大塚英志『大東亜共栄圏のクールジャパン-「協働」する文化工作』集英社新書、2022年3月22日、318頁、940円+税、ISBN978-4-08-721207-5

 「まんが原作者」でもある著者、大塚英志はこれまで同様、「戦時下の「協働する文化工作」をめぐる諸相を「現在」への極めてベタな批評として語る」。そして、「まんが表現を中心にアニメや映画など、メディア産業における「文化工作」について語るのは、それは自分が今もその現場の片隅で作者として生きるからに他ならない。一体、自分の立ち位置や来歴を批判的に疑う以外に私たちは歴史を学ぶ意味があるのか」と問う。

 本書全体の要約は、表紙見返しにつぎのようにまとめられている。「「クールジャパン」に象徴される、各国が競い合うようにおこなっている文化輸出政策。保守政治家の支持基盤になっている陰謀論者。政党がメディアや支持者を動員しておこなうSNS工作」。「これらの起源は戦時下、大政翼賛会がまんがや映画、小説、アニメを用いておこなったアジアの国々への国家喧伝に見出せる。宣伝物として利用される作品を創作者たちが積極的に創り、読者や受け手を戦争に動員する。その計画の内実と、大東亜共栄圏の形成のために遂行された、官民協働の文化工作の全貌を詳らかにしていく」。

 本書は、「序章 協働する「文化工作」」、全4章からなる。「終章」や「結論」はない。各章の内容は、表紙帯の四隅に小さな文字で、つぎのように書かれている。「朝鮮でローカライズされた新聞まんが「翼賛一家」」「「のらくろ」田河水泡のまんが教室」「偽装中国映画と芥川賞受賞作」「南方支配を正当化した「桃太郎」」。

 著者は、「序章」で戦時下の「文化工作」の最大の特徴を3つあげ、それぞれつぎのように説明している。「一つめは多メディア展開である。それをメディアミックスと形容することも可能だが、文化工作は作品やメディア単体ではなく、新聞、雑誌、ラジオ、ポスターといったメディア様式、映画、まんが、アニメ、演劇など、その時点で存在した多様な表現領域を超えて同時多発的に行われるということが特徴的だ。だからこそ、もう一度念を押すが、それらが現在のメディアミックスと違うのは、一つ一つが「作品」でなく「プロパガンダ」を伝達することが目的のツールである点だ」。

 「二つめは、そのプロパガンダには「内地」に向けたものと、「外地」あるいは領地や国際社会に向けたものの二種類があり、それぞれ語られ方が異なるということだ。地域ごとの統治政策や政治的、社会的背景に応じてローカライズされることもしばしばある」。

 「三つめは官民、そして何よりプロとアマチュア(戦時下は「素人」と呼ばれた)の垣根を越えた共同作業であることだ。この官民を軍や翼賛会が主導し、アマチュアが能動的に文化工作に参加する。このような創造的行為における共同作業を翼賛体制用語で「協働」と呼ぶ。大政翼賛会が「上意下達」でなく「下意上達」をするように、戦時下のファシズムはこのような「参加型」の文化創造運動としての側面がある。この「協働」は「協同」とも記すが、その出自は大政翼賛会を主導した近衛文麿のシンクタンクである昭和会の提唱した協同主義にある」。

 本書で頻出する「メディアミックス」は、第四章「大東亜共栄圏とユビキタス的情報空間-アニメ『桃太郎 海の神兵』と柳田國男」の冒頭で、「ステルス化するメディアミックス」の見出しの下で、説明されている。1960年前後に和製英語として成立したとされる「メディアミックス」は、「国家広告における多メディア展開の考え方」として、すでに「戦時下、正確に理論化されていた」と、つぎのように具体例をあげている。

 「戦時下のメディアミックスの事例として扱った大政翼賛会宣伝部主導の「翼賛一家」もまた、翼賛体制や隣組といった政治宣伝のためのキャラクターであり、個別の展開に大政翼賛会が広告費を拠出したわけではないが、読者の人気、つまり需要と関係なく同時多発的な多メディア展開をしたのはそれら一つ一つのコンテンツは「作品」ではなく「広告」であったからだと再確認できる」。

 政治や経済に従属するように語られてきた文化の重要性が平和時に注目を集めるようになるのは、メディアミックスが1960年前後に「成立」したことと無縁ではないだろう。だが、それはすでに「戦時下」に存在していたという。文化は、戦時下のような非常時に必要不可欠なものになるのだろうか。なぜ、二の次にしてもいいような状況で、文化の活躍する場がでてくるのか。それは、文化とともに生きなければ、人間ではないからだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。