中西嘉宏『ロヒンギャ危機-「民族浄化」の真相』中公新書、2021年1月25日、252頁、880円+税、ISBN978-4-12-102629-3
2021年2月1日、ミャンマー国軍によるクーデタが起こった。本書が出版された翌週であった。本書の評価は、事態が急変してますます高まった。
本書では、2017年に発生した大量のロヒンギャ難民にたいする解決策を模索している。それにたいして、ある外国人の安全保障コンサルトは、著者、中西嘉宏につぎのように告げた。「欧米では、ロヒンギャに対するジェノサイドが起きたという評価が定着している。政府関係者も含めて多くの人々は、責任が徹底的に追求され、加害者が罰せられることを願っている。ただし皆、虐殺のような悲劇に関心はあっても、事件の歴史的背景だとか、ミャンマー政治の複雑さだとかいった細かい話には関心を持たない。その上、人権派やムスリム団体の国内政治における影響力は強く、しかも、彼らは概して妥協を嫌う。だから、あなたたち学者がどれだけ客観的な分析に努めても、また、日本が現実的な解決策を唱えても、一度定着してしまった評価が変わることはないだろう。そこはもう決着がついてしまっているんだ」。
こういう「身もふたもない見方」をする人は、クーデタ後の激変で本書を評価しないかもしれない。だが、ロヒンギャ問題もクーデタも、解決策を模索するための基本的なものが本書にはある。
本書の概要は、つぎのように表紙見返しにある。「ロヒンギャは、ミャンマー西部に住むイスラーム系民族のひとつだ。軍事政権下、国籍が与えられないなど長く差別されてきた。2017年の国軍による掃討作戦以降、大量の難民が発生し、現在100万人が隣国のキャンプで暮らす。民主化運動の指導者アウンサンスーチーはなぜ「虐殺」を否定するのか。本書は、複雑な歴史的背景やミャンマーをめぐる国内・国際政治を通し、アジア最大の人道・人権問題の全貌を示す」。
本書は、序章、全5章、終章などから成る。序章「難民危機の発生」の最後に「本書の視角と構成」がある。本書で著者が考えたいことは、つぎのような問いである。「いったいどうしてロヒンギャは無国籍になったのか。彼らを軍事政権はどのように弾圧してきたのか。ラカイン州北部で過去最大規模の紛争と難民危機が、このタイミングで生じたのはなぜか。それはどういった紛争だったのか。なぜアウンサンスーチーは国軍によるジェノサイドを認めないのか。正義を実現しようとする国際的な取り組みが、どのようにミャンマー国内で反発を生み、問題の解決を難しくしているのか」。著者は、つぎのように各章で考えたいという。
第1章「国民の他者-ラカインのムスリムはなぜ無国籍になったのか」では、「歴史的な文脈をたどる。王朝時代から、一九四八年に独立するまでのミャンマーとラカインの歴史をみながら、いかにして植民地期に流入したインドやベンガルからの移民たちが、ミャンマー人という集団意識の外、すなわち「国民の他者」に位置づけられていったのかみていきたい」。
第2章「国家による排除-軍事政権下の弾圧と難民流出」では、「五〇年近く続いた軍事政権下で、ロヒンギャがどのように弾圧を受けてきたのかをみる。軍事政権の性格と、軍事政権がどのようにロヒンギャを安全保障上の脅威と位置づけていったのかを考察したい。危機を生み出した根本的な原因を検討するには、ミャンマーの特殊な軍事政権と、その安全保障観についての理解が不可欠である」。
第3章「民主化の罠-自由がもたらした宗教対立」で著者が考えたいのは、「どうしてこのタイミングで危機が起きたのか、その理由である。これにはミャンマーで二〇一〇年代に進んだ民主化の進展が関係している。民主化の進展は、一方で人々に自由を与えたが、他方で紛争の原因となる宗教対立をも生み出した。反イスラーム的な言説や運動の拡大、少数民族地域での民衆ナショナリズムの高揚、民主的政権と国軍との対立などである。民主化は紛争の導火線に火をつけたといえる」。
第4章「襲撃と掃討作戦-いったい何が起きたのか」では、「二〇一七年八月二五日に勃発した国軍とARSA[アラカン・ロヒンギャ救世軍]の武力衝突、その後の国軍による掃討作戦で実際に何が起きたのかを検討する。前述の通り、真実は今も謎に包まれている。そこで、現在わかっていること、わかっていないこと、関係者で食い違う事実認識を丁寧にみていきたい。本書は真実を解明するものではないが、少なくともその争点は明らかにしていきたい」。
第5章「ジェノサイド疑惑の国際政治-ミャンマー包囲網の形成とその限界」では、「国際政治に目を転じる。危機の発生直後からジェノサイド疑惑が浮上し、国連、とりわけ国連人権委員会と、国際司法機関で、ミャンマー政府と国軍を国際法上の罪に問う動きが活発化した。対して、アウンサンスーチーはジェノサイドを否定している。なぜなのか。国際政治におけるロヒンギャ危機発生後の争い、そしてその国内社会への影響をみる」。
終章「危機の行方、日本の役割」では、「難民帰還の行方を見据え、ラカイン州での平和構築のあり方、さらに、日本が果たすべき役割を検討しよう。ロヒンギャ危機のひとつの特徴は、国連や国際司法、欧米の圧力が十分に機能していない点にある。こうした状況下で、日本が国連に歩調を合わせれば、ミャンマー政府との関係悪化を覚悟しなければならない。関係悪化にくわえて、難民帰還も責任追及の進まない可能性がある。そうしたリスクをとるべきなのか。国際介入をめぐる理想主義と現実主義という古くて新しい問題を考える」。
だが、著者が終章で問いかけた「危機の行方」も「日本の役割」も、明確に示されているわけではない。その理由を、著者は「あとがき」でつぎのように述べている。「実際に書いていくと、これまでわかっている事実がまばらで、しかも、いくつもの偏った解釈が定着していることにあらためて気がついた。断片的な情報をつなぎ合わせ、偏った見方を可能な限り取り除く作業の連続だった。なんとか書き終えてみて、ロヒンギャ問題の過去と現在を知るための第一歩となる読み物にはなったかなと思う。内容に納得できた読者も、納得できなかった読者も、他の関連情報にあたってもらえれば、問題の根深さや複雑さをもっと理解できるだろう。本書に書き切れなかったことがまだまだある」。
では、日本人研究者としてなにができるか。解決のための「日本の役割」を示せばよいのか。本書を読めば、問題が根深く複雑で、時間的にも空間的にも広く検証しなければならないことがわかる。考察を深め、解決策を提言すればよいのか。そうではないだろう。外国人研究者として考えなければならないことは、当事者であるミャンマーの人びとが解決に向かうために議論をする環境を整えることだろう。部外者が直接解決策を示し、行動しても、複雑多岐にわたる当事者のすべてが納得できるわけがない。当事者が納得するまで対話に対話を重ねていくしかない。そのために研究者ができることは「断片的な情報をつなぎ合わせ、偏った見方を可能な限り取り除く作業」をすることだ。つまり、著者の方向性は間違っていない。
評者、早瀬晋三の最近の編著書
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早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
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