早瀬晋三書評ブログ2018年から

紀伊國屋書店「書評空間」https://booklog.kinokuniya.co.jp/archive/category/早瀬晋三に2005~15年に掲載された続きです。2015~18年に掲載されたものはseesaaブログshohyobloghayase.seesaa.net/ で閲覧できます。

2021年05月

金澤周作『チャリティの帝国-もうひとつのイギリス近現代史』岩波新書、2021年5月20日、231+26頁、860円+税、ISBN978-4-00-431880-4

 1980年代前半に、はじめてアメリカに行って、大統領夫人が何度もテレビでアフリカの子どもたちへの募金を呼びかけているのを観た。アフリカの貧困の一因はアメリカが主導する「国際秩序」の結果で、そのアメリカの大統領夫人が、その「失敗」を覆い隠すように募金を呼びかけていることに、なんともいえない違和感を感じた。当時は、本書にも登場するエチオピア飢饉(1983-85年)の最中であっても、ここまで子どもたちの危機的状況を招いた責任は、アメリカにもあるのではないかと思っていた。このなんともいえない違和感の一端が、本書を読んですこしわかったような気がした。

 本書の概要は、表紙見返しに、つぎのようにまとめられている。「弱者への共感と同情が生んだ無数のチャリティと、それらを組み込む重層的なセーフティネット。本書はイギリスをその「善意」から読み解き、独特の個性に迫る。産業革命、帝国の時代、二度の大戦、そして現代へ。海を越え、世界を巻き込む激動の中で、長い歴史に立脚し、社会の錨として働き続けるチャリティの光と影を描く」。

 著者、金澤周作は、各章末の「小括」など節目に、つぎの3つの気持ちを軸にしてイギリス近現代史を描いている:「困っている人に対して何かをしたい。困っている時に何かをしてもらえたら嬉しい。自分の事ではなくとも困っている人が助けられている光景には心が和む」。著者のねらいは、「チャリティという現象を軸にイギリス近現代史を描いてみることによって、新しいイギリス像を提供するとともに、日本に生きる私たちがチャリティ的なるものとの向き合い方を考え直すきっかけともしたい」ということである。

 本書は、はじめに、全5章、おわりに、あとがき、などからなる。時系列的に、前近代から現代まで、ブリテン島本土を中心に「帝国」的視点を加えて、論述している。

 はじめに「日本から見たイギリスのチャリティ」は、「チャリティの帝国を描く」の見出しの下、つぎの文章で結んで、読者を本書へと誘っている。「どうやら、イギリスは思っていた世界とずいぶん異なる様相を呈しているらしいことが見えてきた。ではなぜ、イギリスの人々は国内のみならず世界中の諸問題に対して自発的に取り組み、莫大な金と多くの労力と時間を捧げてきたのか。なぜイギリスはチャリティが当たり前の社会であるのか、そして、イギリスの近現代史にとってチャリティが当たり前であることにはどういう意味があったのか。本書では近現代イギリスを「チャリティの帝国」として描く。世界ににらみをきかせ、政治的、経済的、軍事的、文化的に圧倒的な影響を及ぼした「大」英帝国史には出てこない、もうひとつの帝国の歴史を振り返りながら考えてゆこう」。

 そして、おわりに「グローバル化のなかのチャリティ」は、つぎの文章で結んでいる。「かつてウィンストン・チャーチルは、「民主政は最低の統治形態である。ただし、これまでに試された他のすべての統治形態を除いて」と述べたが、チャリティ的なるものにも同様の指摘をすることができる。世界にさまざまな社会問題を解決・緩和する手段として、どうしても自己本位で恩着せがましくなってしまうチャリティは、「最低の救済形態」かもしれない。しかし、福祉国家も社会主義国家も国家主導の国際援助も理想的な形では機能し得ないのであれば、そして、自活か破滅かを引き受ける孤立した個人も、境遇を同じくして水平的な紐帯で団結する集団も、どちらも持続不可能なら、ほどほどに個人主義的で集団主義的な人間にとって、チャリティほど歴史に鍛えられた、チャリティよりましな柔軟で現実的な仕組みを、まだ私たちは知らない」。

