タンミンウー著、中里京子訳『ビルマ危機の本質』河出書房新社、2021年10月30日、364頁、3200円+税、ISBN978-4-309-22833-4

 本書のタイトルにある「ビルマ」の正式国名は、2010年以来「ミャンマー連邦共和国」である。イギリスから独立した1948年から74年まで「ビルマ連邦」だった。74~88年に「ビルマ連邦社会主義共和国」になり、88~89年に「ビルマ連邦」に戻って、89~2010年は「ミャンマー連邦」だった。いずれも「連邦」がついているが、多民族、多言語、多宗教など多様な「ビルマ」をまとめることは、イギリス植民支配下でも、その前でも後でも実現しなかった。「ビルマ」の混迷は、歴史的に「連邦」が成立しなかったことにある。

 本書は、「はじめに」の前の「ビルマの名称について」ではじまる。いま打ってるワープロでは、「ビルマ」と打つ度に《地名変更「→ミャンマー」》と出る。そんな単純ではないことがわかる。著者自身は「本書全体を通し、習慣から「バーマ」という名称を使用している〔邦訳では「ビルマ」〕。その理由は、一つには、ビルマ語の話者として、国名に形容詞を使うのは居心地が悪いため[「ミャンマー」も「バマー」も形容詞]。二つには、英語においては「バーマ」のほうがずっと響きがいいため。そして最後に、国際表記の改称はネイティヴィズムに基づくものであるからだ」。

 そして、「ビルマの名称について」を、つぎのパラグラフで終えている。「ビルマでは、個人名、地名、民族名、果ては国名さえ変わってきたし、今も変わりつつある。ビルマは、アイデンティティの不安定な国だ。アイデンティティの問題と、この国の風変わりな政治、そしてさらに奇妙な経済とその関係については、こののち本書のなかでくわしく見てゆくことになる」。

 本書の帯には、多少とも関心のある者を誘うことばが並んでいる。「衝撃の事態! なぜこうなったのか?」「ミャンマーには乗り越えるべき宿命がいくつもある」。「国連など外交の最前線で活動してきた「ミャンマー史」の第一人者で、情勢の背景を最も知り尽くした著者が解き明かす真実」。「「最新情勢は何を語るのか-緊急寄稿」を掲載!」。

 間違いなく本書の著者は、「ビルマ」のいまを「最も知り尽くし」ている人物だろう。さらに「NHK 道傳愛子氏 解説」とあるから、日本人から見た情勢も理解できるだろう。関連書が何冊か並んでいれば、本格的に知りたいなら本書を手に取るだろう。さらに帯の裏を見れば、つぎのように、より具体的な内容がわかる。

 「ビルマが破綻国家に陥った場合のシナリオはこうだ。国軍は都市部とイラワディ渓谷地域を掌握するが、都市ゲリラ攻撃と継続する反乱により、暫定軍事政権が確固とした安定を築くのは難しい。ストライキは終わりを迎えるものの、数百万人が職を失い、圧倒的多数は行政の基本的サービスを受ける手がかりをほとんど、もしくはまったく持てない。……少数民族軍事組織は容赦ない空爆と陸軍の攻撃に晒される。……ビルマにはもう残された時間がほとんどない」。

 この本書の概要のように見える文章は、2021年2月1日の国軍の「クーデタ」後に、「日本語版」に「緊急寄稿」された「最新情勢は何を語るのか」から抜粋されたものだ。著者が本書で書きたかったことは、「はじめに」の最後に、つぎのように記している。「本書はおもに、二〇〇〇年紀が切り替わる前後の独裁政権最盛期から今日に至るまでの過去一五年ほどに焦点を合わせている。しかし、それより過去に起きたことのこだまは、むしろ現在、より強く反響するようになってきた。そのためまずは、始まりの物語からひもとくことにしよう」。

 本書の原題はThe Hidden History of Burmaである。わたしは「ビルマの表に出ない歴史」と訳すことにしたい。「隠した歴史」でも「隠された歴史」でもなく、表に出ないだけで「ビルマ」の人びと一人ひとりが生まれてきたときから背負わされたものだろう。それが困難なときほど、「より強く反響」する。著者が歴史にこだわり、「「ヤンゴン・ヘリテージ財団」を創設し、英国の植民地時代に建設されたヤンゴンの歴史的建造物の保護・保存に尽力するとともに、市民の生活と伝統文化が共存する持続可能な都市としての街づくりについて活発な提言を行ってきた」ことの意味は、このあたりにある。

 歴史的背景を理解したうえで、今日の問題は理解できる。だが、問題を解決する術がない絶望感が読後に残った。では、どうすればいいのか。低地の仏教徒だけの国家ではなく、連邦国家を形成するのであれば、共通の価値観をもつ、さまざまな背景をもつリーダーの育成が必要で、官僚となる民間人だけでなく、軍人も少数民族も、仏教徒もイスラーム教徒もキリスト教徒も、同じ教室で学ぶ必要がある。それぞれの集団も一枚岩ではない。少数民族にいたっては、同じ民族のように扱われるなかにまったくことばが通じない人びとが混住している。

 ただ喫緊の問題は、人びとが飢え、死ぬことだ。そのためには、NGOの活動をやりやすくすることが必要だろう。人道的にいろいろなことをしようとしても、世界中の善意の寄付金や物資の多くが人びとに届く前に消えてしまう。必要とするものが必要な人に届くようにし、人びとが死なないようにすることが、先決だ。その意味で「ビルマにはもう残された時間がほとんどない」。いまできることのなかには、歴史遺産の保護・保存もある。手をこまねいているだけではなく、なにかしているうちに光が見えてくることもある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。