湊照宏・齊藤直・谷ヶ城秀吉『国策会社の経営史-台湾拓殖から見る日本の植民地経営』岩波書店、2021年3月17日、269頁、7400円+税、ISBN978-4-00-022976-0
本書は、「専門領域が微妙にずれる」「3人による共同研究の成果」であり、「台湾の研究者との交流の成果」でもある。本書の課題は、「1936-46年に存在した台湾拓殖株式会社(以下、台拓)を分析対象とし、国策会社の組織としての本質を明らかにすることを最も主要な視点として、経営史的な分析を行うこと」である。
本書では、「国策会社の組織としての本質を明らかにすることを重視している。ここでいう「組織としての本質」は、植民地に存在するか否かを問わず国策会社であれば共通する特徴であり、その意味で、本書では植民地を国策会社の前提としない立場をとる。台拓が植民地台湾に存在した国策会社であることは否定すべくもない事実であるが、本書の立場は、植民地ないし台湾よりも国策会社に重きを置くものである」。
「台拓を対象とする研究が急増する起点となった」のは、1997年に『台拓檔案』が公開されたことで、「本書の分析も同資料に多くを負っている」。急増した研究を整理し、本書では、以下の3点を明らかにすることによって、「国策会社の組織としての本質を析出する」。「(1)台拓の国策性事業がいかに低収益であり、その遂行にいかに大きな困難がともなったのか、(2)台拓の資金調達がいかに困難であったのか、(3)遂行に多大な困難が伴う国策性事業に取り組むために、同社がいかに苦心し、具体的にどのような措置を講じたのか」。
本書は、序章、全9章、終章などからなる。上記3つの課題に対応するかたちで、つぎのような構成をとっている。「第1章から第3章までが、本格的な分析に先立ち、前提となる内容を提示するための部分である。第1章「国策会社の概念規定と分析視角」(齊藤)では、本書において国策会社をどのように定義しているかを説明したうえで、それに基づいて国策会社の分析視角を提示する」。「第2章「設立経緯と政府」(谷ヶ城)では、前章における国策会社の定義を踏まえ、台拓設立の局面に着目して、政府部門が国策会社たる台拓にどのように関与しようとしたのかを検証する」。「第3章「事業展開と金融構造の概観」(湊)では、貸借対照表、損益計算書といった財務諸表に基づき、台拓の事業内容を概観するとともに、事業を展開するための資金調達はどのようなものであったのかを概観する」。
「第4章および第5章は、台拓の資金調達について詳細に検討する部分である。経営業績が低迷していた台拓が、先行研究の想定とは異なって、資金調達を実行するうえでいかに多大な困難に直面したかを示すのがこれらの章の課題である。第4章「株式による資金調達と株式市場」(齊藤)は、台拓と株主ないし株式市場の関係を取り上げる」。「一方、第5章「社債発行と金融機関・政府」(齊藤)は社債による資金調達を対象とする」。
「第6章および第7章は、台拓の国策性事業について検討し、国策性事業がいかに低収益ないし高リスクであったのかを示す部分である」。「第6章「国策性事業の展開(1)」(湊)では、国策性事業が全体として低収益であったことを確認したうえで、主に仏印事業(仏印での鉱業資源開発を目的とした事業)を取り上げて、その実態を明らかにする。また第7章「国策性事業の展開(2)」(谷ヶ城)では主に広東と海南島における占領地経営に関係する諸事業を取り上げ、国策性事業においても収益性向上により「国益」と「私益」を両立するための取り組みがなされたことを明らかにする」。
「第8章および第9章は、国策性事業の遂行にともなう経営業績の低迷を前提としたうえで、そうした状況があったとしても台拓の経営を成立・存続させるための要素について検討する。第8章「政府出資と補助金」(谷ヶ城)では、低収益を補うための制度的な対応を取り上げる」。「第9章「内部資本市場としての国策会社」(湊)では、台拓が事業持株会社として直営事業のみではなく複数の関係会社を設立したことを踏まえ、それを内部資本市場として捉える」。
「以上の第1章から第9章までの分析を踏まえ、終章「台湾拓殖から見る日本の植民地経営」では、本書における分析の結果を総括し、その意義について議論するとともに、台拓が戦後の台湾経済に残した影響についても論じる」。
その影響については、「台拓の展開した事業が戦後台湾経済に大きな影響を及ぼしたとはいえない」という結論に達した。そして、その理由のひとつとして存続期間が9年に満たない短さに求めても、それだけでは充分でないことを、本書で明らかにしたことをもとにつぎのように4点をあげて説明している。「(1)国策会社として、存立することが困難な国策性事業を営んだ結果として低収益であり、(2)しかも、国策性事業は時間の経過とともに拡大したことから業績は悪化する傾向にあり、(3)その結果として、資金調達を行ううえでも多大な困難に直面し、(4)資金調達を円滑に行う目的で政府の協力を得るための方便として、調達した資金の一定割合を島外への投資に向けることを余儀なくされたことで、台湾における事業に投資し得る資金が限られた、という厳しい制約の下での経営を強いられたというのが、現実における台拓の姿であった。こうした状況は、市場経済に委ねたのでは実現し得ない低収益ないし高リスクの国策性事業を株式会社形態で遂行しようとする以上、必然的な帰結であったともいえる。そうした理解に立てば、台拓の事業が戦後台湾の経済発展への「遺産」とならなかったのは当然であり、他の条件を一定として、仮に存続期間が長くなろうと、経営規模が大きくなろうと、戦後台湾の経済発展に与える影響は大きなものとはならなかったと考えるべきであろう」。
本書では、序章「分析対象としての台湾拓殖」で、「2 国策会社のあり方を問う今日的意味」と題して、1節を設けて、1980年代の国鉄、2000年代の郵政など、金融機関が公的資金が注入した例をあげて、「現在においても決して過ぎ去った問題ではない」と、「国策」を論じている。「国だから安心」ということが、いかに危険か、本書から学ぶことができる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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