藤井賢二『竹島問題の起原-戦後日韓海洋紛争史-』ミネルヴァ書房、2018年4月30日、437頁、3800円+税、ISBN978-4-623-07290-3

 改めて日韓関係の難しさを感じさせられた。日本が朝鮮の主権を奪い植民地化し、「帝国主義的搾取」をおこなったことを理由に、独立後、日本にいろいろな場面で要求してくることはいたしかたない。問題は、その要求に日本が応えやすいように、理路整然と国際的ルールにしたがっておこなわれていないことだろう。一度国が誤ると、やり直すことは難しい。国家間でうまくいかないとき、民間の力が大きくなる。韓国人のあいだの「反日」とは裏腹に、多くの若者が日本に来て愉しんでいる現状から、なにか突破口はないものだろうか。

 本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「一九五二年の韓国の李承晩ライン宣言にはじまる日韓の海洋をめぐる紛争。半世紀以上にわたる漁業と領土問題の過程を膨大な資料により描く。竹島不法占拠をめぐる新資料から竹島問題をゼロ地点に戻す試み」。

 本書は、序章、2部全11章、終章からなる。序章「韓国による竹島不法占拠」の冒頭で、本書の目的が、つぎのように述べられている。「韓国による日本漁船大量拿捕は日韓関係を悪化させ、1951年に始まり難航を重ねた末に1965年に妥結した日韓会談(日韓国交正常化交渉)の進行に大きな影響を与えた。韓国が日本漁船拿捕の根拠としたのは、1952年の李承晩ライン宣言であった。この李承晩ライン宣言にはまた竹島への韓国の主権を主張する内容も含まれており、竹島問題は現在の日韓関係の緊張要因となっている。以上のような漁業問題と竹島問題の原因と経過を考察することが本書の目的である」。

 「序章」「1 1953年夏の竹島」で、「1953年夏、何が起こったのか」、「竹島問題、日韓会談、そして済州島周辺での紛争を中心とする漁業問題、文脈の異なる戦後の三つの日韓間の懸案が1953年夏の竹島で交差した」状況が説明され、つぎのようにまとめている。「この時、韓国に対抗する実力がなかった日本政府は竹島の支配維持よりも、済州島周辺での日本漁船の安全操業確保および日韓会談の進展に配慮した。硬軟両面を使い分ける韓国に翻弄されて日本は竹島不法占拠を許した印象をぬぐえない」。つづけて、「2 日本の配慮」「3 韓国の増長」から、本書の大まかな展開が読める。

 第Ⅰ部「日韓会談と漁業問題」は第1~6章の6章からなり、「済州島周辺を中心とする漁場がなぜ重要であったのか、どのようにして日韓間の紛争の焦点となったのかを、日本の朝鮮統治にまで遡って考察する。そして済州島周辺漁場の独占を目指す韓国の主張と行動の問題点を指摘し、日韓会談における漁業交渉での論議を検討する」。

 第Ⅱ部「竹島問題と日韓関係」は第7~11章の5章からなり、「1953年夏の事件を契機として、「独島[韓国側名称、竹島]は日本の侵略の最初の犠牲の地」という、事実とは異なる韓国の主張が形成されていった過程を明らかにする。現在の韓国人の心情を支配して竹島問題解決を難しくしているのがこの主張である。さらに、韓国の竹島不法占拠、「独島」をシンボルとする韓国人の対日対抗意識の肥大化、韓国漁業の発展によって、日本がどのような問題に向き合うことになったかを考えていきたい」。

 終章「戦後日本と竹島問題」では、これまでの考察から、つぎの6つの時期にまとめている。「①1953~54年の韓国による竹島不法占拠が強行された時期」「②1962~65年の日韓会談において竹島問題の論議が行われた時期」「③1977~78年の日韓大陸棚協定の審議と竹島近海からの日本漁船の排除の時期」「④1996~97年の新日韓漁業協定締結に向かう時期」「⑤2005~06年の島根県による「竹島の日」条例制定の時期」「⑥2012年の韓国李明博大統領の竹島上陸を前後する時期」。

 そして、「終章」をつぎのように締め括っている。「竹島問題は、安全保障を米国に依存し、他国の誠意に期待して自己主張を抑えてきた戦後日本の象徴のように思われる。そして日本人が竹島問題に冷淡であったことは否定できない。竹島を不法占拠されつつある状況にあってすら、竹島の現場で韓国人と対峙した柏境海上保安部長は「わが国の領有権をめぐって世論喚起をうながしたい」と訴えざるをえなかった」。「米国の意向にかかわらず日本は自国の安全保障を全うできるのか。日本人は経済的な利害にとらわれず領土と主権の問題を凝視できるのか。韓国に不法占拠された日本海の波に洗われる小さな岩島=竹島は戦後日本のありようを問うている」。

 「あとがき」は「竹島問題は奇妙な問題である」ではじまる。「もっとも奇妙なのは、竹島について書かれた本や記事に、日韓両国で鋭い非対称性があることである」とし、つぎのように説明している。「日本では、韓国の言い分に理解を示し、日本政府の竹島領有の根拠に疑問を投じ、中には竹島は韓国領だと主張する出版物さえ探すことができる。韓国で、日本の言い分に謙虚に耳を傾け、竹島は日本領だと主張する声が公然と現れることは、現状では、まず想像できない」。

 そして、つぎのように本書をまとめている。「韓国による日本漁船拿捕と漁船員抑留の強行によって、問題の平和的解決を求めるしかない日本の竹島問題への対応の手は縛られた。漁業問題と領土問題のそのような複雑な錯綜を解きほぐし、竹島問題をゼロ地点から捉え直そうとしたのが本書である。今後、この回答を念頭に、冒頭で記した竹島問題の奇妙さに向かい合っていきたいと私は考えている。その際には、竹島領有論争、国際関係を含む日韓会談の全体像、日本海西部漁業の実相といった、諸問題の解明へのさらなる努力も必要になるだろう」。

 国家間の関係がうまくいかないのなら、民間に頼るしかない。漁業問題は、漁民、漁村、市場、消費者などの視点を入れると国益と国家の体面を重視する「交渉」とは違う結果が得られる。5年前にソウル独島体験館を訪れたとき、一方的に領有を主張しているだけでなく、歴史的説明は客観的におこなわれており、冷静に読めば日本側に分があるように読めた。「奇妙」なのは、「反日」なのにたくさんの韓国人が日本に来るだけではない。

 「序章」最後に「筆者の見解は島根県や日本政府を代表するものではない」との断り書きがあるが、2018年の出版時点で「日本安全保障戦略研究所研究員・島根県竹島問題研究顧問・島根県竹島問題研究会研究委員」を務めていた著者は、「島根県や日本政府」の見解をもっともよく知っていたひとりと言っていいだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
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早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
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早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。