賀茂道子『GHQは日本人の戦争観を変えたか-「ウォー・ギルド」をめぐる攻防』光文社新書、2022年6月30日、272頁、900円+税、ISBN978-4-334-04613-2
日本人が、なぜ戦後、戦争責任について深刻にとらえなかったのか、本書を読んでわかった。とくに報道関係者が、この問題をとりあげなかったなぞが解けたような気がした。
本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「第二次世界大戦後の連合国による日本占領期、GHQ民間情報教育局(Civil Information and Education Section)は「ウォー・ギルド・プログラム」を実施した。文芸評論家の江藤淳はこれを「日本人に戦争の罪悪感を植え付けるための政策」と位置づけ、以後、保守論壇では「洗脳」言説が支持を広げていったが、それは学術的な根拠に基づくものではない」。「この政策はどのように立案・実施され、日本人はどう関わったのか。日本人は戦争とどう向き合い、その心理は時代を経てどう変わったのか。一次資料やBC級戦犯を主題にした映像を通じて、米国側の思惑と、日本側の受け止め方を明らかにする」。
著者、賀茂道子の本研究の出発点となった江藤の主張は、「まえがき」でつぎのようにまとめられている「GHQは検閲という手段で言語空間を閉ざしたうえでこうした情報発信を行い、さらには東京裁判によって連合国の正義を押し付けた。これにより戦後日本の歴史記述のパラダイム転換が起こり、そのパラダイムを戦後も固く守り続けたために、日本人は間接的に洗脳された」。
これにたいして、著者は、このアメリカの政策がほとんど検証されてこなかったにもかかわらず、保守論壇で支持され続けたことにたいして、実態を明らかにし、「日本人の視点を取り入れる必要性」を感じ、「ウォー・ギルド」に向きあった。その理由は、つぎのように説明されている。「実は、この日本人の視点に関しては、筆者にとって未達成の残された課題でもあった。占領史研究は日本側の史料が圧倒的に不足していることもあり、往々にして占領者の史料に依拠しがちである。本書では占領者だけでなく日本人にも焦点を当て、日本人は「ウォー・ギルド・プログラム」にどのように関わったのか、日本人は「ウォー・ギルド」をどのように捉えたのかを軸として、「ウォー・ギルド」と向き合った日本人の物語を描き出したい」。
さらに、本書全体を、つぎのようにまとめている。「本書では、「ウォー・ギルド」を占領史の中にのみ位置付けるのではなく、戦後を含めた日本人の意識の中に位置づけるために、戦後製作されたBC級戦犯を主人公とする映像の分析を通して「ウォー・ギルド」の行方を追う。その際に、水面下で静かに流れ続けた非公式の語りにも注意を払いたい」。
そして、「まえがき」の最後で、「「ウォー・ギルド」をどのように訳すのか」と自分自身に問いかけ、つぎのように「まえがき」を締め括っている。「このように言葉の定義づけにこだわる理由は、「ウォー・ギルド」という日本人にはなじみのない概念がこの政策をよりわかりづらくしている面が大きいからである。「ウォー・ギルド」とは何なのか、その本質はどこにあるのか、そして日本人はこの未知なる「ウォー・ギルド」にどう向き合い、先の戦争をどう捉えたのか。こうしたことを考えながら本書を読み進めてほしい」。
本書は、まえがき、全5章、あとがき、などからなる。最初の3章は、著者が2018年に上梓した『ウォー・ギルド・プログラム-GHQ情報教育政策の実像』(法政大学出版局)を「ベースとして、日本側の反応などを加えて再構成し」たもので、新たに第4章と第5章を書き下ろしている。
本書の結論にあたる「終章」はない。本書のタイトルの「GHQは日本人の戦争観を変えたか」の答えを著者は明確にまとめていないが、「限定的」で江藤淳の主張やそれを支持した保守論壇がいうような「洗脳」はなかった、問題はそれを日本人がどう捉えたかである、というところだろうか。「あとがき」から、つぎのような結論らしきものを拾うことができる。「もちろん、「ウォー・ギルド・プログラム」がプロパガンダであったことは否定のしようがないし、連合国側が全く残虐行為を犯さなかったわけでもない。また、日本占領はあくまで米国の国益達成のために行われたものだということも疑いようがない。しかしだからといって、スミスやダイクの思い[なぜ日本軍は人の命を虫けらのように扱うのか、そしてなぜそれを悪いと思わないのか]が否定されるものではない。日本人も、東条の東京裁判での堂々たる態度を賛美しつつ、日本軍の犯した残虐行為や侵略行為を恥じ入った。人間の感情は白黒はっきり線引きできるものではない。時には白と黒が共存することもある」。「筆者が、憲法改正や農地改革のような占領史を彩る華々しい政策ではなく、どちらかと言えば傍流の「ウォー・ギルド・プログラム」を研究テーマに選んだのは、こうした揺れ動く複雑な人間感情が垣間見えるところに心惹かれたからかもしれない」。
日本が占領された歴史を日本側からみるための資料が欠けていて研究に支障をきたすように、日本に占領された国や地域の歴史についても同じ問題がある。占領されたことを教訓にして、占領した国や地域の歴史に思いを馳せることも重要だろう。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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