田村慶子編著『マラッカ海峡-シンガポール、マレーシア、インドネシアの国境を行く』国境地域研究センター(北海道大学出版会)、2018年8月25日、67頁、900円+税、ISBN978-4-8329-6842-4

 2018年10月24日、香港、マカオ、広東省珠海市を結ぶ、全長55キロメートルの世界最長の海上橋が開通した。多島海の東南アジアにあっても、橋の建設によって島と島が結ばれるようになってきている。本書で取り上げるシンガポールとマレーシア、インドネシアの島じまのなかには、橋で結ばれているところがあり、ヒトもモノも国境で隔てられていることを感じないことがある。
 本書は、民間の研究所として2014年に設立された国境地域研究センター発行の「ブックレット・ボーダーズ」の5冊目で、はじめて海外のボーダーに焦点をあてたものである。岩下明裕は「はしがき」で、目的をつぎのように述べている。「本ブックレットはこれまでのシリーズ同様、なによりも地域に存在し、絶えず揺れ動いているボーダーを真正面からとりあげている。そもそも東南アジアは人種、宗教、言語、歴史など極めて多様性に富み、ひとくくりで議論できないエリアとしてよく知られる。ブックレットではそのなかでも中世ではマレー王国という共通性を有していた地域が、植民地支配の分断や移民の流入により変貌していくなかで、第二次世界大戦や戦後において作り出された関係を歴史と現在のスケールで描こうとする。一見、私たちから遠くに見えるこの地域だが、そこには日本の影が色濃く刻印しており、重層的に構築されたボーダーの意味がブックレットのなかではひとつひとつ読み解かれている」。
 いっぽう、本書の編者である田村慶子は、「はじめに」でつぎのように全体、さらに章別に紹介している。「本書は、シンガポール、ジョホール州、リアウ諸島州というマラッカ海峡を挟む三カ国(地域)の、人とモノの交流と交錯、協力を主にシンガポールを中心に綴り、さらに、リアウ諸島に残る二つの大きな戦争の記憶、現代のマラッカ海峡について述べている。もちろん日本の関わりについてもクローズアップしてみよう」。
 「Ⅰ章は、シンガポールの道路や丘の地名から、一九世紀末には「世界で最もコスモポリタンな都市」といわれたシンガポールの歴史と現在を辿る。Ⅱ章は、マラッカ海峡安全航行のために日本が一九六九年に民間ベースで設立した公益財団法人「マラッカ海峡協議会」が、沿岸三ヶ国と行ってきた国際協力の貴重な現場からの報告である。なぜ民間ベースだったかというと、当時は日本軍政の記憶が生々しく、日本政府が直接表に立つことに各国が否定的だったからである。Ⅲ章は、同じ国家だった時代の方が長いゆえに紛争が絶えなかった、マレーシアとシンガポールの競争と共存の試行錯誤を、Ⅳ章は、東南アジアにおける日本軍政とその記憶を、シンガポールを中心に描く。Ⅴ章は、リアウ諸島州のガランとレンバン島に抑留された日本軍人、さらにレンバン島に抑留されたベトナム難民という知られざる歴史を探る」。
 ヒトとモノが自由に動けるようになったと思いきや、まだまだ国境という壁が立ちはだかっていることが、つぎのように語られている。「実は筆者[佐々木生治]は、この異なる三国の所管する航路標識の維持管理支援を任務としている仕事をしているのだが、活動の効率化を阻む目に見えない壁にしばしばぶち当たる。国境線だ」。「標識には、国境を挟んで近接して設置されているものも少なくない。その場合、直接目の前の他国の標識に行けないため、わざわざ船を乗り換えて、例えば東京・大阪間に匹敵する区間を往復しなければならない」。このような国際的に安全を守るためのものは、真っ先にボーダーレスになっているのかと思ったら、こと領土・領域にかかわるとそう簡単ではないようだ。
 このような理不尽とも思えるボーダーは、なにも国境だけではない。ヒトの心のなかにも巣くっている。そのボーダーを取り除く一歩は、体験することだろう。2018年12月に「福岡発でこのマラッカ海峡の国境を越える旅を企画している」という。
 編著を読むとき、だれが書いたのか気になる。というより、だれが書いたのかがわからなければ、読みようがないことがある。本書は、目次を見なければ、だれが書いたのかわからない。ひじょうに不親切である。