横井香織『帝国日本のアジア認識-統治下台湾における調査と人材育成』岩田書院、2018年10月、214頁、2800円+税、ISBN978-4-86602-055-6
本書は、「近代日本最初の植民地である台湾におけるアジア調査と、南進のための人材育成事業の、実態や特質を解明することを通して、植民地支配の様相を、調査と教育という視点から描き直すという試みである」。
「本研究の出発点となる問題意識の一つは、アジアを「調査する」ということである。ある地域を調査するとき、その調査は何を目的としているのか、その目的に即してどの分野に関して情報を収集し、いかなる視点で分析し考察するのかなどが、明確でなければならない。調査報告書は、収集したデータの中で、何を選択し何を選択しなかったのかという取捨選択の結果であり、そこに働いた機関や組織の、意図や目的が反映されているのである。実際、近代日本においては、外務省や満鉄調査部をはじめ、銀行、商社、大学、高等商業学校など種々の機関や団体が、アジア地域に関わる調査研究を行った。調査は、それぞれ中央政府の対外政策遂行や、銀行、商社の事業拡大などを目的として進められ、多数の報告書が作成された」。
「もう一つの問題意識は、「人材を育成する」ということである。ここでいう「人材」とは、日本の植民地や支配地域で、植民地行政などに携わる実務的なエキスパートをいう。1880年代から1890年代にかけて、中国、朝鮮に関する調査研究や人材の育成を目的とした民間団体が、相次いで成立した。その中で東亜同文会は、日中提携に必要な人材を育成する日本人の現地教育機関として、上海に東亜同文書院を設けた。東亜同文書院の学科目は、高等商業学校及び高等学校と同程度の授業を目指しており、中国語と中国関係の学科目が多いところに特色があった。また、カリキュラムに中国調査旅行を加え、フィールド調査による中国理解を目指した。このような外国語、現地事情とフィールド調査を重点とした人材育成は、植民地台湾や朝鮮では高等商業学校で具現化された。また南方方面では、南洋協会が設置した学生会館や南洋商業実習生制度がそれにあたる」。
本書は、はじめに、全3章、おわりに、などからなる。資料「台湾銀行総務部調査課編「調査書類目録」」のほか、多数の詳細な表にもとづいて議論が進められている。
第1章「台湾総督府の南方関与とアジア調査」および第2章「台湾島内の機関・団体のアジア調査」では、「台湾総督官房調査課及び台湾銀行、南洋協会台湾支部、台北高等商業学校の調査活動の実態を考察し、人的物的ネットワークを解明して、台湾島内のアジア調査の論理を述べ」る。「まず第1章では、台湾総督官房調査課が行ったアジア調査の特質を明らかにする」。「第2章では、台湾総督官房調査課の調査と関わりのある台湾銀行調査課、南洋協会台湾支部、台北高等商業学校を取り上げる」。
第3章「南進のための人材育成事業」第1節「高等商業学校における人材育成」では、「日本の「外地」である台湾、朝鮮、関東州に開校した高等商業学校の教育活動を考察する」。第2節「南洋協会による人材育成」では、「南洋協会の運営者の一人である井上雅二を中心に、南洋協会の人材育成事業の形成過程を見ていく」。第3節「教育の南方進出」は、「1935(昭和10)年に開催された熱帯産業調査会の答申を受けて新設された、高雄商業学校を取り上げる」。
「おわりに」冒頭で、本研究で明らかになったことを、つぎの4点にまとめている。「①日本統治期の台湾では、台湾総督官房調査課を中心に、台湾島内の諸機関・団体と連携した組織的なアジア調査が行われていたこと、②台湾島内の諸機関・団体とは、台湾銀行、南洋協会台湾支部、台北高等商業学校、華南銀行で、それぞれ独自の調査研究活動を展開し、台湾総督官房調査課と人的物的交流を行っていたこと、③台北高等商業学校をはじめ「外地」の高等商業学校では、植民地経営に欠かせない実務的なエキスパートを輩出したこと、④南洋協会では、現地(南洋)の商業従事者を育成し、南洋に送り出したことの4点である。つまり本研究は、従来の研究では着目されてこなかった、植民地の調査と人材育成を視点として、近代日本の植民地支配の様相を捉えたものである」。
そして、「アジア調査や人材育成事業の基盤」「アジア調査の特質」「アジア調査の活用」を論じた後、最後に今後の課題をつぎのようのまとめている。「台湾におけるアジア調査を検討するには、本研究で実証した台湾島内のネットワークの実態解明だけでは、まだ不十分である。「対岸」の帝国領事館との関わりなどを踏まえ、台湾島内の論理をより鮮明に描き出す必要があるだろう。また、台湾総督官房調査課の調査報告書や台湾銀行調査課の報告書の内容分析や頒布ルートから、「南支南洋」各地に対する地域認識の解明、情報共有化の意義などにも言及しなければならない」。
本書で扱われた諸機関・団体の調査結果の一部を知っている研究者は少なくないだろうが、その背景を充分に理解している者はいなかっただろう。本書によって、より広い視野の下で、調査結果を使うことができるようになった意義はきわめて大きい。その全体像を概観するためにも、「表一覧」が「目次」の後に欲しかった。
ところで、現在の「人材育成」はどうだろうか。日本、中国、韓国の学生がそれぞれの言語で、ともに学ぶような場があればどうだろうか。たとえば、日本人なら1年目は日本で日本語で、2年目は中国で中国語か韓国で韓国語で、3年目は韓国で韓国語か中国で中国語で学ぶことができるような高校や大学があれば、面白い人材が育つのではないだろうか。英語で社会科学を学ぶより、人文学に秀でた人材が育つとように思う。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『すれ違う歴史認識-戦争で歪められた歴史を糺す試み』人文書院、2022年1月20日、412頁、5800円+税、ISBN978-4-409-51091-9
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~ )全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。
コメント