蘭信三・川喜田敦子・松浦雄介編『引揚・追放・残留-戦後国際民族移動の比較研究』名古屋大学出版会、2019年12月10日、341頁、5400円+税、ISBN978-4-8158-0970-6
2000年にはじまる20年におよぶ共同研究は、ついに「ヨーロッパと東アジアにおける引揚・追放・残留の比較研究の新展開をもたらした」。「東アジアにおける人の移動に関する共同研究」に、「ドイツの戦後の被追放者の社会統合政策」を研究する川喜田敦子、「フランスにおけるピエ・ノワールやアルキの研究を掘り下げてきた松浦雄介」を加え、「東西の事例を冷戦やソ連の民族政策もふまえて世界史上に位置づけ、地域や帝国の枠組みをこえた引揚・追放・残留の知られざる関係性」が浮かびあがった。折しもヨーロッパは、第一次世界大戦100周年を迎え企画目白押しで、つぎつぎに優れた研究書が出版され、国際会議で議論が闘わされた。その成果が、本書にもおおいに貢献したことだろう。
「本プロジェクトは、ヨーロッパにおける追放/引揚研究との比較から、東アジアにおける引揚研究の視野の狭さを打破するために始めたもので、当初はドイツの追放やフランスの引揚と東アジアの引揚との国際比較を企図するにとどまる、どちらかといえば単純な比較研究であった。しかし、川喜田さんが、ドイツ人の追放政策と日本人の引揚政策が政策としての連関をもつことをローリー・ワット氏の2017年に刊行された論考(略)から明らかにしたことで、各事例の比較研究のみならず、それぞれの連関を意識した共同研究へと展開していった。しかも、吉川[元]さんの長年の研究蓄積によって、引揚や追放が、近代ヨーロッパで繰り返されてきた戦争のなかで蓄積されてきた民族問題の長大な系譜に連なるものであることが明らかになり、それは本書の分析枠組みの要となった」。
本書の執筆陣については、つぎのように「あとがき」で紹介されている。「韓国の引揚研究の牽引者である李淵植」、「沖縄における台湾引揚研究を切り開いてきた野入直美」、「樺太からの引揚研究を推し進める新進気鋭の中山大将」、「ヨーロッパにおける引揚研究を担いうる西脇靖洋」、「ヴェトナム難民研究に新生面を開いてきた佐原彩子」、「東アジアの引揚研究に新展開をもたらしつつあった、引揚時の性暴力研究にジェンダーの視点から挑んでいる山本めゆ」、「炭鉱における引揚者と在日朝鮮人の交錯という古いテーマに新たな視点から切り込む坂田勝彦」、「東アジアの引揚研究を世界的な視点でとらえなおしつつあった崔徳孝」、「日本における「戦争と民族問題研究」の大御所である広島平和研究所所長の吉川元」。
これらのメンバーを得て、目指したのは、「日本を中心に日本人の移動を考えるという引揚に対するイメージを、研究の最先端からどう変えていくかということだった。そのために本書がとったのは、国際比較という方法である。その際、比較の対象をどう選ぶかという点からは、二つの観点が考えられた」。「ひとつは、引揚が第二次世界大戦終結直後の現象であったという時代的コンテクストを重視して比較対象を定めるという観点である」。「二つ目の観点としては、植民地支配の終焉と脱植民地化という文脈に注目するというものがある」。
本書は、序章、4部全12章、終章からなる。各部はそれぞれ3章からなる。第Ⅰ部「引揚・追放・残留の国際的起源」は、「本書の原論であり、第1章は、民族マイノリティ問題の系譜が東アジアにどのように継承されたかを手がかりに、戦後の強制的な民族移動の国際比較に関連する課題を論じる。ついで第2章では、20世紀において、東中欧での国際平和と民族マイノリティ問題の処方として、住民交換などの民族移動が行われてきたことを政治学の視点で解き明かす。第3章では、ヨーロッパとアジアで展開された民族の強制移動が連合国側の思惑に基づくものであったことを実証的に明らかにする。以上をもって本書の導入とする」。
「第Ⅱ部 欧米」以降では、「第Ⅰ部での原論をふまえて、欧米、日本、日本帝国での興味深い事例についての研究を新たな視点で展開する。まず第Ⅱ部では、第4章でヨーロッパにおける引揚の代表であるフランス人のアルジェリアからの引揚を、第5章ではポルトガル人のアンゴラ等南部アフリカからの引揚を、そして第6章ではアメリカのインドシナ介入で生じたインドシナ難民への支援政策を明らかにする」。
「第Ⅲ部 日本」では、「日本人の引揚の諸相として、第7章で引揚時の性暴力被害者とその検疫体制のジェンダー化を、また第8章で炭鉱という場における帰還する朝鮮人と引揚者の交錯を、そして第9章では沖縄における戦後復興のアクターとしての台湾引揚者を「引揚エリート」というキーワードからクローズアップする」。