 チャリティを軸にしたイギリス史は、近代史を専門とする著者が、時間的に「前近代からの脈略や、現代への展開」へと広げ、空間的に「広大な「帝国」や「世界」でのあらわれを、一つの図柄に落とし込」んだだけではない困難をともなった。チャリティは、当然のことながら与え手と受け手の両方がいて成り立つ。ところが、史料は与え手に圧倒的に偏っている。「与え手側が代弁したり再構成した括弧付きの経験の記録であり、往々にしてそこには与え手の持つ偏見が色濃く反映している。受け手の主体性がかいまみえる無心の手紙も、与え手の設定したルールに制約されているという意味で、そこから受け手のリアルな経験あるいは本音を引き出すことは容易ではない。歴代の与え手たちも、受け手の経験や思いについては(はなから考えないか)想像するしかなかったのである。ただ、この想像力こそが、他者に対する「共感」や「同情」の条件なのではないかとも思う」。

 著者は、「チャリティ」と「チャリティ的なるもの」を使いわけている。それはただたんに「やや間口を広げるため」だけではないように思える。著者は、「特別に説明の必要な人文社会科学の概念や理論をできるだけ用いないようにした」という。それは、人文社会科学だけでは語れないものが「チャリティ」にはあり、それを「チャリティ的なるもの」であらわそうしたのではないだろうか。それだけ、奥深いなにかを感じているからだろう。


評者、早瀬晋三の最近の編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

秋田茂・細川道久『駒形丸事件-インド太平洋世界とイギリス帝国』ちくま新書、2021年1月10日、270頁、860円+税、ISBN978-4-480-07359-4

 「駒形丸事件」と聞いてわかる人は、まずいないだろう。本書は、その知られざる事件を素材とした「グローバルヒストリー研究の手法を駆使した「つながる歴史」」をめざした野心作である。なぜ、知られていないか、なぜ野心作なのか、「はじめに」の最後で、つぎのように説明されている。「従来の研究では、カナダ史、インド史、日本外交史というように、国ごとのバラバラの文脈(一国史)で語られており、相互のつながりや関係は無視されてきたからである。本書は、この事件を紹介するだけでなく、それを素材としてローカルな歴史をリージョナルやグローバルな歴史に接合するとともに、移民史・政治史・経済史などと融合させることで、一九世紀末から第一次世界大戦にかけての時期に関する、アジアからの新しい世界史像を提示する」。

 本書が、共著で、かなり長期間を要したのは、第一次史料を重視する文献史学者にとっては、イギリス、インド、カナダ、日本など、関係各国の文書館、史料館、図書館所蔵の調査が不可欠だったからで、その作業は考えただけでも気の遠くなることだ。

 「駒形丸事件」とは、第一次世界大戦が勃発した「一九一四年、駒形丸に乗ってバンクーバーにやってきたインド人の大半(三七六人のうち、再上陸を認められた二〇人などを除く三五二人)がカナダ政府によって上陸を拒否され」、5月に到着後2ヶ月間接岸を許されなかった事件である。だが、これで終わらなかった。「バンクーバーを後にした駒形丸は、日本とシンガポールを経由した後、九月末にコルカタ(旧カルカッタ)近くに到着したが、約二〇キロ離れたバッジ・バッジに移動させられた。そして、そこで乗客の多数が、現地インド政庁の警察と軍によって逮捕・監禁・殺害された。これは、「コルカタの悲劇(虐殺)」と呼ばれている。バッジ・バッジには、インド独立後の一九五二年に首相ジャワハルラール・ネルーが除幕した追悼記念碑が建てられている」。

