大田由紀夫『銭踊る東シナ海-貨幣と贅沢の一五~一六世紀』講談社選書メチエ、2021年9月7日、275頁、1800円+税、ISBN978-4-06-525245-1
裏表紙に、つぎのような本書のまとめがある。「一五世紀後半、北京で流行しはじめた派手な消費生活はやがて朝鮮半島・日本列島にも伝播し、珠玉・絹・陶磁器などの「唐物」、そして大量の銭や銀が、東シナ海を激しく往来することとなる。大陸・半島・列島にわたる「贅沢の連鎖」はなぜ起きたか? 明・朝・日で同時発生した悪貨の横行の原因は何か? 東アジア各地の経済成長と貨幣の変動は、相互連動する世界史的事件であった! 共進化する東アジア史を、貨幣という視点から捉える試み」。
著者、大田由紀夫は、本書の考察を経て、明朝日の東アジアでは収まらないものを感じ、「中国こそが、ひとつの全体としての世界経済にとって、中心的とはいわずとも、支配的な地位を占めていた」という認識に疑問をもち、「おわりに-「唐物」と「夷貨」:東アジア史を動かす〝モノ〟」で、つぎのように結論している。
「そうした認識ではなく、一五~一六世紀の東アジアを舞台にして本書で論じたのは、基点(起点)は複数あり得るし、むしろ基点地域と周辺地域との相互作用過程こそが重要だったという点である。本書で多少なりとも取り上げた範囲内でそのような基点を列挙するなら、香辛料の原産地たる東南アジア(当地はまた東西交通の媒介者でもある)、唐物を産出する中国、さらには銀の供給者である日本(や新大陸を含めた欧州勢力)などといった地域が思い浮かぶ。しかも、これら基点となる地域を結びつける媒介地域(東アジアの場合、琉球や朝鮮、ベトナムなど)も、さきの地域に勝るとも劣らない重要性をもっていた。そして、これら基点・周辺諸地域の相互作用の進展・累積が、最終的にヨーロッパなども含めたいわゆる「世界経済」なるものの形成にもつながっていくのであろう」。
本書で具体的に語られたことは、「はじめに」でつぎのようにまとめられている。「一五世紀から一六世紀にいたる東アジアの貨幣と経済の歴史である(本書が「東アジア」としておもな対象にするのは、東シナ海を取り囲んだ中国大陸・朝鮮半島・日本列島・琉球列島などにほぼ重なる地域)。とりわけ一五世紀後半の「撰(えり)銭(ぜに)」(流通銭を選別して価値づける行為)に代表される銭貨流通の動揺や一六世紀中葉における日本銀(「倭(わ)銀(ぎん)」)の登場といった通貨変動がおもなトピックスとなる。のちに本論において詳述するが、これらの出来事も、さきほどの歴史事象(徳川家による天下統一やユーラシア大陸の歴史)と同じように、東アジア各地で起こったさまざまな出来事が積み重なってある種の時代趨勢を形成し、そのなかから派生してきたものである。そして、こうした歴史過程をたどることにより、一五~一六世紀の東アジアの経済(ひいては歴史)を動かしていた力学とはいったいどんなものであったのかも明らかになってくるだろう」。
さらに「本書では、日本銀の登場がより広域(少なくとも日中二国レベルではない東アジアレベル)での多様な要因・出来事の絡まりあいのなかから生じた出来事だったことを、その具体的な様相の再構成を通して明らかにしていく。中国経済の強力な銀需要の所産であるかのように映る(またそう語られてきた)、一六世紀中葉以降の東アジアにおける銀の奔流も、見方を変えると通説的理解とはやや異なる様相が立ち現れてくる。また、従来さまざまに議論されてきた一五~一六世紀東アジアにおける銭貨流通の動揺現象(「撰銭」)なども、そのような一連の歴史動向と密接に関わって生起したものとして位置づけられる」。
本書の目的は、「総じて、およそなんの関りもないように思われてきた東アジア各地の個々の事象が互いに関連しあい、やがてひとつの大状況(東アジア大での経済成長、「倭銀」登場、倭寇的状況など)を創出し、さらにその大状況が多数の出来事を新たに派生させるとともに、これらの出来事によって変容する、そのような歴史過程を描き出すこと」である。さらに著者はつぎのように考えて、「はじめに」を閉じている。「いままで意識されなかった歴史の「流れ」を見出し、その生成・展開を跡づけることによって、この時期の中国史・日本史そして東アジア史をめぐる既存の認識とは多少なりとも違ったストーリーを提示できればと考えている」。
そして、つぎのパラグラフで、「おわりに」を閉じている。「もちろん、孤立した空間で営まれたのではない東アジアの歴史は、それ自身で完結していたわけではなく、周囲に広がる外部世界との連関性にも考慮を払う必要がある。その際には、この本で論じたさまざまな事象・出来事がまた異なる歴史的文脈のなかで新たな意味づけを与えられる可能性も十分にある。この意味で、本書で提示した一五~一六世紀東アジアの貨幣・経済史像は、より広域なレベルにおいて展開された相互作用の過程のごく一部を切り取って論じた、ささやかな試みにすぎない」。
東アジア地域史は、1840年にはじまるアヘン戦争後の近現代史では一般的になってきたが、15-16世紀でも語ることができるようになったことは、国ごとに分断された近代の歴史観を大きく脱却したことを意味する。その背景に、古琉球史や「商業の時代」の東南アジア史研究が発展したことがある。自国から視野を広げることによって、自国史研究を深く考察できるようになることはわかっていても、周辺地域の具体的研究の発展がなければ無理だった。本書巻末の「参考文献」をみると、日本語に加えて中国語、韓国語、英語文献が列挙されている。このテーマで国際的な研究が進んでいることを意味し、「共進化」していることがわかる。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
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