剣持久木編『越境する歴史認識-ヨーロッパにおける「公共史」の試み』岩波書店、2018年3月27日、213頁、3600円+税、ISBN978-4-00-022301-0
本書では、「国際的には広く認知されてきた」が、「わが国ではほとんど馴染みがない」「公共史」を、歴史認識という「テーマに取り組む際のアプローチからまず提案していきたい」という。
「公共史Public History」は、「少なくとも北米では一九七〇年代にはひんぱんに登場するカテゴリーとなり、一九八〇年代には、NCPH(全米公共史評議会)という学術団体も立ち上がっている。同評議会が二〇〇七年に掲げた公共史の定義は、「公共史とは、共同研究や歴史の実践を促進する運動、方法論そしてアプローチであり、実践者は、その専門的洞察を大衆にとって身近で有益なものとする使命をすすんで引き受ける」とある。また、最新の同評議会のホームページでは、公共史と言い換え可能な用語として応用史Applied history、つまり歴史を役立てる様々な方法、と規定している」。
本書では、「さしあたり厳密な定義を棚上げして、公共史の領域の最大公約数として、書物、博物館、歴史記念館、映画、テレビ番組など、大衆と歴史学を橋渡しするメディアということにしておこう。ただし、いずれのメディアにおいても、専門歴史家の関与が担保されていることが、「公共史」の要件であるとしたい」。
編者は、「本書では、公共史を、タテとヨコの二つの軸から構成されるものとして考えていきたい」と述べ、「まずタテについては、基本的には国内における専門家と大衆の関係性、そしてヨコについては、地域同士の関係性、とりわけ国境を越える関係性を想定している。もちろん、タテとヨコが交錯するケースが存在するのは、国境を越える歴史博物館や歴史教科書からも明らかであるが、ここでは、最初にタテとヨコそれぞれについて、公共史の射程を整理しておこう」。編者は、タテの公共史として、まず書物でとくに概説書、学術一般書、つぎに映像メディア、最後に歴史博物館を、ヨコの公共史として、国境を越える歴史教科書をとりあげ、タテとヨコが交差するものとして、とくに国境を越える歴史博物館に注目している。
本書は、序章「歴史認識問題から公共史へ」につづいて、2部、全7章からなる。第Ⅰ部「タテの公共史」全4章および「補章 日本における博物館展示と戦争の痕跡」では、「タテの公共史の視点をメインにすえた論考から構成されている。国内において、歴史の専門研究の成果を一般の人々に伝えるメディア、とくにテレビドラマと歴史博物館に注目する」。第1章「映像の中での公共史-「フランスの村」にみる占領期表象の現在」(剣持久木)が扱うのは、「フランスのテレビドラマ「フランスの村」である」。第2章「ドイツ現代史の記述と表象-「ジェネレーション・ウォー」から考える歴史認識の越境化の諸相」(川喜田敦子)は、「ドイツのテレビドラマ「ジェネレーション・ウォー」の分析を通してドイツにおけるタテの公共史の姿を考察する」。第3章「証言と歴史を書き記すこと(エクリチユール)-ショアーの表象をめぐって」(アネット・ヴィヴィオルカ)は、「第1章でも言及したホロコーストの表象を、映画のみならずすべての表現手段を通じて検討している」。第4章「ポーランド現代史における被害と加害-歴史認識の収斂・乖離と歴史政策」(吉岡潤)は、「冷戦後のポーランドにおけるタテの公共史を、歴史認識「パッケージ」の競合という視点で分析する」。