 本書は、はじめに、全4章、終章、おわりに、などからなる。「第一章 一九-二〇世紀転換期の世界とイギリス帝国の連鎖」では、「「駒形丸事件」が起こった背景を、モノ(輸出入)とヒトの移動(移民)に関わる経済面と、政治外交・軍事力に関する安全保障面で概観」する。「第二章 インド・中国・日本-駒形丸の登場」では、「インド太平洋地域の南西端の南アフリカから、北東端のカナダ太平洋岸に目を転じる」。「第三章 バンクーバーでの屈辱-駒形丸事件」では、カナダ政府に上陸を拒否された顛末が時系列で述べられている。「第四章 駒形丸事件の波紋」では、「駒形丸の後半の航跡をたどりつつ、それが投じた波紋がインド太平洋世界に広がる様相をみる」。そして、「終章 インド太平洋世界の形成と移民」では、ヒト(移民)の動きを「あらためてその過程を図式的に整理」する。

 そして、「おわりに」で、「駒形丸事件」の記憶のありようが変化したことが、つぎのように述べられている。「事件から七五年の一九八九年、バンクーバーのポータル・パークに小さな銘板が設置された」。「一九九〇年代に入ると、謝罪を求める運動が、シク教徒の組織を中心に進められた。これは、第二次世界大戦期の日本人移民に対する強制移動・収容や中国人移民に対する人頭税をめぐる謝罪・補償(リドレス)運動の影響を受けていた(日本人移民に対しては一九八八年にカナダ政府が謝罪・補償に応じ、中国人移民に対しては、二〇〇六年に謝罪・部分的補償を行なった)」。

 「二〇〇八年五月二三日、ブリティッシュ・コロンビア州議会は、「駒形丸事件」への謝罪決議を採択した」。2012年、「「駒形丸メモリアル」がコール・ハーバーに建立され、百周年にあたる二〇一四年には、記念切手が発行され」、2016年5月18日にトルドー首相が公式に謝罪表明をおこなった。

 「インドでも、ローカルな記憶からナショナルな記憶への変容がみとめられる」。「二〇一四年、インド政府の文化・人的資源省は、シン[事件の中心にいた実業家]の曾孫三人をニューデリーに招き追悼集会を主宰した。同年にはまた、記念コインが二種類発行された」。

 そして、事件をつぎのように総括して、「おわりに」を閉じている。「「駒形丸事件」は、ローカルからナショナルへと記憶のありようが変化すると同時に、多民族・多文化共存をめざすカナダの恥ずべき過去として、あるいは、インドが自由を獲得し、帝国支配から脱却していく過程で起きた重要な事件としてとらえられるようになったのである。今日、世界各地で差別や植民地支配に対して「謝罪」や「和解」を求める動きが活発になっているが、「駒形丸事件」の扱いもこれと軌を一にしている。さまざまな角度から「駒形丸事件」に光を当てる意義とは、「インド太平洋世界」の歴史的動態を浮かび上がらせることにとどまらない。過去に対する反省を促すとともに、現代社会のさまざまな課題に批判的で建設的に、そして真摯に向き合う指針をも示してくれるのである」。「「駒形丸事件」は、カナダやインドの人々だけの記憶にとどめてはならない。それは、ポスト帝国の時代に生きる私たちが受け継ぐべき遺産であり、グローバルな記憶として共有されるべきなのである」。

 カナダだけでなく、アメリカも日本人移民などに謝罪している。オーストラリアはアボリジニーにたいして、過去の過ちを謝罪している。日本は、韓国などの謝罪要求に、なぜこたえられないのか。過去にとらわれるのではなく、未来を見据えたとき、自然と謝罪へと向かうのではないだろうか。


評者、早瀬晋三の最近の編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。

近藤孝弘編『歴史教育の比較史』名古屋大学出版会、2020年12月25日、313+9頁、4500円+税、ISBN978-4-8158-1011-5

 帯に「「歴史認識」を語る前に」と大書されている。たしかに、本格的に「歴史認識」を考察するには、本書で議論されている「歴史教育の歴史」を理解しなければ現状分析することはできない。だが、そんな当たり前のことがこれまで充分されなかったのは、歴史学と教育学の共同研究がおこなわれなかったからで、編者の近藤孝弘は、「あとがき」でつぎのように説明している。

