藤原辰史『植物考』生きのびるブックス、2022年11月30日、232頁、2000円+税、ISBN978-4-910790-07-7

 帯の表に「人間の内なる植物性にむけて」「はたして人間は植物より高等なのか? 植物のふるまいに目をとめ、歴史学、文学、哲学、芸術を横断しながら人間観を一新する、スリリングな思考の探検」とある。

 裏には、「(本文より)」つぎの文章が引用してある。「近代社会は、移動せよ、動け、休むな、と人間に要請しつづけてきた。「移動の自由」という監獄の中でもがいているともいえるかもしれない。縛り付けられるのではなく、動きつづけるのでもない、土地や太陽との付き合い方はないのだろうか。ひょっとすれば、動きすぎることもなく、止まりつづけることもなく、風と光と土を直接に感じ取る植物のふるまいに、それを探るための鍵が隠されているかもしれない」。

 なにやら「スリリング」な展開を期待を抱かせる誘いだが、本文を読んでいくと、著者の「義憤」がその源にあるようだ。第1章「植物性」で、「私は、全国の文学部に「生物学科」を、全国の自然科学系学部に「歴史学科」を作るべきだという主張の持ち主である」という文章にいきなりぶつかったと思えば、第7章「葉について」では突然「高校生で受験のために文系か理系かを決められたことを根に持っている私のような人間」とある。

 その「義憤」は、「あとがき」でつぎのように爆発する。「いつの間にか、人びとは、植物のことを「緑」という粗雑な言葉でいいあらわすようになりました。この地域は緑が多いですね。ここは緑あふれる住宅地です。「緑」という言葉の響きに、私は、何か人種主義的な、あるいは暴力的なものさえ感じます」。

 「そして、本書は、日本の教育制度が「文系と理系」という単純すぎる図式で高校生の柔らかい頭を硬直化させてきたことに対するささやかな抵抗でもあります。生物や数学は自然科学で、歴史や古典は人文科学であり、どちらかに決めなさいと言われたとき、高校生の私はショックを受けました。理系も文系も勉強したかったのに受験勉強がそれを阻んだわけです。それゆえに、文理融合をうたった学部に入学しましたが、ほとんどの教員は文系と理系の融合研究に取り組んでいませんでした。学問の世界に専門性が求められることは理解しています。二兎追うものは一兎をも得ず、という警句を私は真実だとも思っています。本書も片手間の仕事ととらえられるかもしれません。しかし、そうではありません。二〇世紀前半の歴史研究に従事する人間が、否が応でも植物について学ばねば先に進めないという「必然」を理解していただきたいと願っています」。

 文系で大学受験したわたしは、理科4科目(物理、化学、生物、地学)をとった経験がある。理科1科目2題ずつ計8題出されていて、そのうち4題を受験場で自由に選択できたので、4科目同時にとることができた。とくに受験勉強をしていなくても、高校の教科書に従った授業を受けていればわかる問題も出題されていた。高校の模擬試験で唯一1番をとったことがあったのは生物で、歴史の成績はよかったが英語や国語はあまりよくなかった。それでも文系を受験したのは、東北大学薬用植物園の後、イメージとは違う松島を見て、のんびり植物採集をしているときではないと思ったからだった。文系なら、東京で基礎研究だとも思った。

 教員になって学生に訊くと、「受験で「日本史」をとったので「世界史」ことはわかりません」というようなこたえが「普通」にかえってくる。入学することだけを考えて、大学に入ってからしたいこと、社会に出てから必要な知識ということは、まったく念頭になく、成績のいい科目あるいはいい点がとれる科目で、文系か理系かを選び受験している。「植物学者ではない。園芸家でもない。第一次世界大戦から第二次世界大戦までの食と農の歴史が専門である。中でもドイツと日本をその主要なフィールドとしてきた」著者の「義憤」は、そんな「普通」にあるようだ。「歴史」や「生物」は、狭義の専門だけでは成り立たない学問で、広義の「総合の知」を背景に持ちあわせることが必須である。世界史がわからないで日本史を理解することはできないし、日本史がわからないで世界史を理解することもできない。「歴史」と「生物」が「密接不可分」であることがわからないような「教育制度」はどうかしていることが、本書から伝わってくる。


評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。