粕屋祐子編著『アジアの脱植民地化と体制変動-民主制と独裁の歴史的起源』白水社、2022年3月10日、487+xxii頁、3800円+税、ISBN978-4-560-09886-8
本書は、「比較政治学においてアジア諸国の分析が(ヨーロッパやラテンアメリカ地域に比べると)少ないことに常々不満を抱いてきた」編著者、粕屋祐子の思いがよく表れていて、比較のために丁寧に編まれている。その編著者の思いに、東アジア・南アジアの15人の分担執筆者がこたえた。15人のうち、1950年代生まれが1人、60年代5人、70年代8人、80年代1人である。
「はじめに」で、まず、つぎのように概要を述べている。「本書は、東・東南・南アジアに位置する一七カ国において脱植民地化後に形成された政治体制が、なぜ一部では民主制になり、他の国ではさまざまなタイプの独裁になったのかを理解する試みである。本書では、脱植民地化過程の制度と運動-自治制度、王室制度、独立運動-のあり方の違いが異なるタイプの政治体制の成立につながった、という主張を展開する」。
最初の見出しの問い「なぜいま、アジアの脱植民地化期に注目するのか」については、つぎのように答えている。「第一に、半世紀前のアジア政治を検討することは、現在の国際秩序の理解に役立つ」。「第二の現代的意義は、現在まで繰り返し起こっている民主制の不安定化に対する理解を促す点である」。
本書は、序章、2部全15章からなる。序章「アジアの政治体制形成論-制度と運動を中心に」では、編著者が、「本書全体の問題設定をおこなうと同時に、各国分析の章が参照する分析枠組みを提示する。脱植民地化後のアジア諸国において、なぜ一部の国は民主制として独立し、ほかではそうならなかったのか。独裁となった場合には、政党支配、個人支配、寡頭支配、王政と多様なタイプに分かれたのはなぜか。これら本書の問題設定を分析するにあたっての枠組みでは、脱植民地化を果たす直前(一〇年程度の期間)における「政治制度と運動」に注目する。序章ではこの枠組みの詳細を説明したうえで、第Ⅰ部、第Ⅱ部での検討をもとに本書で得られた知見を要約する」。
第Ⅰ部「民主制の起源」に「含まれるのは、独立時点で民主制となった国々」で、日本、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ビルマ(ミャンマー)、ラオス、インド・パキスタン、スリランカである。第Ⅱ部「独裁の起源」に含まれるのは、「脱植民地化後に独裁となった国々」で、韓国、北朝鮮、台湾、中国、タイ、ベトナム、カンボジアである。
序章では、第一節「はじめに」で「本書での分析全体を貫く枠組みの提示」をした後、第二節「問題の所在」で、「検討課題の重要性を示し、既存研究はこの課題に対する適切な答えをいまだ見つけていないことを指摘する」。第三節「本書の分析枠組み」において、「本書で新たに設定する分析枠組みを説明する。ここで注目するのは、植民地期末における政治の「制度と運動」である。制度に関して自治制度(選挙・議会等)と王室を、運動に関してはそれが武装闘争をともなう急進的なものであったか、交渉を中心とする穏健なものであったかの違いを重視する。これらの制度と運動のあり方の組み合わせから、脱植民地化を担うリーダー集団のタイプとして、政治家、王族、共産党、独立運動活動家の四種類を導出する。そのうえで、どのタイプのリーダー集団が独立を主導するかによって独立後の体制類型が予測できる、というのがこの枠組みの基本的な考え方である」。第四節「制度と運動をめぐる三条件と最初の政治体制」では、「各国分析の章で得られた知見をふまえ、枠組みの予測がどの程度該当するのか、また、該当しない場合にはなぜなのかを検討する」。
そして、第五節「おわりに」で、本書の成果と課題をまとめている。成果として、古典的著作が、「民主化の要因として商業資本家層の台頭という社会構造上の要因を重視したのに対し、本書では、アジアの場合は歴史上の制度と運動が重要であったと主張している」。「また、植民地化経験を経て第二次世界大戦に独立したいわゆるポストコロニアアル(ママ)[ポストコロニアル]な国の体制形成を考える際には、ヨーロッパの経験を基礎に置く枠組みでは対応しきれないことも示唆していよう。さらには、アジア以外の地域で戦後に独立した諸国、たとえばアフリカやカリブ海に位置する国における独立後の最初の政治体制を分析する際にも、本書の枠組みは有用なのではないだろうか」。
課題としては、「宗主国側の対応、日本軍政に対する協力が持った政治的意味、民族構成、冷戦構造の影響といった論点は、いくつかの章で重要な問題と指摘されながら、比較検討に達していない」と述べ、「とくに重要な残された課題は、脱植民地化後の政治体制がその後安定化するのか、それとも不安定化して別の体制に置き換わってしまうのか、そして、安定化・不安定化を分ける要因は何か、という問題である」としている。
第Ⅰ部、第Ⅱ部は、序章の「表0-2 制度と運動からみた脱植民地期アジアの政治体制形成」を念頭に議論が進められており、各国の変遷は「附表 本書で分析対象とする国・地域の政治体制の類型(1946-1976年)」でまとめられて、一目瞭然である。本書でおこなわれた比較と類型化は、今後の近現代地域史、各国史の基本的枠組みになるだろう。共同研究のきれいな成果を見せてもらった。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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