落合直之『フィリピン・ミンダナオ平和と開発-信頼がつなぐ和平の道程』佐伯印刷、2019年9月30日、206頁、1500円+税、ISBN978-4-910089-01-0
本書の概要は、裏表紙につぎのようにまとめられている。「東南アジアに残る数少ない紛争地、フィリピン・ミンダナオ。反政府武装組織と政府との闘争は、50年近く続いた。もはや解決不能とみられたが、2018年7月に「バンサモロ基本法」が成立し、ようやく平和の道筋が確かなものになってきた。ミンダナオ和平の功労者として国際的評価を得ているのが、日本政府とJICAである。和平合意もなく、治安が不安定な現場への長期職員派遣は、JICAの長い平和構築支援の歴史の中でも類を見ない。生命のリスクすらともなう状況下、日本政府/JICAはどのように和平プロセスに貢献したのか。その一部始終を知る著者が、“地べた派”の矜持を胸に回顧する」。
本書の目的は、「プロローグ」でつぎのように語られている。「本書ではミンダナオの平和と開発のために、日本政府とJICAが1996年から2019年にかけて開発援助の現場で奮闘した軌跡を、地べた派の視点から書いて行こうと思う」。
本書は、はしがき、プロローグ、全4章、4つのコラム、エピローグ、あとがきと謝辞、などからなる。プロローグの後に「年表」があり便利である。第1章「ミンダナオ島とスールー諸島」では、「ミンダナオにイスラム教が伝来して今に至るフィリピンの歴史の中で、バンサモロの人々が武力闘争をどのように繰り広げてきたかを述べる」。第2章「和平合意に向かって」では「日本政府とJICAによるミンダナオ和平を目指した「ミンダナオ支援パッケージ」と「日本-バンサモロ復興と開発イニシアティブ(J-BIRD)」を」、第3章「和平移行期支援」では「「バンサモロ包括的能力向上プロジェクト(CCDP)」を中心として、開発協力の現場のリアリティを様々なプロジェクトで活躍する関係者の姿を通じて描き出す」。第4章「開発が果たすミンダナオ和平プロセスでの役割」では、「日本政府とJICAによる開発協力がミンダナオの紛争の解決に向けて、どのような意義と特徴があるのかを考察する」。
そして、「あとがきと謝辞」で、「本書はミンダナオ紛争の歴史と和平プロセスの経緯を縦糸に、日本とJICAの和平プロセス支援を横糸に、その交差する点で活躍した多くの人々と取り巻く風景を、地べた派落合が立体的に描写したものである」と総括している。
本書を読み終えての素朴な疑問は、これだけ多くの人びとが危険をも顧みず、献身的に「平和構築」に貢献しているにもかかわらず、「ミンダナオ紛争は一進一退と回り道をたどりながらも、確実の歩を進めてきた」いっぽうで、なかなか本格的な解決に至らないのかである。本書の出版をもって、「平和の道筋が確かなものとなってきた」と判断しているようだが、まだまだ予断を許せないだろう。長年、ミンダナオ紛争をみてきた者からすれば、答えは簡単である。解決できないのは、百「家」争鳴でカリスマ的リーダーが出現しないからであり、それにフィリピン社会の根源的問題である麻薬が絡んでいるからである。前者は、本書でも語られているが、東南アジア海域社会は「村落国家」といわれるように、村落あるいはファミリーの独自性、自治制がひじょうに強い。その村落やファミリーを統率するカリスマ的リーダーが出現しないと、対話・交渉の窓口が多すぎてまとまった話しあいができない。そして、後者は、本書でまったく触れられていないが、フィリピン社会の根底にある麻薬シンジケートがこの紛争にも複雑に絡みあっていることである。つまり、この基本的な2つはイスラームの問題ではない、ということをまず理解しなければならないだろう。
原因はわかっていても解決策が見つからないのが、ミンダナオ紛争が多くの人びとの努力にもかかわらず、「一進一退」を半世紀以上もつづけている基本である。だから、その根本的社会を理解するために、基礎研究に従事してきた者たちがいる。だが、本書巻末の「参考文献・資料」を見る限り、その基礎研究、とくに人文学の成果は充分に取り入れられていないようだ。本書を読むと、そんな悠長なことを言っている余裕はないことが伝わってくる。働き改革が実現できない職場環境なら、大学の研究者が数年に半年あるいは1年間サバティカルをとるように、JICAの職員も充電期間が必要だ。ミンダナオ紛争のように理屈ではなく、現場が重視され、著者のような「地べた派」を必要とするところでは、人文学を基本とした地域研究が参考になるだろう。社会科学を英語で学ぶ修士課程だけでは充分でないだろう。
また、本書のような国の政策にかかわるようなものは、いくら著者が「本書の記述に誤りがあれば、それは全て筆者の責任である」といっても、筆者すべてに責任を負わせるわけにはいかないだろう。すくなくとも学術書を扱い慣れている出版社の編集者に、原稿をチェックしてもらうことは必要だろう。本「プロジェクト・ヒストリー」シリーズの目的が、「JICAが協力したプロジェクトの歴史を、個別具体的な事実を丁寧に追いながら、大局的な観点も失わないように再構築することを狙い」とするなら、質の高いものであってほしい。
