増原綾子・鈴木絢女・片岡樹・宮脇聡史・古屋博子『はじめての東南アジア政治』有斐閣、2018年11月30日、302頁、2200円+税、ISBN978-4-641-15058-4
「本書は、大学に入って初めて東南アジア政治を学ぶ学生を主な読者としてつくられたテキストである」。つまり、東南アジアについてなにも知らないことを前提として、執筆されている。
本書の特色は、「各国政治史」「比較政治」「国際政治」の3部構成になっていることである。「第Ⅰ部では、第1章が古代から独立前までの東南アジアの国家と国際関係を扱っており、第2章から第7章までは国家形成と国民統合に注目して各国の政治史が記述されている。植民地化以前にはこの地域に存在しなかった近代的な国家がどのように成立し、国民国家形成と国民統合がどのように行われていったのかをめぐる議論が、それぞれの章で展開されている」。
「比較政治をテーマとする第Ⅱ部では、独立後から現在に至るまでの国内政治に焦点をあて、国家間を比較しながら当該国が抱える政治問題を浮き彫りにしている。第8章(国民国家建設)では国民国家がつくられる過程で生み出される多数派と少数派の関係について、第9章(政治体制と体制変動)では権威主義体制の成立とその支配の仕組みについて論じられ、第10章(成長・分配)では開発に伴う経済成長とその分配をめぐる対立が、第11章(模索する民主主義)では民主化に伴って拡大する汚職や政治家不信が社会に分断をもたらすなど東南アジアの民主主義が直面する問題が議論されている」。
「国際政治を扱う第Ⅲ部では、大国との国家間関係、地域統合、国境を越える人の移動から東南アジア政治を考えようとしている。第12章では冷戦期からポスト冷戦期にかけての、特にアメリカや中国と東南アジア諸国との関わりを、第13章ではASEANの成立から共同体設立に至る50年間の地域統合の歩みを学ぶ。越境をテーマとする第14章は、麻薬密輸やテロ・ネットワークといった非合法活動から合法的な労働移動、難民まで、人々の国境を越える多様な営みに注目する。最後に、終章では日本と東南アジアの関係史を概観しながら、私たち日本人の東南アジアとの関わりの深化を考えていきたい」。
このように本書は3部構成になっているが、「読者はどこから読み始めても構わない」よう配慮されている。そのメリットは大きいが、当然のことながら、重複する記述が増える。2年半にわたって10回以上の打ち合わせをし、査読会を開いてほかの人の助言を得ても、分担執筆は専門性に優れているが、どうしても整合性に問題が出てくる。第Ⅱ部、第Ⅲ部は東南アジアの「多様性の中の統一」を理解するにはいいが、「初めて東南アジアを学ぶ」学生にとっては各国ごとの違いがわからず混乱する。実際、その日の授業では1つの国のことしか話さないようにしたほうがいい。比較の話をした授業後のレポートを読むと、混乱したことがわかる。このように、テキストや概説書は、ケチをつけはじめたらきりがないほど問題が出てくる。また、優れたものができても、それを教室でどう使うかが肝要である。
さらに、学生や一般読者向けといっても、専門家の目に適う最新の研究成果を取りいれたものでなければならない。大学入試センター試験によく出る「1623年のアンボイナ事件」は、イギリスが「オランダに敗れて東南アジア海域から駆逐された」契機となったわけではないことを、わたしはイギリス東インド会社文書を使って、学会でも発表したのだが改まる様子はない。イギリスのインドを含むアジアの中心は、1680年ころまで西部ジャワのバンテンにあった。また、1667年の英蘭の条約で香料諸島のバンダ諸島のイギリス領ルン島とオランダ領マンハッタン島(現ニューヨーク市)が交換されたことから、イギリスは香料諸島海域から完全に駆逐されたわけではない。なにより、ヨーロッパ勢力が香料貿易に進出して1世紀になり、砦を築いて貿易の根拠地とする費用のかかるものから自由貿易に変わって砦の重要性は低下していた。実際、イギリスの香料貿易は事件後増加している。この事件については、これまでだれも原資料に基づいて研究していないにもかかわらず、高校教科書に書かれつづけてきたようだ。
本書の「引用・参考文献」は5人の執筆者のうち、だれかが読んだことがあるもののはずだが、「GHQ連合国軍最高司令官総司令部」をなんども「CHQ」と表記するなど夥しい数の、誤植では済まされない誤りのある書籍が含まれている。また、なんども書き直したためだろう、参考文献には該当しない箇所に挿入されているものがある。
