瀧井一博編『明治史講義【グローバル研究篇】』ちくま新書、2022年6月10日、326頁、1000円+税、ISBN978-4-480-07456-0

 かつて大学で「国史」と呼ばれていたのが、「日本史」と呼ばれるようになって久しい。だが、その内実は変わったのだろうか。東アジアのなかの日本や世界のなかの日本を扱うのは「東洋史」や「西洋史」であって、「日本史」ではないと思っている偏狭な「日本史」研究者・教育者がいるなら、「国史」のままにしておいたほうがわかりやすい。いまや、「最新の国際的研究成果を結集し日本の近代化を多面的に検証」しなければ、近代日本史は理解できなくなっている。

 本書の内容は、表紙見返しで、つぎのようにまとめられている。「かつて西洋文明の圏外にあった日本は、西洋に由来する価値観や制度を受容し、定着させ、近代化を成し遂げた。明治維新が稀有な人類の歴史的経験であることに疑いの余地はない。それはいかなる思想と条件の下、可能となったのか。明治維新は世界史においていかに語られ、そこにどんな意味が見出されているのか。世界各地域の第一線で活躍する日本研究者の知を結集し、定説とされる歴史観に囚われず、国際的に大きなインパクトを与えた明治維新の世界史的意義を多面的に検証する」。

 本書は、2018年12月14-16日に国際日本文化研究センター(日文研)においておこなわれた国際シンポジウム「世界史のなかの明治/世界史にとっての明治」に集ったおよそ15の国ぐに、40名もの代表的日本研究者が議論のために用意したペーパーを中心に編まれている。

 編者の瀧井一博は、「二〇一八年を振り返ってみれば、明治一五〇年と唱えられながらも、それに対する一般的かつ学術的関心は決して高かったとはいえない」と述べている。いっぽう「目を海外に転じると、明治一五〇年を考える試みは、世界各地でいくつも催された。中国、アメリカ、ドイツ、イギリス、エジプト、トルコ、シンガポール、ベトナムといった国々で関係の学術会議が開かれた」。

 この「シンポジウムの具体的な議論では、明治期における日本人の海外での活動、明治維新が諸外国に与えたインパクト、公共性(公議公論)をキーワードとした明治維新の本質、喜劇や音楽を通じての明治日本の文化史的特性、江戸期日本社会との連続と断絶といった観点から活発かつ緻密な討議が行われた」。

 そのような討議のなかで、編者が印象的だったと感じたものを、つぎのように紹介している。「一次史料の綿密な読解を通じて新たな史実の提示と国際的な研究動向のなかでのその位置づけを行った研究報告があった。海外においても史料に基づいた実証的研究が進展しており、それが斬新な観点と接合して新たな研究の視角が拓かれていることが実感された」。

 そして、「はじめに」を、つぎのようにまとめている。「今日の日本人が明治に処する姿勢とは、それを通じて、日本が何を世界に向けて発信できるか、どのような寄与ができるかとの意識に基づいたものでなければならないのではないか。明治という経験が、世界の病を治すためのよき道具となり得るか。少なくとも、そのような問題関心をもつことから、自閉的でない世界史的な明治史研究が可能となるものと期待される」。

 本書は、つぎの16講からなる。
  オスマン官僚と明治官僚 ジラルデッリ青木美由紀 著
  台湾で再現した「明治」 蔡龍保 著
  一九世紀の革命としての明治維新 マーク・ラビナ 著
  明治日本と世界経済との関連 ジャネット・ハンター 著
  明治天皇の皇位継承儀礼とその遺産 ジョン・ブリーン 著
  中国の明治維新研究概観 秦蓮星 著
  明治に学ぶ ダリル・フラハティ 著
  地域社会の固有性と普遍性 マーレン・エーラス 著
  近代エジプトにおける明治日本 ハサン・K.ハルブ 著
  明治維新に関するベトナムの近年の研究関心 グエン・ヴー・クイン・ニュー 著
  中国近代化のモデルとしての明治維新像 黄自進 著
  トルコから見た明治維新 セルチュク・エセンベル 著
  フランスから見た明治維新 ベルランゲ河野紀子 著
  タイ地方行政能力向上プロジェクト 永井史男 著
  帝国の襲来 アリステア・スウェール 著
  紀州の夜明け前 サイモン・パートナー 著

 「世界から明治維新を見る16の視点」から、シンポジウムの趣意書の最後で書かれたつぎのことを、どう発展させていくか見守りたい。「明治日本の再現を唱えるのではなく、それが終わった歴史として客観化すると同時に、そこから人類社会の発展に寄与できるような知的資源を抽出するためのアカデミズムの国際的連携の場となることを目指したい」。

 「明治」という天皇の統治年代を表すことばが、「世界史」でも通用することの意味はなにかを考える必要があるだろう。だが、2018年の「明治維新150年を祝う政府の記念式典」に、天皇は呼ばれなかった。天皇抜きの「明治」とはなにかも、考える必要がある。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。