本プロジェクトが、なにより貧困から脱出する経済開発を進めることに重きを置いていることは正しい理解だろう。フィリピン全体の貧困率が20%程度であるのにたいして、ミンダナオは50%にものぼっている。豊かになることで、守るべき財産ができ、平和へ向かおうとする意欲が高まることは確かである。近年フィリピンは年6%の経済成長をつづけており、強引さが批判されるがドゥテルテ大統領による麻薬撲滅作戦が功を奏すれば、フィリピン国内での自治を目指す「バンサモロ」も直接恩恵を受けることになる。フィリピンの政治的安定、経済的発展も、ミンダナオ和平にとって大きな要素である。
本書の目的は、「プロローグ」でつぎのように語られている。「本書ではミンダナオの平和と開発のために、日本政府とJICAが1996年から2019年にかけて開発援助の現場で奮闘した軌跡を、地べた派の視点から書いて行こうと思う」。
本書は、はしがき、プロローグ、全4章、4つのコラム、エピローグ、あとがきと謝辞、などからなる。プロローグの後に「年表」があり便利である。第1章「ミンダナオ島とスールー諸島」では、「ミンダナオにイスラム教が伝来して今に至るフィリピンの歴史の中で、バンサモロの人々が武力闘争をどのように繰り広げてきたかを述べる」。第2章「和平合意に向かって」では「日本政府とJICAによるミンダナオ和平を目指した「ミンダナオ支援パッケージ」と「日本-バンサモロ復興と開発イニシアティブ(J-BIRD)」を」、第3章「和平移行期支援」では「「バンサモロ包括的能力向上プロジェクト(CCDP)」を中心として、開発協力の現場のリアリティを様々なプロジェクトで活躍する関係者の姿を通じて描き出す」。第4章「開発が果たすミンダナオ和平プロセスでの役割」では、「日本政府とJICAによる開発協力がミンダナオの紛争の解決に向けて、どのような意義と特徴があるのかを考察する」。
そして、「あとがきと謝辞」で、「本書はミンダナオ紛争の歴史と和平プロセスの経緯を縦糸に、日本とJICAの和平プロセス支援を横糸に、その交差する点で活躍した多くの人々と取り巻く風景を、地べた派落合が立体的に描写したものである」と総括している。
本書を読み終えての素朴な疑問は、これだけ多くの人びとが危険をも顧みず、献身的に「平和構築」に貢献しているにもかかわらず、「ミンダナオ紛争は一進一退と回り道をたどりながらも、確実の歩を進めてきた」いっぽうで、なかなか本格的な解決に至らないのかである。本書の出版をもって、「平和の道筋が確かなものとなってきた」と判断しているようだが、まだまだ予断を許せないだろう。長年、ミンダナオ紛争をみてきた者からすれば、答えは簡単である。解決できないのは、百「家」争鳴でカリスマ的リーダーが出現しないからであり、それにフィリピン社会の根源的問題である麻薬が絡んでいるからである。前者は、本書でも語られているが、東南アジア海域社会は「村落国家」といわれるように、村落あるいはファミリーの独自性、自治制がひじょうに強い。その村落やファミリーを統率するカリスマ的リーダーが出現しないと、対話・交渉の窓口が多すぎてまとまった話しあいができない。そして、後者は、本書でまったく触れられていないが、フィリピン社会の根底にある麻薬シンジケートがこの紛争にも複雑に絡みあっていることである。つまり、この基本的な2つはイスラームの問題ではない、ということをまず理解しなければならないだろう。
原因はわかっていても解決策が見つからないのが、ミンダナオ紛争が多くの人びとの努力にもかかわらず、「一進一退」を半世紀以上もつづけている基本である。だから、その根本的社会を理解するために、基礎研究に従事してきた者たちがいる。だが、本書巻末の「参考文献・資料」を見る限り、その基礎研究、とくに人文学の成果は充分に取り入れられていないようだ。本書を読むと、そんな悠長なことを言っている余裕はないことが伝わってくる。働き改革が実現できない職場環境なら、大学の研究者が数年に半年あるいは1年間サバティカルをとるように、JICAの職員も充電期間が必要だ。ミンダナオ紛争のように理屈ではなく、現場が重視され、著者のような「地べた派」を必要とするところでは、人文学を基本とした地域研究が参考になるだろう。社会科学を英語で学ぶ修士課程だけでは充分でないだろう。
また、本書のような国の政策にかかわるようなものは、いくら著者が「本書の記述に誤りがあれば、それは全て筆者の責任である」といっても、筆者すべてに責任を負わせるわけにはいかないだろう。すくなくとも学術書を扱い慣れている出版社の編集者に、原稿をチェックしてもらうことは必要だろう。本「プロジェクト・ヒストリー」シリーズの目的が、「JICAが協力したプロジェクトの歴史を、個別具体的な事実を丁寧に追いながら、大局的な観点も失わないように再構築することを狙い」とするなら、質の高いものであってほしい。
本プロジェクトが、なにより貧困から脱出する経済開発を進めることに重きを置いていることは正しい理解だろう。フィリピン全体の貧困率が20%程度であるのにたいして、ミンダナオは50%にものぼっている。豊かになることで、守るべき財産ができ、平和へ向かおうとする意欲が高まることは確かである。近年フィリピンは年6%の経済成長をつづけており、強引さが批判されるがドゥテルテ大統領による麻薬撲滅作戦が功を奏すれば、フィリピン国内での自治を目指す「バンサモロ」も直接恩恵を受けることになる。フィリピンの政治的安定、経済的発展も、ミンダナオ和平にとって大きな要素である。