「第Ⅳ部 日本帝国圏」では、「朝鮮や樺太といった旧日本帝国圏での引揚・残留を扱う。第10章では帝国崩壊後の人の移動が旧宗主国と植民地における引揚・送還政策を規定したことを国際比較から明らかにする。第11章では韓国における引揚者の定着につき日本との比較から解明し、第12章ではソ連軍が「解放」したサハリンと満洲における残留のあり方についての比較から、戦後の国民国家のありようと民族マイノリティの関連を解き明かす。最後に、終章では、引揚・追放・残留の国際比較の残された課題について論じる」。
3人の編者のひとり、蘭信三は、「序章 引揚・追放・残留の国際比較・関係史に向けて」を、つぎのようなパラグラフで終えている。「このように、本書は戦後東アジアで生じた日本人や朝鮮人等の引揚と残留(定住)を問題の出発点としつつ、第二次世界大戦後の東アジアで生じた諸事例とヨーロッパで生じたドイツ人の追放、フランス人やポルトガル人の引揚等の事例の連関を明確に意識しつつ比較する。このことによって、戦争と民族マイノリティの強制移動および残留(定住)の関わりについて時代と地域をこえて全体像を描き出すことを目指すものである」。
また、もうひとりの編者、川喜田敦子は、「終章 国際人口移動の新たな理解のために」をつぎのパラグラフで閉じている。「日本の事例を国際比較のなかに位置づけて理解することは、日本の引揚に関する理解を深めるだけでなく、その他の各地の事例の理解をも深めることにつながるだろう。それは最終的には、戦後人口移動のとらえ方の全体におのずと本質的な変更を促すことにもなるはずである。引揚の国際比較は最初の一歩を踏み出したにすぎない。本書を通じて見えてきた、これから取り組むべき多くの課題、研究のさらなる発展への期待と展望とともに本書の記述を閉じることにしたい」。
「新展開」をもたらした本プロジェクトは、多くの課題を残すことになった。「東アジアにおける引揚研究の視野の狭さを打破するため」には、地理的にはヨーロッパとの比較だけでなく、当時南方と呼ばれた東南アジアや南洋群島からの引揚研究をも視野に入れる必要がある。欧米の植民地であった東南アジアはその宗主国によっても政策が違っていた。また、独立を目指す民族運動が進展していた東南アジアと日本人入植者が人口でもマジョリティになり島民が主体性を失っていた南洋群島とではずいぶん違う現地の状況があった。後者では、本書でサハリンが加わったことで、ずいぶん広がりのある議論になった。この「新展開」が、今後の共同研究や個々の研究にどう反映していくのか楽しみだ。
「本プロジェクトは、ヨーロッパにおける追放/引揚研究との比較から、東アジアにおける引揚研究の視野の狭さを打破するために始めたもので、当初はドイツの追放やフランスの引揚と東アジアの引揚との国際比較を企図するにとどまる、どちらかといえば単純な比較研究であった。しかし、川喜田さんが、ドイツ人の追放政策と日本人の引揚政策が政策としての連関をもつことをローリー・ワット氏の2017年に刊行された論考(略)から明らかにしたことで、各事例の比較研究のみならず、それぞれの連関を意識した共同研究へと展開していった。しかも、吉川[元]さんの長年の研究蓄積によって、引揚や追放が、近代ヨーロッパで繰り返されてきた戦争のなかで蓄積されてきた民族問題の長大な系譜に連なるものであることが明らかになり、それは本書の分析枠組みの要となった」。
本書の執筆陣については、つぎのように「あとがき」で紹介されている。「韓国の引揚研究の牽引者である李淵植」、「沖縄における台湾引揚研究を切り開いてきた野入直美」、「樺太からの引揚研究を推し進める新進気鋭の中山大将」、「ヨーロッパにおける引揚研究を担いうる西脇靖洋」、「ヴェトナム難民研究に新生面を開いてきた佐原彩子」、「東アジアの引揚研究に新展開をもたらしつつあった、引揚時の性暴力研究にジェンダーの視点から挑んでいる山本めゆ」、「炭鉱における引揚者と在日朝鮮人の交錯という古いテーマに新たな視点から切り込む坂田勝彦」、「東アジアの引揚研究を世界的な視点でとらえなおしつつあった崔徳孝」、「日本における「戦争と民族問題研究」の大御所である広島平和研究所所長の吉川元」。