 「少なくとも編者のような教育研究者と歴史家とのあいだには、すでに相当の協力の実績がある。しかし、それらの多くは日本の学校における歴史教育ないしそれが抱える諸課題という現実の対象をめぐってなされてきた。さらにその協力は、どちらの学にとっても学術的というよりも、むしろ実績的な関わりが主であったように思われる。このように狭義の研究と実践とを分けることそのものが研究の蛸壺化状況を表しているとも言えるが、現実にそのようなものとして受け止められてきた面があることは否定できないだろう。その意味で、二つの異なるディシプリンに立ち、さらに異なる諸国を研究のフィールドとする研究者が力をあわせて新たな研究分野の可能性を探索するという本書の試みは、決して充分な成果をもたらしたとは言えないにしても、挑戦的なものであるのは間違いない」。

 編者が、「教育研究者」「歴史家」と述べているように、「教育研究者」は教育現場を重視し、「歴史家」は文献読解重視でそもそも「歴史教育」に関心がなかったことから、両者の対話が生まれず、日本だけでなくほかの国ぐにでも「歴史教育の歴史」はまともな研究対象とならなかった。その意味で、本書は日本だけでなく、世界的にみても、画期的な教育学と歴史学の共同研究であるといえるだろう。

 本書がめざすものは、帯につぎのようにまとめられている。「なぜ歴史をめぐって国どうしが争うのか。世界各地で歴史はどのように教えられてきたのか。歴史家と教育学者の共同作業により、自国史と世界史との関係を軸に、四つの地域の現在にいたる「歴史教育」の歴史を跡づけ、歴史とは何か、教育とは何かを問い直す、未曾有の試み」。

 具体的に、本書では、「世界史教育と自国史教育という表裏一体をなす二つの教育活動に注目し、中国、オスマン帝国/トルコ共和国、ドイツ、アメリカの四ヵ国におけるそれらの発展過程を描き出すことで、歴史を教えるという行為が持つ歴史的な多様性に光を当てるものである」。

 本書は、序章「歴史教育を比較史する」、全5章、終章「歴史教育学の展望」、あとがき、などからなる。4ヶ国のなかでも、中国だけ2章に分けて論じられているのは、「中国がまさに歴史的に、本書の読者の多くが暮らす日本と互いに大きな影響を与えあってきたためである」と説明されている。

 第1章「中国(1)-史学から俯瞰する」は、「梁啓超による「世界で史学が最も発達した国は、中国である」という有名な一節への批判から始まる。彼の企図はともあれ、客観的に見るなら、その史学は決して今日の歴史学と同義ではなかった。この近代以前の史学を中国の思想体系のなかに位置づけ、教育的な発展過程を描き出すのが同章の目的である」。

 第2章「中国(2)-共和国の歴史教育:革命と愛国の行方」は、「西洋と日本の衝撃を受けて始まった国民国家形成を目指す動きのなかで近代的な歴史学の構築に着手されたことから説き起こされ、具体的には清末、中華民国期、中華人民共和国期の三期に分けて、歴史教育が発展していく様子を描く」。

 第3章「オスマン帝国/トルコ共和国-「われわれの世界史」の希求:万国史・イスラム史・トルコ史のはざまで」は、「オスマン帝国からトルコ共和国への展開のなかでの歴史教育の変容に注目する」。

 第4章「ドイツ-果たされない統一」は、「歴史教育における先進国の一つと目されるドイツの制度の現状を、その発展過程から説明するものである。すなわち今日のその特徴は、文化連邦制と分岐型学校体系に基づいて多様な教育課程が存在すること、そして科目として世界史と自国史という区分が存在しないことにある」。

