山崎雅弘『太平洋戦争秘史-周辺国・植民地から見た「日本の戦争」』朝日新書、2022年8月30日、443頁、1200円+税、ISBN978-4-02-295184-7

 本書は、2022年2月に出版された同著者の『第二次世界大戦秘史』の続編ともいうべきものである。「この本は、ヨーロッパ戦域における第二次大戦期の政治と軍事の動向を、従来とは異なる視点、すなわち「大国(ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、ソ連、アメリカ)」ではなく「周辺国」の視点で読み直すという内容でした」。

 「本書は日米や日英など「大国同士の戦い」ではなく、「太平洋戦争の空白」を埋めるために、アジア・太平洋・中南米の周辺国や植民地の視点から、新たな光を当てようというものです」。

 その目的は、「自国中心の歴史認識」では、日本が「やがて国際的に孤立していく」と、著者が危惧しているからで、つぎのように説明している。「現在の日本は、かつて軍事侵攻の対象とした東南アジア諸国とも良好な関係を築いており、留学や仕事で来日しているアジア系の外国人も数多くいます。それらのアジア系外国人は、母国で受けた歴史教育により、太平洋戦争中に日本軍がどのような行動をとったのかを常識として理解しています。東南アジア諸国の歴史教育では、日本軍の進駐や統治が肯定的に描かれることはなく、自国に対する「侵略」として教えられています」。

 「そうした、東南アジア諸国から留学や仕事で来日したアジア系の外国人と、太平洋戦争についての有意義な会話をするためには、日本人の側が相手国の目線で、戦争中に起きた出来事を理解しておく必要があるように思います」。

 「もし日本人が、かつて大日本帝国が行った侵略や非人道的行為について知らなかったり、現在の国際社会ではまったく通用しない、当時の大日本帝国政府の発表や主張をそのまま鵜呑みにして説明すれば、アジア系の外国人だけでなく、それ以外の国(たとえばオーストラリアやカナダ、ヨーロッパ諸国、アフリカ諸国、中南米諸国)から来た外国人からも、信用や信頼を失い、やがて国際的に孤立していくでしょう」。

 「そうならないためには、現代の日本人が過去の大日本帝国からいったん離れた視点で太平洋戦争全体を俯瞰して、国際社会で共有されている歴史認識と互換性のある、有意義な対話や意見交換ができるような歴史認識を持つ必要があります」。

 本書は、序章、全11章、終章、あとがき、などからなる。序章「太平洋戦争への道-大日本帝国はいかにして戦争へと進んだのか」で、「太平洋戦争の勃発に至る経緯と、戦争中のおおまかな流れについて」説明した後、「仏領インドシナ(現ベトナム、ラオス、カンボジア)、英領マラヤ(現マレーシア)、英領シンガポール、米領フィリピン、蘭領東インド(現インドネシア)、英領ビルマ(現ミャンマー)、英領インド、英租借地香港という計八つの植民地と、タイ、モンゴルという二つの独立国、そして英連邦の構成国として対日戦に参戦したオーストラリア、ニュージーランド、カナダの三国が、どのような形で太平洋戦争に関わったのか」を、「それぞれの「太平洋戦争における立ち位置」」が「より明確に見渡せる」ように語っている。そして、終章「太平洋戦争終結後の東南アジア諸地域-東南アジアの各植民地はいかにして独立したか」で、日本敗戦後の歩みを追っている。

 「あとがき」で、本書の目的と意義を再確認し、つぎのようにまとめている。「実際、日本の一部には、当時の大日本帝国による東南アジアの植民地支配を擁護するために「アメリカやイギリスやオランダも東南アジアで植民地を支配した」との「反論」をする人が存在します。そこには、日本対欧米という「大国同士の植民地争奪戦」の観点しかなく、支配される側の植民地とその住民の視点が欠落しています」。

 「第二次大戦や太平洋戦争を「大国の目線」だけで認識し、理解することは、戦争中の大国であった大日本帝国と同様の、日本人以外のアジア人を見下す思考にも繋がりかねません。そのような陥穽を避けるには、周辺国や植民地のそれぞれについての内情を知り、周辺国や植民地の人々の目に当時の日本軍や大日本帝国がどう映っていたのかを、謙虚に知ろうとする努力が必要であるように思います」。

 残念ながら、ヨーロッパ諸国と違い、日本が「太平洋戦争」中に占領した国や地域の歴史研究は進んでいないところがある。「大国の目線」で語られた歴史を「支配される側の植民地とその住民の視線」で読み直す必要がある。さらに日本との「良好な関係」を保つために、本心を語らない国・人びともいる。それだけ、本書のほうが苦労したことだろう。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。