吉成直樹『琉球王国は誰がつくったのか-倭寇と交易の時代』七月社、2020年1月27日、339頁、3200円+税、ISBN978-4-909544-06-3

 本書で展開される「琉球王国」の議論に、拙著『海域イスラーム社会の歴史』(岩波書店、2003年)で扱った海域東南アジアの近世諸小王国を加えることができる。鄭和の遠征(1405-33年)をひとつの契機として成立した諸小王国は、活発化する交易活動に乗じて来航した外来勢力が絡んで盛衰を繰り返した。メインルートにあったマラッカやシンガポールは港市へと発展し、輸出森林産物などの後背地のあったところは外来勢力と結びついた新興勢力と土着勢力の双子の王国が成立した。新興勢力は河口近くにあり、土着勢力は河口から少し遡った支流との分岐点に都を構えた。大河はないが、那覇と首里のように。

 本書の目的は、冒頭、つぎのように述べられている。「琉球弧のグスク時代の開始期から琉球国の成立期頃までの歴史過程のいくつかの画期について、新たな知見を交えて、改めて論点を整理しながら検討することを目的としている」。つづけて、つぎのように説明している。「古琉球がグスク時代開始期(十一世紀半ば)から琉球への島津侵攻(一六〇九年)までを指すとすれば、グスク時代開始期から琉球国の形成(十五世紀前半)までの時期は、古琉球の前半に相当することになる。この時期を本書では「グスク時代」と呼ぶことにしたい」。

 さらに、「はじめに」の最後で、つぎのふたつの課題があるとまとめている。「ひとつは「琉球王国論」の枠組みから離れると琉球国の成立にいたる過程はどのように描けるのかという課題であり、もうひとつは史資料を扱う方法さえ制約する「琉球王国論」は、どのように人びとのこころの中に内面化されたのかという課題である。後者の共有化、内面化された歴史観を、本書では「内面化された琉球王国」と呼ぶことにしたい」。

 本書は、はじめに、全2章、結びにかえて、2つに補論などからなる。2つの補論は、「流れが途切れるためそこで論じることができない議論について」である。2つの章は、それぞれ「結びにかえて」で、以下のようにまとめられている。

 第一章「グスク時代開始期から琉球国形成へ 通説の批判的検討」では、「グスク時代開始期から琉球国の形成にいたる過程について新たな歴史像を提示することに努めてきた。換言すれば、従来の議論の大前提であった「農耕の開始は農耕社会の成立を意味する」という「農耕社会論」を検討し、そこには多くの難点があることを確認したうえで、視点を「交易社会論」に移せばどのような新たな歴史像が見えてくるかを考える試みを行った」。

 第二章「「琉球王国論」とその内面化 『琉球の時代』とその後」では、「琉球王国論」がどのようにして成立し、どのように沖縄の人びとの間で受容され、内面化されたかについて検討した。「琉球王国論」とは、古琉球時代の「琉球王国」の存在を必要以上に高く評価する歴史観であり、この歴史観のもとでは多様な史資料が「琉球王国」にいたる直線的な過程に位置づけられてしまい、無効化されてしまう危険がある。佐敷上グスクが本土地域の中世城郭の構造を持つにもかかわらず、琉球型のグスクとの違いが系譜の違いとしてではなく、時代差などに置き換えられて理解されてきたのは、その典型的な例である。また、「琉球王国論」は、琉球の人びとの主体性を過度に重視するために、歴史叙述を内的発展論に強く傾斜させる弊害がある」。

 そして、つぎのように、本書を結んでいる。「高良倉吉の『琉球の時代』が、沖縄の人びとに、活気に満ち、生き生きとした古琉球の歴史を提示し、かれらを強く勇気づけたことは、疑いもなく確かであろう。しかし、『琉球の時代』の刊行からおよそ四十年が経過し、人びとに憑依した「物語」の呪縛を解放する史資料が準備されているにもかかわらず、十分に生かされていないように思われるのである」。

 軽視されたり無視されたきた人びとの主体性を取り戻すためには、「過度に重視」することも必要である。それにたいする批判・反論とともに、しだいに落ち着くところに落ち着いていく。「琉球王国論」もその過渡期にあるようだ。そして、本書での議論を相対化するためには、日中韓を中心とする東アジア地域の歴史だけでなく、琉球王国の活動範囲であった東南アジアを加えて議論する必要があるだろう。16世紀に進出してきたヨーロッパ勢力が残した資料だけでなく、東アジアの文脈で語ることによって、東南アジアの歴史にも新たな展開が期待できる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。