 第5章「アメリカ合衆国-近代から始まった国として」は、「国家の政治的土台となる特定の民族を持たずに共和国として近代に始まった国家であるアメリカに注目し、その歴史教育の展開を、植民地時代から南北戦争まで、南北戦争後から二〇世紀転換期まで、そしてそれ以降の三つの時期に分けて叙述する」。

 そして、以上の4ヵ国の多様な歴史教育の歴史を、つぎのように総括している。「いずれの諸国においても基本的に自国史に関する思考が優先され、それに連動する形で世界史が構想されている様子がうかがわれる一方で、世界史に対する期待にはかなりの差異が認められる。中国では伝統的な歴史観と近代的な歴史学のあいだの緊張関係が続きながらも、世界史と中国史の教育は長期的に統合の方向にあると言えよう。ここには前者が言わば参照事例として理解されてきた様子を見ることができる。オスマン帝国/トルコ共和国では西洋的な世界史を脱却し、自分たちを中心とした世界史をつくる様々な試みがなされたが、最終的にはムスリム・トルコ人を中心とした限定的な歴史を教授することとなった。他方、ドイツでは、そもそも世界史教育とドイツ史教育のあいだにそれほどの緊張関係は意識されておらず、そのために多様な需要に応える形で様々な統合の形が発展している。最後にアメリカについては、今日、世界史あるいはヨーロッパ史と米国史のあいだに本質的な緊張を見ない姿勢に対して異議が唱えられていると言って良いだろう」。

 では、日本はどうなのか。2022年度から高等学校の地歴科目は、「世界史」にかわって世界史と日本史を統合した「歴史総合」が必修科目になる。本書を読めば、「歴史総合」の前途がけっして揚々たるものでないことがわかる。「世界史」を必修科目にしたといわれる東洋史学研究者の教えを受けた者として、自国史に偏重しない「歴史総合」が教えられることを願うばかりである。

上田信『人口の中国史-先史時代から一九世紀まで』岩波新書、2020年8月20日、251+4頁、820円+税、ISBN978-4-00-431843-9

 帯の裏に、「中国人口史を深掘りする作業は、緊急性を要するのである」とある。その理由は、「はしがき」でつぎのように説明されている。「出生数の減少、男女比のアンバランス、労働人口の比率の低下、都市部への人口集中と農村の過疎、超高齢化社会の到来などの問題に、中国が近い将来、直面することが予測されている。このような未来は、人口動向から読み取ることができる」。

 つづけて、本書の目的が、つぎのように記されている。「巨大な人口を抱えている、こうしたイメージで中国は語られる。しかし、歴史をさかのぼると、人口が急増しはじめたのは一八世紀であった。本書の目的は、現在の中国の人口がどのような道筋を経て形成されてきたのか、そして今日まで続く人口の急増の背景はどのようなものであったのか、歴史的に明らかにするところにある」。

 本書は、著者、上田信の仮説「合散離集の中国文明サイクル」を中心に議論が進められ、つぎのように説明されている。「一つの文明が安定している段階を「合」、しだいに揺らぎはじめ、文明の求心力が失われる段階を「散」、揺らぎのなかから新しい文明の可能性が複数生まれ、それぞれの可能性を担うもののあいだに優位性をめぐって争われる段階を「離」、最後に一つの可能性が生き残って全体を統合する段階を「集」と呼ぶ。この「合散離集」で整理すると、中国史はわかりやすくなる」。

 本書は、はしがき、序章「人口史に何を聴くのか」、時系列に全6章、終章「現代中国人口史のための序章」、あとがき、などからなる。

 「第一章 人口史の始まり-先史時代から紀元後二世紀まで」では、「中国文明が形成される先史時代を、先史サイクルとして位置づけ、「中国」という枠組みが意識される周代から漢代までを、合散離集の第一サイクルとして扱う」。