第Ⅱ部「ヨコの公共史」全3章では、「ヨコの公共史に軸足をおいたテーマに取り組んでいる。国境を越えた公共史に注目するが、いずれの場合においても、程度の差はあれ、それぞれの国内における専門家と一般の間のタテの公共史にも関わってくる」。第5章「第一次世界大戦の博物館展示-ペロンヌ大戦歴史博物館(ソンム県)の事例」(ステファン・オードワン=ルゾー)は、「タテとヨコの公共史が交錯する、国境を越える歴史博物館、ペロンヌ大戦歴史博物館、通称ペロンヌ歴史博物館に注目する」。第6章「ヨーロッパ国境地域における戦争の記憶と博物館-アルザス・モーゼル記念館を例に」(西山暁義)は、「地方の歴史博物館に注目する。国境を越える歴史博物館、タテとヨコの公共史が交錯するのは、大規模な歴史博物館だけではない」。第7章「ドイツにおける対外文化政策としての歴史対話-一九七〇年代の国際教科書研究所をめぐって」(近藤孝弘)は、「ヨコの公共史のもっとも目に見える実践である、ヨーロッパの歴史対話に注目する」。
編者が最初に注目したのは、共通教科書であったが、「公共史」にターゲットを広げた理由を、「おわりに」でつぎのように説明している。「直接的な理由としては、実地調査の過程で、独仏共通歴史教科書の使用状況が、アビバック学級などの特殊な二言語学級に限られるなど、当初の見通しとは異なりかなり限定的であることが判明したこと、そして独仏共通歴史教科書に引き続き刊行が予定されていたドイツ=ポーランド共同歴史教科書の刊行が遅れに遅れたことがある。後者の背景には、本書で吉岡氏が[第4章「ポーランド現代史における被害と加害-歴史認識の収斂・乖離と歴史政策」で]指摘しているポーランドの国内事情があるが、いずれにせよ、共通歴史教科書が国境を越える歴史認識へと道を切り開くという当初の私の予測は、少々楽観的にすぎることが判明した。しかし他方で、ヨーロッパでの調査を通じて、歴史教科書だけではなく、書籍や映像、博物館などの様々なメディアによる国境を越える歴史認識の試みが始まっていることもわかってきた。それらを総合的に把握するキーワードとして浮上したのが「公共史」という概念であった」。
そして、編者は「歴史博物館に対して大きな希望を見いだしている」と述べているが、「補章 日本における博物館展示と戦争の痕跡」を読むと、それも楽観的すぎるように思えてくる。帯にある「歴史学はどのように現実にコミットしうるのか」、本書で紹介されたヨーロッパ諸国の試みが、日本、中国、韓国など東アジア諸国で、どのように応用が利くのか、応用史として考えていきたい。
「公共史Public History」は、「少なくとも北米では一九七〇年代にはひんぱんに登場するカテゴリーとなり、一九八〇年代には、NCPH(全米公共史評議会)という学術団体も立ち上がっている。同評議会が二〇〇七年に掲げた公共史の定義は、「公共史とは、共同研究や歴史の実践を促進する運動、方法論そしてアプローチであり、実践者は、その専門的洞察を大衆にとって身近で有益なものとする使命をすすんで引き受ける」とある。また、最新の同評議会のホームページでは、公共史と言い換え可能な用語として応用史Applied history、つまり歴史を役立てる様々な方法、と規定している」。
本書では、「さしあたり厳密な定義を棚上げして、公共史の領域の最大公約数として、書物、博物館、歴史記念館、映画、テレビ番組など、大衆と歴史学を橋渡しするメディアということにしておこう。ただし、いずれのメディアにおいても、専門歴史家の関与が担保されていることが、「公共史」の要件であるとしたい」。
編者は、「本書では、公共史を、タテとヨコの二つの軸から構成されるものとして考えていきたい」と述べ、「まずタテについては、基本的には国内における専門家と大衆の関係性、そしてヨコについては、地域同士の関係性、とりわけ国境を越える関係性を想定している。もちろん、タテとヨコが交錯するケースが存在するのは、国境を越える歴史博物館や歴史教科書からも明らかであるが、ここでは、最初にタテとヨコそれぞれについて、公共史の射程を整理しておこう」。編者は、タテの公共史として、まず書物でとくに概説書、学術一般書、つぎに映像メディア、最後に歴史博物館を、ヨコの公共史として、国境を越える歴史教科書をとりあげ、タテとヨコが交差するものとして、とくに国境を越える歴史博物館に注目している。
