことを示している。それゆえに、逆に「周縁」からさかのぼって見れば「中心」の構造を解き明かすこともまた可能となる。つまり、植民地におけるメディアの歴史は、日本のメディア史の逆照射することにもなる。今後、「一国史」を超えたメディア史の研究と教育が、ますます必要となるだろう」。
つまり、同心円状の内から外へだけでなく、外から内へ、外から外へなど多角的にみるだけでなく、新聞・雑誌、映画などメディアミックスのなかのラジオも考えなければならなくなるということだろう。そして、それを可能にしているのは、資料のデジタル化で、テレワークの普及で一気に進むものもあるだろう。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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