 「第二章 人口のうねり-二世紀から一四世紀前半まで」では、「後漢代の後半に人口を正確には捉えられなくなる時期から、話をはじめる。西北から遊牧系の民族が現れ、中国文明のなかに参入しはじめるのも、この時代である。分離した状況を、隋・唐朝が新たな枠組みで統合する。この約五〇〇年間を、第二サイクルとして描く。さらに第三サイクルとして、安史の乱にはじまる分散の時代、北に遼・金朝、南に宋朝と分離した時代を経て、モンゴル帝国の盟主である元朝が、ユーラシアの枠組みに中国を組み込むまでを論じる」。

 「第三章 人口統計の転換-一四世紀後半から一八世紀まで」から、「東アジアを舞台に展開していた中国人口史は、以後、東ユーラシアというより大きな世界のなかで進む」ことになる。「東ユーラシア・ステージの舞台上で展開する合散離集サイクルを見ていく。ここでも、東ユーラシアの西北に元朝が退いて成立させた北元、東南には漢族が建てた明朝が分離・分立する時期を過ぎ、東北から満洲族が建てた清朝が勃興し、東ユーラシアの大陸部を統合する。この清朝のもとで、人口統計が転換する」。

 「第四章 人口急増の始まり-一八世紀」では、「一八世紀には、それまで約一億ほどであった人口が、その世紀の終わりには四億程度に急増する」「マルサスの予測を裏切って、中国の人口の増加が持続する」様相を紹介する。

 「第五章 人口爆発はなぜ起きたのか-歴史人口学的な視点から」では、「歴史人口学的な方法を用い、ミクロレベルで人口爆発の要因を探ってみたい」とし、「史料にさかのぼって、詳しく論じる」。

 「第六章 人口と反乱-一九世紀」では、「一九世紀後半に起きた、太平天国など叛乱とその後の時代を、人口との関連で俯瞰する」。

 終章では、さらに「一九世紀なかば以降の中国史も、「合散離集のサイクル」で整理する」。「清朝がアヘン戦争に敗れ、一八四二年に南京条約を結んだことで、東ユーラシア・ステージから新たなステージに入る。グローバル・ステージである」。そして、著者は、「歴史のうねりを読み間違えた」日本を、つぎのように戒めている。「中国文明が生み出した「陰陽」思想になぞらえると、「合」が極まったときにはすでに「散」が兆していることになる。グローバル・ステージ第一サイクルの「散」のステップのときに、日本は歴史のうねりを読み間違えた。中国を侵略したために、日中双方に災厄をもたらしたのである。第二サイクル「散」のステップに中国がもし進んだ場合、私たちはけっして誤りを繰り返してはならない」。

 終章最後に、「中国人口史を深掘りする」ことの緊急性だけでなく、それが全世界におよぶことが、つぎのように書かれている。「三〇年ほど前に、「だれが中国を養うのか」という問いかけが発せられたことがある。巨大な人口を抱えた中国で、工業化が進み農業人口が減少する。富裕層のあいだで、肉食を中心とする食生活が広がる。このことが穀物の生産量を減らし、家畜用飼料として穀物が消費される。中国は世界中から食糧を輸入し始めると、世界的な食糧危機が起きるというのである。マルサスの人口論が、人類全体の問題として議論されたのである」。「こうした危機感が正しいのか、否か。今後も中国の実像を正しく把握するために、中国人口史に立ち返る必要がある。正しく恐れるためには、正しい知識が求められるのである」。

 この結論にたいして、気になることが「はしがき」に書かれていた。「中国では国家的な研究プロジェクトとして、多くの研究者を動員して、大きな予算を配分して、人口史をまとめている」。いっぽう、「日本では、中国史研究者の養成が、王朝ごとに行われているために、数千年にわたる人口史を通観できる人材が育っていない。各時代の歴史を理解するためには、人口が重要だということがわかっていても、なかなか取り組めないというのが、日本の中国史研究の現状である」。このような中国優位の状況で、中国が得た「正しい知識」が健全に使われるとは限らない。もし健全に使われないことが起こったとき、それを指摘するためにも、日本はじめ外から見た「中国人口史」研究が必要である。さもなければ、「中国を養うために」諸外国は中国の「奴隷」になってしまう。

