片岡千賀之『近代における地域漁業の形成と展開』九州大学出版会、2010年10月31日、298頁、7000円+税、ISBN978-4-7985-0028-7
本書の目的は、「序章 本書の目的・方法と構成」「1.目的と方法」「(1)目的」の最後で、つぎのようにまとめている。「本書は、地域漁業を漁業ごと、経営主体ごとに記述することで、その生成、発展、直面した課題とその克服、あるいは挫折の過程を分析し、漁業の系譜、漁業展開や組織における地域個性を考察する。各地域の漁業を9編集めたことで、漁業における資本主義的発展の多様な形態を理解することを目的としている。これらの事例は、現在においても地域の基幹産業であることが多く、こうした地域漁業の起源、原型、発展コースを示すことは、地域漁業の再生が課題になっている今日、再生を模索するにあたって多くの示唆を与える」。
「(2)方法と視点」では、「産業論の観点から3つの側面からアプローチする」と述べている。つぎの3つである。「第一は、漁業生産から水産物の流通・加工に至る一連の商品化の過程を産業システムとして一体的に把握することである」。「第二は、漁業組織、編成原理という経営側面についてである」。「第三は、漁業の創業者・リーダーについての考察である」。
そして、「本書が対象とする九州・沖縄は大都市の消費地市場から遠隔であるため、交通・運輸手段の発達が決定的な重要性をもった」と指摘し、「輸送手段の発達により、九州・沖縄地区は食料基地として位置づけされるようになったともいえる」とまとめている。
「2.本書の構成」では、「9編の事例を9章に収録した」個々の章の「初出論文と簡単な概要を記して」いる。
「第1章 古賀辰四郎の八重山水産開発」の概要は、つぎのようにまとめた。「古賀は、明治初期に沖縄に渡った海産物商で、八重山を舞台に内地や外国に移輸出する貝殻、海鳥採取、カツオ漁業・カツオ節加工を興した。漁業は糸満漁業に立脚し、販売拠点は那覇と大阪に置いた。古賀による水産開発は、近代沖縄漁業の幕開けといえる」。
「第2章 那覇の漁業発展と鮮魚販売」では、「那覇の深海一本釣りやマグロ延縄漁業の発達、漁獲物の流通販売の発展過程を糸満漁民の追込網漁業と糸満婦人によるその販売と対比して論述した。また、集落によって漁業の形態が異なること、親族による企業的漁業の編成と家族員の役割分担に注目した」。
「第3章 沖縄県のカツオ漁業の発展と水産団体-照屋林顕の事績を中心に-」の概要は、つぎのようにまとめた。「照屋は漁業出身ではないが、いち早く動力船カツオ漁業の有望性に注目して事業を興したばかりか、カツオ漁業の組織ともいえる沖縄県水産組合(後の県水産会)と沖縄県漁業組合連合会の運営に携わって、沖縄県のカツオ漁業の振興と近代化に貢献した。餌料漁場の確保をめぐって糸満漁業と対立し、カツオ節の販売では商人支配を脱して共同販売を推進した」。
「第4章 奄美大島におけるカツオ漁業の展開過程」の概要は、つぎのようにまとめた。「宮崎県などからカツオ漁業が伝播して奄美大島、沖縄は主要カツオ漁業地として成長するが、そこでの経営形態は村落共同経営であり、餌料採捕、カツオ漁労、カツオ節加工を一貫経営した。経営原理を平等出資、平等就労、平等分配とした点も沖縄のカツオ漁業と共通する」。
「第5章 宮崎県におけるカツオ・マグロ漁業の発展」では、「宮崎県でも県南部のカツオ漁業は、漁船を大型化し、漁場を拡大して、餌料供給、カツオ節製造と分化しながら、マグロ延縄と結びつくのに対し、県北部のカツオ漁業は小型漁船による沿岸操業にとどまり、イワシ漁業、カツオ節製造との結びつきを維持する方向に二極分化した。漁業賃金の形態変化についても詳述した」。
「第6章 宮崎県におけるイワシ漁業の展開」では、「イワシ漁業は一方ではカツオ漁業の餌料を供給しながら、地方で刺網の台頭、揚繰網(まき網)の導入とイワシ加工業の発達で、基幹漁業として成長した。各種イワシ漁法の併存と競合が家族経営と企業的経営の対抗関係をまといつつ展開した」。
「第7章 宮崎県を中心としたブリ定置網漁業の発達と漁場利用」では、「宮崎県は、日高亀市・栄三郎によってブリ定置網の考案、改良が進められ、主産地となったが、改良定置網の普及に伴う生産動向とともに漁場利用の変化を漁業制度、漁場紛争を通して考察した」。
「第8章 長崎県・野母崎のカツオ漁業とイワシ漁業の変遷」の概要は、つぎのようにまとめた。「カツオ漁業は漁船動力化の過程で衰退し、イワシ漁業は家族経営の刺網と縫切網から転換した揚繰網が対抗しながら発展をとげる。イワシ加工は大正期に魚肥製造から食用加工向けに転換した。集落によって漁業形態を異にしながら発展する」。
「第9章 長崎県における漁業の発達と魚市場」の概要は、つぎのようにまとめた。「長崎市の漁業は、汽船トロール、以西底曳網、沿岸のまき網が継起的に発展し、企業的漁業の形成とともに魚市場の移転、氷の使用、鉄道輸送が始まる。魚市場は長崎県水産組合連合会(後の県水産会)が管理し、制度的にも整備されていく。市場内では市場業者の分化、代金決済機構の確立、問屋・仲買人の流通支配と漁業投資などを考察した」。
そして、つぎのように総括している。「各地の漁業はそれぞれ単独で存在しているようでも、同一漁業、例えばカツオ漁業やイワシ漁業とそれぞれの加工は地域を越えて同時進行し、時には相互につながる、あるいは同一地域では各種漁業が相互に規定しあいながら展開している。章別編成は地域漁業の形成と展開を考察するために漁業主体ごとに並べているが、章を横断して同一時期、同一事項を対比することは地域性、時代性を浮かび上がらせるうえで有効で、そうした読み方もできる」。
たしかに地域漁業の実態はわかった。だが、その地域を担った人びとのなかには、ほかの地域から来て漁村を形成した者もいる。漁場は、黄海、東シナ海、南シナ海、さらに遠方に拡大し、朝鮮、中国などの漁民と競合した。そのあたりのことが、本書ではわからない。「各地の漁業はそれぞれ単独で存在している」わけではないのならば、視野を広げて考察しないと、地域の問題はわからない。とくに今日の日本の漁業を考えるには、地域漁業研究を超える必要がある。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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