福岡まどか・福岡正太編著『東南アジアのポピュラーカルチャー-アイデンティティ・国家・グローバル化』スタイルノート、2018年3月26日、478頁、4000円+税、ISBN978-4-7998-0167-3

 「東南アジアの息吹とパワーとエネルギー!」と、帯に大書してある。経済成長を肌で感じたことのない日本の若者に比べ、東南アジアには発展への期待があり、個々人を発展へと駆り立てるポピュラーカルチャーがある。本書3部全13章と20のコラムから、その一端が具体的にわかってくる。
 「本書は、東南アジアの人々が文化に関わる多様な価値観とどのように向き合っているのか、文化実践を通して自分をどのような存在として位置づけていくのか、という問題を人類学・地域研究の立場から考察した論文集である」。
 本書は、書名と同じタイトルの序章につづいて、「せめぎあう価値観の中で」「メディアに描かれる自画像」「近代化・グローバル化社会における文化実践」の3部に分けて、「20世紀初頭以降現在までという比較的長い時代設定を視野に入れて」考察している。
 「17名の執筆者はそれぞれの専門分野の立場からフィールドへ長年にわたって通い続けてきた」成果が本論文集であり、それをつぎのようにまとめている。「ここに見られる論考の数々は、長期にわたって芸術活動や表象文化を調査し現地の人々との対話を重ねることを通して、アイデンティティ形成をめぐる批評や論争を分析し価値観の相克や規範の揺らぎが起こるプロセスに分け入った成果である。文化表現や身体表象が生み出され社会に広まって受け入れられていくプロセスに着目し、人々の文化実践や価値観の葛藤や論争など[を]通して現代東南アジア社会におけるアイデンティティ形成の多様なプロセスをとらえることを目指している。地域的には東南アジアの事例を主とするが、地域横断的なトピックとして東南アジアにおける華人文化の歴史や華人の文化人の活動、東南アジアにおけるインド文化を中心とする南アジアの文化の普及、東南アジアにおける韓国を中心とする東アジア文化の流行などの現象も含めて考察を行う」。
 3部は、それぞれつぎのように要約されている。「第一部「せめぎあう価値観の中で」においては、文化表現をめぐって人々が多様な価値観と交渉しつつ自らの位置づけを模索し変化させていく状況を取り上げた。社会に根強く偏在する道徳規範、国家による規制、居住地域や世代による価値観の違いをめぐって、人々が文化表現を通して自らを位置づけていく現状を視野に入れた」。
 「第二部「メディアに描かれた自画像」においては、メディアを通して模索される自画像を取り上げた。音楽や映画などを通して、文化表現・表象に対する新たな価値観を生み出そうと試みる人々の姿に焦点を当てた」。
 「第三部「近代化・グローバル化社会における文化実践」においては、植民地化や国民国家の成立、資本主義の影響などを背景としたメディアの発展や社会の変化、進みつつある情報のグローバル化に焦点を当てた。また文化が地域的枠組みを越えて拡散していく状況にも着目し、人々の文化実践の多様化について考察した」。
 そして、序章の最後で、つぎのようにまとめている。「本書の記述を通してみえてくるものは、多様な価値観と向き合いつつ社会における自らの位置づけを模索し続ける東南アジアの人々の姿である。そしてその姿からは、文化的表現が社会におけるさまざまな問題と決して無関係ではないということが示される。人々が日常的に経験する文化は、生活の中に深く入り込み、価値観や思想に多大な影響を与え、社会における多様な論争に何らかの展望やカタリシスをもたらすものでもある」。
 「東南アジアの人々に対して多くの人々が抱くイメージは、自然と共存し伝統文化を守り深い信仰心に支えられた生活をする人々というものが一般的かもしれない。だがその一方で東南アジアの人々はまた、メディアを駆使し、物質文化を謳歌し、論争に参加し、多様な面で創造性を発揮していく人々でもある。文化の持つ力がどのように、人々に、社会に、そして世界に影響を及ぼしていくのかという問題に、現代東南アジアのポピュラーカルチャーをめぐる研究は一つの鮮明なイメージをもたらしてくれるのではないだろうか」。
 「あとがき」に書かれているとおり、「対象とするポピュラーカルチャーは、茫(ぼう)洋(よう)としてつかみがたい」。だが、「そこに新しい文化的表現を生み出す人々の大きなエネルギーがある」。そのエネルギーを受けとめることによって、経済成長が鈍化した日本の若者もグローバル化する東南アジアを含む東アジアという地域社会のなかで「再生」できる。日本という国家の経済成長が鈍くなっても、日本が属している東アジアはこれからも文化的発展が期待できる。