テキストを書くのは、ほんとうに難しい。わたしも出版後に、恥ずかしい思いを何度もした。訂正をしたいのだが、初版をすぐに売り切らなければ、それもできない。本書が、版を重ねて、よりよいテキストになることを願っている。
本書の特色は、「各国政治史」「比較政治」「国際政治」の3部構成になっていることである。「第Ⅰ部では、第1章が古代から独立前までの東南アジアの国家と国際関係を扱っており、第2章から第7章までは国家形成と国民統合に注目して各国の政治史が記述されている。植民地化以前にはこの地域に存在しなかった近代的な国家がどのように成立し、国民国家形成と国民統合がどのように行われていったのかをめぐる議論が、それぞれの章で展開されている」。
「比較政治をテーマとする第Ⅱ部では、独立後から現在に至るまでの国内政治に焦点をあて、国家間を比較しながら当該国が抱える政治問題を浮き彫りにしている。第8章(国民国家建設)では国民国家がつくられる過程で生み出される多数派と少数派の関係について、第9章(政治体制と体制変動)では権威主義体制の成立とその支配の仕組みについて論じられ、第10章(成長・分配)では開発に伴う経済成長とその分配をめぐる対立が、第11章(模索する民主主義)では民主化に伴って拡大する汚職や政治家不信が社会に分断をもたらすなど東南アジアの民主主義が直面する問題が議論されている」。
「国際政治を扱う第Ⅲ部では、大国との国家間関係、地域統合、国境を越える人の移動から東南アジア政治を考えようとしている。第12章では冷戦期からポスト冷戦期にかけての、特にアメリカや中国と東南アジア諸国との関わりを、第13章ではASEANの成立から共同体設立に至る50年間の地域統合の歩みを学ぶ。越境をテーマとする第14章は、麻薬密輸やテロ・ネットワークといった非合法活動から合法的な労働移動、難民まで、人々の国境を越える多様な営みに注目する。最後に、終章では日本と東南アジアの関係史を概観しながら、私たち日本人の東南アジアとの関わりの深化を考えていきたい」。
このように本書は3部構成になっているが、「読者はどこから読み始めても構わない」よう配慮されている。そのメリットは大きいが、当然のことながら、重複する記述が増える。2年半にわたって10回以上の打ち合わせをし、査読会を開いてほかの人の助言を得ても、分担執筆は専門性に優れているが、どうしても整合性に問題が出てくる。第Ⅱ部、第Ⅲ部は東南アジアの「多様性の中の統一」を理解するにはいいが、「初めて東南アジアを学ぶ」学生にとっては各国ごとの違いがわからず混乱する。実際、その日の授業では1つの国のことしか話さないようにしたほうがいい。比較の話をした授業後のレポートを読むと、混乱したことがわかる。このように、テキストや概説書は、ケチをつけはじめたらきりがないほど問題が出てくる。また、優れたものができても、それを教室でどう使うかが肝要である。
さらに、学生や一般読者向けといっても、専門家の目に適う最新の研究成果を取りいれたものでなければならない。大学入試センター試験によく出る「1623年のアンボイナ事件」は、イギリスが「オランダに敗れて東南アジア海域から駆逐された」契機となったわけではないことを、わたしはイギリス東インド会社文書を使って、学会でも発表したのだが改まる様子はない。イギリスのインドを含むアジアの中心は、1680年ころまで西部ジャワのバンテンにあった。また、1667年の英蘭の条約で香料諸島のバンダ諸島のイギリス領ルン島とオランダ領マンハッタン島(現ニューヨーク市)が交換されたことから、イギリスは香料諸島海域から完全に駆逐されたわけではない。なにより、ヨーロッパ勢力が香料貿易に進出して1世紀になり、砦を築いて貿易の根拠地とする費用のかかるものから自由貿易に変わって砦の重要性は低下していた。実際、イギリスの香料貿易は事件後増加している。この事件については、これまでだれも原資料に基づいて研究していないにもかかわらず、高校教科書に書かれつづけてきたようだ。
本書の「引用・参考文献」は5人の執筆者のうち、だれかが読んだことがあるもののはずだが、「GHQ連合国軍最高司令官総司令部」をなんども「CHQ」と表記するなど夥しい数の、誤植では済まされない誤りのある書籍が含まれている。また、なんども書き直したためだろう、参考文献には該当しない箇所に挿入されているものがある。
テキストを書くのは、ほんとうに難しい。わたしも出版後に、恥ずかしい思いを何度もした。訂正をしたいのだが、初版をすぐに売り切らなければ、それもできない。本書が、版を重ねて、よりよいテキストになることを願っている。
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