平田利文編著『アセアン共同体の市民性教育』東信堂、2017年2月28日、336頁、3700円+税、ISBN978-4-7989-1414-5

 本書は、2010~13年度科学研究費補助金による研究の成果であるが、2002年度から継続的におこなってきた「アセアン諸国における市民性教育」の成果でもある。
 研究の目的は、つぎの3つである。「第1に、アセアン10カ国における市民性教育の現状・課題・展望を解明すること、第2に、アセアンネス(ASEANness)のための教育を解明すること、そして第3には、アセアン10カ国における市民性教育・アセアンネスのための教育に対する提言を行うことであった」。
 また、広義には、「わが国では立ち遅れている」「この領域の学術図書を教育界・学会に問い、この領域の学術研究を進展・活性化させるのが第1の目的である。第2には、市民性教育が21世紀を生き抜いていくために必要不可欠であることを広く社会と学校現場に訴え、特に教育実践現場において市民性教育を浸透させることにある」。
 そして、「具体的な本書の目的は、アセアン諸国における(1)市民性教育の政策・カリキュラム・教科書などの現状、(2)児童生徒を対象として実施した市民性に関する意識調査結果、(3)そして市民性教育に関する有識者を対象としたデルファイ調査(未来予測調査)の結果、について検討することである。特に、デルファイ調査によって、10年後のアセアン各国において、達成すべき市民性資質を未来予測することをねらいとした」。
 本書の大きな特色は、つぎのように説明されている。「児童生徒に対し市民性教育に関する意識調査を実施するとともに、市民性教育に係わる有識者を対象にデルファイ調査(未来予測調査)を実施している点である。特に、デルファイ調査法によって、当該分野の専門家に対しておよそ10年後の市民性教育の姿を予測してもらっていることである。つまり、今後10年間で当該国はどのような市民性教育を実施すべきか、児童生徒が具体的にどのような市民性を身につけるべきかを予測することを主なねらいとしている」。
 「あと一つの特色は、本書は、比較教育学において当該国の教育研究の第一線に立つ研究者によって執筆されているということである。すなわちアセアン諸国の教育研究者が一堂に会して、相手国の市民性教育の専門家と共同研究を推進したということであり、このような試みは、はじめてのことであり画期的なことといってよい」。
 本書は、まえがき、3部全13章、あとがきからなる。「第Ⅰ部 研究概要」は1章のみで、その第1章では、表題通り、「研究目的・方法、研究枠組み、各国の報告要旨」が説明されている。
 「第Ⅱ部 アセアン10カ国の市民性教育」は、第2~11章の10章、すなわちアセアン加盟各国1章ずつからなり、本書の中心をなす。「10カ国それぞれの担当者が市民性教育について分析考察している。市民性教育に関する政策・カリキュラム・教科書等の分析をもとに、児童生徒を対象とした市民性に関する意識調査結果、また、本プロジェクトの大きな特色である、市民性教育に関する有識者を対象としたデルファイ調査結果について分析・検討している。デルファイ調査結果からは、それぞれ10年後の市民性教育がどうあるべきか、10年間でどのような市民性を身につけるべきかを明らかにしている」。
 「第Ⅲ部 総括」は、第12~13章の2章からなり、「児童生徒への質問紙調査結果とデルファイ調査によって得られたデータを元に、各国間の比較考察を試みている(第12章)。そして、第13章では、アセアン共同体の市民性教育について総括している」。
 しかし、第Ⅱ部の各国の調査、分析にもばらつきがみられ、「まえがき」で「本研究の限界あるいは課題」をつぎのように指摘している。「まず、広く包括的な考察・分析になったという点であろう。調査対象国として、10カ国を取りあげ比較研究した関係上、1カ国の内容分析に集中できなかったことによる。特に、児童生徒への意識調査結果、デルファイ調査結果に関しては、児童生徒の場合、学校段階別、年齢別の比較分析やクロス分析、デルファイ調査結果の属性別・職種別分析など、各種分析を十分行うことができなかった。児童生徒のデータは小学校から高校までの平均値としてみていただきたい。次に、未来予測を主目的としたため、各国間の比較考察も十分に行えなかった」。
 本書あるいは本研究の成果は、2014年の学会で報告し、つぎのようにまとめている。「アセアンにおける市民性教育というのは、「多様性」と「共通性」という観点から考察できることを報告した。まず、「多様性」という点については、一応アセアンネスのための教育の共通枠組みがアセアン憲章に規定されているものの、アセアン各国は、それぞれ固有の市民性教育の焦点をもっているということである。重要だと考えている市民性、達成すべき市民性は、アセアンすべての国で異なっている、多様であるということである。一方、「共通性」という点に関しては、ほとんどの国で、アセアン共通の問題に関する関心がほとんど見られないということもわかった。そして、アセアン共同体としてまとまり、共同体として統合が成功するためには、アセアンの市民性に関する共通の課題に対し、より関心を持つべきであるという調査結果を得ることができた」。
 本書にあるデータは、調査時点からすでに10年が過ぎようとしている。この10年間にアセアンは大きく変わった。その最大の要因のひとつは、中国である。とくに南シナ海の領有権問題は、アセアンの結束の必要性を感じさせた。各国国際空港の入管ではアセアン優先ラインがある。テレビを観ていても、アセアン各国を知る番組が流れている。アセアンは大学の重要な研究テーマになり、教育も進んできている。10年後のデルファイ調査の有効性を確認する時期が近づいている。今回の調査結果との比較を楽しみにしている。