これらのメンバーを得て、目指したのは、「日本を中心に日本人の移動を考えるという引揚に対するイメージを、研究の最先端からどう変えていくかということだった。そのために本書がとったのは、国際比較という方法である。その際、比較の対象をどう選ぶかという点からは、二つの観点が考えられた」。「ひとつは、引揚が第二次世界大戦終結直後の現象であったという時代的コンテクストを重視して比較対象を定めるという観点である」。「二つ目の観点としては、植民地支配の終焉と脱植民地化という文脈に注目するというものがある」。
本書は、序章、4部全12章、終章からなる。各部はそれぞれ3章からなる。第Ⅰ部「引揚・追放・残留の国際的起源」は、「本書の原論であり、第1章は、民族マイノリティ問題の系譜が東アジアにどのように継承されたかを手がかりに、戦後の強制的な民族移動の国際比較に関連する課題を論じる。ついで第2章では、20世紀において、東中欧での国際平和と民族マイノリティ問題の処方として、住民交換などの民族移動が行われてきたことを政治学の視点で解き明かす。第3章では、ヨーロッパとアジアで展開された民族の強制移動が連合国側の思惑に基づくものであったことを実証的に明らかにする。以上をもって本書の導入とする」。
「第Ⅱ部 欧米」以降では、「第Ⅰ部での原論をふまえて、欧米、日本、日本帝国での興味深い事例についての研究を新たな視点で展開する。まず第Ⅱ部では、第4章でヨーロッパにおける引揚の代表であるフランス人のアルジェリアからの引揚を、第5章ではポルトガル人のアンゴラ等南部アフリカからの引揚を、そして第6章ではアメリカのインドシナ介入で生じたインドシナ難民への支援政策を明らかにする」。
「第Ⅲ部 日本」では、「日本人の引揚の諸相として、第7章で引揚時の性暴力被害者とその検疫体制のジェンダー化を、また第8章で炭鉱という場における帰還する朝鮮人と引揚者の交錯を、そして第9章では沖縄における戦後復興のアクターとしての台湾引揚者を「引揚エリート」というキーワードからクローズアップする」。
「第Ⅳ部 日本帝国圏」では、「朝鮮や樺太といった旧日本帝国圏での引揚・残留を扱う。第10章では帝国崩壊後の人の移動が旧宗主国と植民地における引揚・送還政策を規定したことを国際比較から明らかにする。第11章では韓国における引揚者の定着につき日本との比較から解明し、第12章ではソ連軍が「解放」したサハリンと満洲における残留のあり方についての比較から、戦後の国民国家のありようと民族マイノリティの関連を解き明かす。最後に、終章では、引揚・追放・残留の国際比較の残された課題について論じる」。
3人の編者のひとり、蘭信三は、「序章 引揚・追放・残留の国際比較・関係史に向けて」を、つぎのようなパラグラフで終えている。「このように、本書は戦後東アジアで生じた日本人や朝鮮人等の引揚と残留(定住)を問題の出発点としつつ、第二次世界大戦後の東アジアで生じた諸事例とヨーロッパで生じたドイツ人の追放、フランス人やポルトガル人の引揚等の事例の連関を明確に意識しつつ比較する。このことによって、戦争と民族マイノリティの強制移動および残留(定住)の関わりについて時代と地域をこえて全体像を描き出すことを目指すものである」。
また、もうひとりの編者、川喜田敦子は、「終章 国際人口移動の新たな理解のために」をつぎのパラグラフで閉じている。「日本の事例を国際比較のなかに位置づけて理解することは、日本の引揚に関する理解を深めるだけでなく、その他の各地の事例の理解をも深めることにつながるだろう。それは最終的には、戦後人口移動のとらえ方の全体におのずと本質的な変更を促すことにもなるはずである。引揚の国際比較は最初の一歩を踏み出したにすぎない。本書を通じて見えてきた、これから取り組むべき多くの課題、研究のさらなる発展への期待と展望とともに本書の記述を閉じることにしたい」。
「新展開」をもたらした本プロジェクトは、多くの課題を残すことになった。「東アジアにおける引揚研究の視野の狭さを打破するため」には、地理的にはヨーロッパとの比較だけでなく、当時南方と呼ばれた東南アジアや南洋群島からの引揚研究をも視野に入れる必要がある。欧米の植民地であった東南アジアはその宗主国によっても政策が違っていた。また、独立を目指す民族運動が進展していた東南アジアと日本人入植者が人口でもマジョリティになり島民が主体性を失っていた南洋群島とではずいぶん違う現地の状況があった。後者では、本書でサハリンが加わったことで、ずいぶん広がりのある議論になった。この「新展開」が、今後の共同研究や個々の研究にどう反映していくのか楽しみだ。