本書は、序章「歴史認識問題から公共史へ」につづいて、2部、全7章からなる。第Ⅰ部「タテの公共史」全4章および「補章 日本における博物館展示と戦争の痕跡」では、「タテの公共史の視点をメインにすえた論考から構成されている。国内において、歴史の専門研究の成果を一般の人々に伝えるメディア、とくにテレビドラマと歴史博物館に注目する」。第1章「映像の中での公共史-「フランスの村」にみる占領期表象の現在」(剣持久木)が扱うのは、「フランスのテレビドラマ「フランスの村」である」。第2章「ドイツ現代史の記述と表象-「ジェネレーション・ウォー」から考える歴史認識の越境化の諸相」(川喜田敦子)は、「ドイツのテレビドラマ「ジェネレーション・ウォー」の分析を通してドイツにおけるタテの公共史の姿を考察する」。第3章「証言と歴史を書き記すこと(エクリチユール)-ショアーの表象をめぐって」(アネット・ヴィヴィオルカ)は、「第1章でも言及したホロコーストの表象を、映画のみならずすべての表現手段を通じて検討している」。第4章「ポーランド現代史における被害と加害-歴史認識の収斂・乖離と歴史政策」(吉岡潤)は、「冷戦後のポーランドにおけるタテの公共史を、歴史認識「パッケージ」の競合という視点で分析する」。
第Ⅱ部「ヨコの公共史」全3章では、「ヨコの公共史に軸足をおいたテーマに取り組んでいる。国境を越えた公共史に注目するが、いずれの場合においても、程度の差はあれ、それぞれの国内における専門家と一般の間のタテの公共史にも関わってくる」。第5章「第一次世界大戦の博物館展示-ペロンヌ大戦歴史博物館(ソンム県)の事例」(ステファン・オードワン=ルゾー)は、「タテとヨコの公共史が交錯する、国境を越える歴史博物館、ペロンヌ大戦歴史博物館、通称ペロンヌ歴史博物館に注目する」。第6章「ヨーロッパ国境地域における戦争の記憶と博物館-アルザス・モーゼル記念館を例に」(西山暁義)は、「地方の歴史博物館に注目する。国境を越える歴史博物館、タテとヨコの公共史が交錯するのは、大規模な歴史博物館だけではない」。第7章「ドイツにおける対外文化政策としての歴史対話-一九七〇年代の国際教科書研究所をめぐって」(近藤孝弘)は、「ヨコの公共史のもっとも目に見える実践である、ヨーロッパの歴史対話に注目する」。
編者が最初に注目したのは、共通教科書であったが、「公共史」にターゲットを広げた理由を、「おわりに」でつぎのように説明している。「直接的な理由としては、実地調査の過程で、独仏共通歴史教科書の使用状況が、アビバック学級などの特殊な二言語学級に限られるなど、当初の見通しとは異なりかなり限定的であることが判明したこと、そして独仏共通歴史教科書に引き続き刊行が予定されていたドイツ=ポーランド共同歴史教科書の刊行が遅れに遅れたことがある。後者の背景には、本書で吉岡氏が[第4章「ポーランド現代史における被害と加害-歴史認識の収斂・乖離と歴史政策」で]指摘しているポーランドの国内事情があるが、いずれにせよ、共通歴史教科書が国境を越える歴史認識へと道を切り開くという当初の私の予測は、少々楽観的にすぎることが判明した。しかし他方で、ヨーロッパでの調査を通じて、歴史教科書だけではなく、書籍や映像、博物館などの様々なメディアによる国境を越える歴史認識の試みが始まっていることもわかってきた。それらを総合的に把握するキーワードとして浮上したのが「公共史」という概念であった」。
そして、編者は「歴史博物館に対して大きな希望を見いだしている」と述べているが、「補章 日本における博物館展示と戦争の痕跡」を読むと、それも楽観的すぎるように思えてくる。帯にある「歴史学はどのように現実にコミットしうるのか」、本書で紹介されたヨーロッパ諸国の試みが、日本、中国、韓国など東アジア諸国で、どのように応用が利くのか、応用史として考えていきたい。
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