 中国史研究だけでなく、研究の進んだ分野では狭い範囲の専門性を重視し、深い分析・考察が求められる。研究の進んでいない分野は新たな言語や知識、新史料の発見・整理に時間と労力がかかり、とくに早く研究業績を出すことが求められる若手研究者に敬遠される。研究成果を出しても、「論文」ではなく「研究ノート」として扱われたりして、評価が低くなる。本書のような、時空を広げて考察するためには、研究の進んでいない分野の研究が是非とも必要である。多くの研究者を動員し、巨額の研究資金のある中国にできない研究はなにか。戦略が必要で、そのひとつが研究の進んでいない分野の若手養成だろう。そのためには、研究の進んでいる分野の質だけではなく、研究の進んでいない分野の数が重要になる。

山室信一『モダン語の世界へ-流行語で探る近現代』岩波新書、2021年4月20日、329+37頁、1040円+税、ISBN978-4-00-431875-0

 おもしろい本である。日常生活で人びとを高揚させる流行語を扱っているのだから、書いている者も高揚する。さらに、新しい発見がつぎつぎに出てくるとなれば、書いている者のテンションはあがりっぱなしである。だが、ハッと気づけば、確証のない諸説紛々で収拾がつかなくなる。そのうえ、「思詞学」なるものをめざしているのだから、おもしろがってばかりはいられない。岩波書店の月刊誌『図書』に連載していたときとは違い、1冊の本としての「バランス」を考え、書きたい欲望を抑えて「圧縮」すると文意が通らなくなる。そんな著者、山室信一の戸惑いが見え隠れする。それも含めて、「おもしろい本」である。

 「はじめに-ようこそ、モダン語の世界へ」の冒頭から、モダン語の連続で、ゴチックになっているものだけを拾い読みしても、知っている語にわくわくし、知らない語に興味津々になる。本書のテーマは、「日常の衣食住や娯楽などの生活場面で使われる言葉がいかに世界的つながりの中で飛び交い、しゃれや語呂合わせ、こじつけや転借・転訛などを伴って言語文化として広がっていったのか、その時代的な意義とは何なのかを訪ね歩くこと」である。

 つづけて、著者はつぎのように考えていきたいと述べている。「私たちがあまり強く意識することもなく使っているモダンとは、いったいどのような事態をさすのかという問題である。近代と訳されるモダン、現代と訳されるモダン-これら「二つのモダン」は、どこが、どう違うのか。モダンとは、何からの歴史的段階づけのための時間区分なのか、それともある特徴的事象を指し示すものなのか」。

 そして、「日本における「モダン語の時代」をおおよそ一九一〇年から一九三九年までの期間、ほぼ三〇年という時間の幅で考えてみたい」という。「この三〇年という時間の幅の中に、日露戦争と第一次世界大戦の「二つの戦後」があった。それはまた第一次世界大戦と日中戦争・第二次世界大戦の「二つの戦前」でもあった」。

 さらに、著者は、「気づいていなかった。気づこうともしていなかった」ことを、つぎのように述べて、本書の課題としている。「モダンやモダン語を本当に考えようとすれば、その問題意識にふさわしい新しい定義が必要だったことを。そしてモダン語に限らず生活世界の言葉こそが「生きること、楽しむこと、そして歳をとること」についての気づきを与える契機となり、心意を他の人々に時空を越えて伝える手だてとしてあったことを」。

 本書は、はじめに、全7章、おわりに、あとがき、などからなる。巻末に、「モダン語辞典一覧」「モダン・ガール小辞典」がある。本書の構成の説明はなく、各章の要約もない。以下の各章の表題を並べて見ても、よくわからない:「第1章 モダン、そしてモダン語とは?」「第2章 百花繚乱-モダン語のパノラマ」「第3章 行き交う言葉と変転する文化」「第4章 モダンの波頭を切るガール」「第5章 モダンを超え、尖端へ、その先へ」「第6章 エロとグロとその後にくるもの」「第7章 アジア、ローカル、アメリカとの往還」。どこから読んでもいいというのか。

