貴志俊彦『帝国日本のプロパガンダ-「戦争熱」を煽った宣伝と報道』中公新書、2022年6月25日、209頁、840円+税、ISBN978-4-12-102703-0
本書の概要は、表紙内側および帯の裏に、つぎのようにまとめられている。「日清戦争に始まり、アジア太平洋戦争の敗北で終わった帝国日本。日中開戦以降、戦いは泥沼化し、国力を総動員するため、政府・軍部・報道界は帝国の全面勝利をうたい、プロパガンダ(政治宣伝)を繰り広げた。宣伝戦はどのように先鋭化したか。なぜ国民は報道に熱狂し、戦争を支持し続けたのか。錦絵、風刺画、絵葉書、戦況写真、軍事映画など、戦争熱を喚起したビジュアル・メディアから、帝国日本のプロパガンダ史を描きだす」。
著者、貴志俊彦は、本書の目的を、つぎのように述べて「まえがき」を終えている。「本書は、多様なビジュアル・メディアを紹介しながら、日清戦争期からアジア太平洋戦争直後の占領統治期に至る五〇年間、とりわけ政府・軍部、報道界、国民の三者の関係をとおして、プロパガンダの主体の変容過程を跡づけることを目的とする」。
そして、「あとがき」で、つぎのように述べている。「執筆を進めていくと、この五〇余年間の戦争の時代と、現在の事象との間に接点が多いことに否応なく気づく。いま私たちが生きる時代にも埋め込まれている危機をいかに回避していくべきか。その知恵は、本書が対象とした時代のなかに確かにあると考えている」。
それは別のことばで、序章「戦争と宣伝」を結ぶにあたって、つぎのように問いかけている。「過去と現在、ビジュアル・メディアはどのように駆使され、人びとの心を揺さぶったのか。一九世紀末以降、なぜ情報の信憑性が顧みられず、人びとは国家プロパガンダに追従する方向に陥ったのか。フェイクニュースが飛び交い、ポスト・トゥルース(脱真実)と呼ばれる現代だからこそ、過去の歴史の轍を辿らないためにはどうすればよいのか、考える必要があろう」。
本書は、まえがき、序章、全7章、終章、あとがき、などからなる。本文全7章では、「一八九〇年代以降、およそ一〇年刻みで変化するプロパガンダ=宣伝に準拠して、虚飾にまみれた戦争の「顔」を腑分けし」、「序章」でつぎのように「日本におけるプロパガンダ変遷の見取り図を示し」ている。「一八九〇年代~一九〇〇年代」(第1章「日清戦争期-版画報道の流行(一八九〇年代)」・第2章「日露戦争期-「戦勝神話」の流布(一九〇〇年代)」)、「一九一〇年代」(第3章「第一次世界大戦期-日独戦争をめぐる報道選択(一九一〇年代)」)、「一九二〇年代」(第4章「中国、米国の反日運動-報道と政治の関係(一九二〇年代)」)、「一九三〇年代前半」(第5章「台湾霧社事件と満洲事変-新聞社と軍の接近(一九三〇年代前期)」)、「一九三〇年代後半」(第6章「日中戦争期-国家プロパガンダの絶頂期(一九三〇年代後期)」)、「一九四〇年代前半」(第7章「アジア太平洋戦争期-ビジュアル報道の衰退(一九四〇年代前期)」)、そして「一九四〇年代後半以降」(終章「敗戦直後-占領統治のためのプロパガンダ(一九四〇年代後期)」)。
「まえがき」は、つぎのパラグラフではじまる。「帝国日本とは、一八九〇年(明治二三年)一一月二九日に施行された大日本帝国憲法時代の日本である。国土は、明治、大正、昭和前期をとおして、現在の約一・八倍にも及び、東アジアだけでなく、樺太(現ロシア・サハリン州)南部や南洋群島(現ミクロネシア連邦一帯)を含む西太平洋にも広がっており、南極にも飛び地があった」。
厳密にいうと、この表現は正確ではない。南洋群島は、国際連盟によって委託統治を託された地域であり、南極で「飛び地」とした大和雪原は氷だけでその下に地面はなかったので「領土」として主張できないことが後に判明した。さらに、これは土地面積の話であって海域は含まれていない。当時の日本人は、「領海」を含め、空間的にはさらに広い「国土」を認識していた。
「なぜ情報の信憑性が顧みられず、人びとは国家プロパガンダに追従する方向に陥ったのか」。インターネットの表面的な情報だけを追っていては、「過去の歴史の轍を辿」ることは目に見えている。本書のような新書できっかけをつかみ、一般書・教養書へと進み、さらに専門書へ読書の幅を広げていくことが望ましいが、それをすべての人に求めることはできないだろう。せめて、人文・社会科学系の学生には、専門分野にかかわらず、いろいろな一般書・教養書を読んでほしい。一般書・教養書を執筆する機会が増えると、より広い視野をもって専門書が書ける研究者も育つ。定価1000円前後にもなった新書がやたら目立つようになったが、良質の一般書・教養書も必要だ。内外の「国家プロパガンダに追従する方向に陥」らないために。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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コメント一覧 (2)
『帝国日本のプロパガンダーー「戦争熱」を煽った宣伝と報道』をお読みいただいたあとの推薦書として、下記の書籍などは、いかがでしょうか?
貴志俊彦『アジア太平洋戦争と収容所ーー重慶政権下の被収容者の証言と国際救済機関の記録から』(国際書院、2021年2月)
http://kokusai-shoin.co.jp/308.html
アジア太平洋戦争について、新たな国際的視点から取り上げています。戦時下中国奥地に成立した重慶政権による捕虜政策の推進者、日本人、ドイツ人、イタリア人を含む被収容者、YMCA、赤十字国際委員会などの国際救済機関、それぞれの動向を検証しつつ、人間の命と尊厳を意義を考えています。
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鍾淑敏・貴志俊彥主編『視覺臺灣:日本朝日新聞社報導影像選輯』(臺北:中央研究院臺灣史研究所、2021年1月、総443頁)
https://gpi.culture.tw/books/1010902012
https://www.ith.sinica.edu.tw/publish_look.php?l=c&no=All&id=258&page=1&ps=20
日本内地のメディアは、平時と戦時の臺灣各地をどのように描いてきたのか。中央研究院臺灣史研究所の許雪姬所長の支持のもと、 京都大学貴志俊彦研究室 と鍾淑敏副所長らの殖民地史研究群が進めてきた〈PICTURING TAIWAN〉に関する国際合作の成果が、ついに刊行されました。「富士倉庫資料」(戦前の朝日新聞社のフォトストック)の臺灣関係写真1,126点の目録と、462点の写真画像が一挙に公開されるのは、戦後初めてのことです。
本書從朝日新聞社相關媒體與活動時所使用過合計7 萬1,722 張的庫存照片(圖庫),也就是所謂的富士倉庫資料中的1,126 張(本書刊載其中462 張照片)以描述臺灣平時和戰時城市與非城市的社會狀況為主題的照片為對象,來探究這些照片是如何來描述這些時期的臺灣。
shayase88
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