片岡千賀之『長崎県漁業の近現代史』長崎文献社、2011年6月10日、295頁、2600円+税、ISBN978-4-88851-169-8

 本書は、「はじめに」に「定年退職の日」と書かれているように、65歳定年を前に著者が前年の2010年に九州大学出版会から出版した学術書『近代における地域漁業の形成と展開』に収録されなかった長崎県の近現代漁業史に関する9編の論考を集めたものである。九州大学出版会から出版されたものは、長崎を含む九州・沖縄各地の地域漁業の近代史をまとめたものである。

 本書に収録されたものは、1編を除き、『長崎大学水産学部研究報告』に掲載されたものである。その特徴を、つぎのように説明している。「水産史を、しかも通史として書くとどうしても本文や資料が多くなり、枚数制限のある学会誌にはなじまない。そうした意味で、この『研究報告』には助けられた」。

 大学や研究所などで、研究論文などを収録した定期刊行物である紀要は、厳格な査読制度がなかったりするために、研究成果としてはレベルがそれほど高いものとみなされず、軽視されることがある。たしかに、業績の点数稼ぎとしか思えないようなものがある。だが、本書に収録されたもののように、その特質を生かして発表する機会を得、それが地域社会にとって必要な資料を活字化したとなると、地方の大学の定期刊行物としての役割を充分にはたしていることになる。学会誌とは違った意味があり、それを利用し、本書のように1冊にまとめると、その意義はさらに高まる。

 本書は、長崎県の水産業の歴史に関するものを編集した、つぎの9章からなる。「章によっては時期を限定したもの、現代だけ」のものもあり、「長崎県の水産業を通観したものではない」。「それぞれの論考は、業態別、地域別の水産業の担い手ごとになっている。水産業の担い手が歴史を刻んできたし、未来を切り開いていくという自明のことに従っている」。

  第1章 明治38年の長崎県水産業経済調査
  第2章 戦前における長崎県のイカ釣り漁業とスルメ加工の展開
  第3章 長崎県におけるイカ釣り漁業の戦後展開
  第4章 あんこう網漁業の発達-有明海での生成と朝鮮海出漁-
  第5章 戦後のあんこう網漁業の展開
  第6章 五島・小値賀におけるアワビ漁業の変遷
  第7章 戦後における長崎魚市場の発展
  第8章 戦後の以西底曳網・以西トロール漁業の発展-1960年代まで-
  第9章 以西底曳網漁業の衰退過程-1970年代~現在-

 「歴史研究といっても現代も対象なので、現状分析とつながる場合が多い」。「水産史を現代まで書き繋ぐと、漁業の衰退過程を跡づけることが多くなる。漁業の衰退過程には、その発展過程以上に漁業問題の諸相が現れる。日本漁業が押しなべて縮小している今日、衰退の過程、その要因分析、対応と再生に向けた取り組みを整理することの意義は高くなっている。現代からの視点、現代へつながる視点が求められているといえる」。

 「長崎県は各種水産業が盛んな県であるが、水産史としてまとまった本がない」という。鹿児島大学から長崎大学に移られ、それぞれの地域漁業をみてきた著者が、定年までにたどり着いたのが本書である。

 はじめから優れた学術論文が書けるわけではない。資料の状況、自身の能力を含めて下準備の状況などによって、中途半端なものしか書けないときがある。大切なのは、活字にしておくタイミングである。充分でないものでも、紀要などを利用して活字にしておくと、将来、優れた論文の執筆につながることがある。また、学術的には優れた論文ではなくても、地域社会やある個人・グループに必要な情報を提供することがある。そして、研究者個人としては、書き続ける習慣を身につけることになる。書き続け活字にすることは、書くだけではなく、校正を繰り返すことを意味する。入稿前とあわせると数度は校正することになる。完成度を高めるための考察力と集中力は、校正によって鍛えられる。

 なお、本書の姉妹編ともいうべき『西海漁業史と長崎県』(長崎文献社)が、2015年に出版されている。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。