村井章介『古琉球 海洋アジアの輝ける王国』角川選書、2019年3月28日、413頁、2200円+税、ISBN978-4-04-703579-9

 「理屈はともかくとして、古琉球は何たっておもしろいのだ」と、著者、村井章介は力説し、つづけてつぎのように説明している。「日本をかたちづくる要素の多元性を雄弁に語ってくれるだけではない。日本なんか飛び越していきなり世界史とつながってしまう意外さがある。かと思えば、表層の激しい変化にもかかわらず基層文化が根強く残っていたりする。私が論じたことのある事例にかぎっても、鎌倉北条氏に臣従した薩摩武士の相続文書に沖縄島直前までの島々が記されていたり、中国文化の所産である石碑にかな文字で琉球の神歌が刻まれていたり、ポルトガル製のある地図ではIapam(日本)がLequios(琉球)という大地域の辺境にすぎなかったり、ごく短期間だが琉球国王が島津氏をふくむ南九州の武士たちを臣従させていたり……といった具合だ」。

 本書は、序論「古琉球から世界史へ」、全5章(「第一章 王国誕生前夜」「第二章 冊封体制下の国家形成」「第三章 冊封関係と海域交流」「第四章 和/琉/漢の文化複合」「第五章 王国は滅びたのか」)からなり、裏表紙につぎのようにまとめられている。「世界に開かれていたのは日本ではなく「琉球」だった! 13~17世紀の古琉球の時代、ボーダーレス海域でどのような歴史と文化が展開されたのか。琉球に残されたかな文字の碑文や『歴代宝案』などの外交文書、中国・朝鮮ほか、近隣諸国に残る史料などから総合的に検証。冊封体制論からはみだした古琉球の独自の事象を浮き彫りにする。同時代の日本を含むアジア世界の歴史のありかたに境界史から光をあて、その全体像に新たな視角を拓く」。

 著者が「おもしろい」といったのは、さまざまな史料からさまざまな姿が明らかにできるからだ。序論、最後の見出し「古琉球史料のあらまし」では、つぎのようにまず4つ、(1)琉球(沖縄)に伝わったもの、(2)ヤマトに伝わったもの、(3)中国・朝鮮に伝わったもの、(4)ヨーロッパに伝わったもの、に分けてまとめている。

 「(1)琉球(沖縄)に伝わったもの」は、さらにつぎの6つに分けて紹介している。①『歴代宝案』は、「王国の外交に関する往復文書四五九〇通を集成した一大外交文書集で、年代は一四二四年から一八六七年までにおよぶ」。②『おもろそうし』は、「王国の国家事業として「おもろ」という歌謡を集成したもので、全二二巻に一五五四首が収められる」。③辞令書は、「王から発給される根幹的な行政文書で、本文は基本的にかなで書かれ、「首里之印」と刻んだ大きな朱印が捺され、奥に明年号による年月日が漢字で記される」。④碑文は、「ヤマト中世にはほとんど存在しない碑文が、古琉球期を通じて二〇点あまり知られ」ている。⑤正史は、近世琉球王府が「四次にわたってみずからの歴史を編纂した」もの。⑥家譜は、近世琉球王府が、「士族を対象に一六八九年家譜の提出を命じ、首里城内の系図座が原稿を厳密に検閲し訂正を加えさせたうえで、一部を系図座が保管し、一部を各家に頒賜した」もの。「①~④が古琉球期に源流をもつもの、⑤・⑥が近世琉球王国の編纂になるものである」。

 本書で知りたかったことは、東シナ海、南シナ海を股にかけて交易をおこなった琉球にとって、「海」はどういうものであったかである。本書から資源としての海は、遺跡から発掘されたヤコウガイなどからしかわからない。もっぱら交通路としての海であるが、「西沙群島付近で難破して溺死者多数」などの記述しかなかった。本書で紹介された史料から、「歴史的固有の領土」としての東シナ海や南シナ海の島じまを、証明することはできないことがわかる。

 そして、最後の「第五章 王国は滅びたのか」は、つぎのパラグラフで終わっている。「こうして変則的なかたちで幕藩制に編入された琉球だったが、ヤマトからの自立、独自性を誇りとする自意識は滅びなかった。近世琉球の薩摩・清への両属関係は、大藩ぶりを誇示しようとする薩摩によって意図的に存続させられた面がある。だが同時に、明治維新=琉球処分の時期の「脱清人」の出現が示すように、ヤマト天皇制から離れたアイデンティティのよりどころともなった」。「古琉球」から今日の沖縄・東アジアがわかるからこそ、「おもしろい」のである。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。