小山哲・藤原辰史『中学生から知りたいウクライナのこと』ミシマ社、2022年6月10日、206頁、1600円+税、ISBN978-4-909394-71-2
わたしの授業には、ロシア人学生がいる。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科には、ウクライナ人とロシア人学生が席を並べて学んでいるゼミもある。ロシアによるウクライナ侵攻の報道は、ウクライナの被害者の目線に立った報道が目立つ。平和のための「戦争論」も、もっぱら被害を強調している。だが、被害者と加害者の境界が、合法的に人を殺すことができる戦争にあるのだろうか。敵味方双方で被害が出ることを考えれば、被害者は知らないうちに加害者になりうるし、加害者が被害者になっていることもある。戦争になれば、だれでもが加害者になりうることを考えるべきで、「被害者になりたくない」だけでなく、自分が無意識に加害者になることを想定して「加害者になりたくない」と声高に叫ぶことも必要だろう。
被害者に寄り添うことの大切さは、だれにでもわかるだろう。だが、国のため家族のためと信じて加害者になった人に寄り添うことは、あまり語られない。勝者の加害者が英雄になることがあるのにたいして、敗者の加害者は惨めな戦後を送ることになる。それは、加害者本人だけではない。加害者の家族は、いっしょに暮らすことになる。いっしょに仕事をすることになる人は、どう接すればいいのだろうか。加害者もまた、被害者なのである。
では、この状況を和解へと結びつけるには、どうしたらいいのだろうか。解決する手段はなにもない。戦争を起こさないことだけが、被害者も加害者も生まないことである。ならば、この戦争は、はじまる前のどこでくい止めることができたのかを検証することが、とくに歴史研究者にとっては大切だ。それは、ロシア人とウクライナ人を含めて議論できることだ。本書を、ロシア人もウクライナ人もいる教室で読むことができるだろうか。そんなことを考えてから、本書を読みはじめた。
本書は、著者のふたりが「オンラインでの講義や対談を増補したもののほかに、私[藤原辰史]がウクライナ侵攻前後に発表したエッセイも含まれています。これらの歴史的限界を示すために、文章を補うときも、発表時点で知り得なかったことはできるだけ書かず、どうしてもあとからの情報による補足が必要な場合は、そう明記するようにしました」。
本書の内容は、出版社折り込みの『ミシマ社通信』(Vol. 112、2022年6月号)で、つぎのようにまとめられている。「ミサイルが降ってくる側の目線で-。 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、歴史学者の小山哲さんと藤原辰史さんが、ウクライナの過去と現在について対論を交わします。今回のことをきっかけに、この地域をはじめてここまで意識したという方も、多いのではないでしょうか?小山先生は専門のポーランド史から見たウクライナの歴史や文化のお話を、ナチズム研究から食と農の現代史を専門とする藤原先生は、大国中心の国際政治に左右されてきた人々に思いを寄せながら、第三者である私たちの歴史観や世界の見方を改めて問い直します」。
「歴史学を生業とする立場である前に、一人の人間として。人々の日常が奪われたことに強く心を痛めながら「地べたに立って」語るお二人のお話は、歴史が教科書に載っているような単なる出来事ではなく、確かにそこに生きる人々の軌跡なのだと教えてくれます。言葉に血を通わせ、そこに暮らす人々の目線から、世界を見ること。この本が多くの人に届くことを願ってやみません」。
冒頭で問いかけた「本書を、ロシア人もウクライナ人もいる教室で読むことができる」かどうかについては、読者の判断に委ねたい。著者のひとり、藤原辰史は対談を終えて、「ほんとうに、ひとことひとことを間違えれば取り返しがつかない、という緊張感のもとでお話をしました」と吐露している。もし、会場にロシア人やウクライナ人がいたことを認めていれば、どうであっただろうか。当然、話すときは聴衆者、書くときは読者を想定する。しかし、今日、予想外の聴衆者・読者がいたとしても、それに耐えられるだけのものにしなければならなくなっている。そうでないと、対話ははじまらない。
本書、「Ⅰ ウクライナの人びとに連帯する声明」は、つぎの「三つのグループの人たちに連帯を表明して」いる。「ひとつは、戦禍を生きのびようとしているウクライナの人たち。もうひとつは、厳しい言論統制のもとで、それでも勇気を持って戦争反対の声を上げているロシアの人たち。そして、今この対談を聴いて(読んで)くださっている方もそうだと思いますが、ウクライナの人びとの痛みを自分たちに問題として考えようとする姿勢を持っている、世界中にいる人たちです」。
帯の裏に「「小国を見過ごすことのない」歴史の学び方を、今こそ!」とある。このような状況にならないと「小国」に日が当たらないのかと、悲しい気分になった。日本人にもっと身近なはずのミャンマー、カンボジア、タイなどでは、このところ民主的な選挙がおこなわれていない。ミャンマーでは市民が武器を持つようになっている。2020年末現在で1万3963人のミャンマー人、1万735人のタイ人、9970人のカンボジア人が、技能実習生として日本に暮らしている。
帯の表に「緊急発刊!」とある。本ブログも「緊急更新!」です。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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