 第1章は、「本章では、モダンやモダン語について定義していくことから始めたい」という文章ではじまる。はたして、著者が「事典」の項目で、それらの定義を簡潔に書くとどうなるのだろうか。

 本書で著者は「モダン語を取りあげながら、近代と現代という「二つのモダン」や「二つの戦後と戦前」などについても考え」、「問題にするのは、世界と時代が激変した中で起きていた日本人の言語生活を考える中で浮かび上がってきた「思詞学」という見方を検証できればと思うからである」と、学問的意義づけをしている。

 この「思詞」「思詞学」について、著者は「おわりに-終わりなき「始まりの思詞学」」で、つぎのように説明している。まず、「柳田[国男]や大槻[文彦]の発想にも示唆を得て、私は社会で使われる日常語もすべて何らかの思想を含んだ民間文芸の言葉という意味で、「思詞」と呼んでみたい」という。つぎに、「その「思詞」を対象とする「思詞学」に固有の方法論とはいかなるものであり、それをどのように提示して共有したら良いのだろうか?」と自問して、つぎのように答えている。「方法論がないのが思詞学の方法論なのである。方法論がないから、あくまでも個人の趣味嗜好によって進める他ないし、個人の言語体験や記憶をそこに加えることも必要だと思っている」。「要するに、思詞学とは「浮遊する言葉を掴み取って、並べて、読んで、考えて、自分なりに関連づけて、いつでも連繋して引き出せるようにしておく」-ただ、それだけの作業をさす」。

 「おわりに」には、著者が「ここまで本書を記してきて、じわじわと高まってきた不安と疑念」が、つぎのように書かれている。「何よりも、言葉を扱うことによって、それが抜きがたくもつ反対者や異論を圧殺する暴力性と権力性に、本書も不知不識のうちに加担し共犯者になってしまっているのではないかという懸念である」。「いかなる言葉も両義性をもつとはいえ、モダン・ガールはじめとする女性についての多種多様な呼称をはじめ、階級やエロ・グロ・ナンセンスやメリケン・ジャップやアメションなどに関連するモダン語のほとんどが、何らかの偏見や冷笑を含んだ言葉として使われたことは否定できない」。「特に、本書で基本的な史料としたモダン語辞典などは、小型辞典のもつ宿命として短文でまとめなければならないため、どうしても一面的な記述になりやすいという制約をもつ。一面を切り取ることは、その特徴を際立たせることはできるが、それは同時に他の側面を削ぎ落とすことになる。そこではユーモアは悪罵に、断定は偏見に、分類は排斥に、一瞬にして転じうる」。「言葉は、円滑なコミュニケーションを行って社会生活を進めるために不可欠なメディアではあるが、そのまま反対論や異論を封殺するための切っ先鋭い刃や凶器と化す」。

 その不安や疑念は、当然である。われわれがいま使っていることばは、本書で論じてきたように、歴史的変遷を経て、そのままのものもあれば、原形を留めない使われ方をしているものもある。だからわれわれ研究者は、その時代、その社会で使われていたことばによって書かれた原史料を重視する。だが、すべてのことばをその起源に遡って検証することはできないし、本書で明らかになったように多くのことばはその起源がわからない。著者は、そのことがじわじわとわかってきたため、100年前のことばを調べた結果の自分のことばが100年後にどう使われるか「不安と疑念」を抱いたのである。

 本書にも登場した吉川エイスケ(1906-40)とあぐり(1907-2015)夫妻をモデルにしたNHK連続テレビ小説「あぐり」(1997年)が、いま(2021年3-9月)再放送されている。美容室のチエーン店を展開するまでモダンを謳歌したヒロインと違い、夫のエイスケはダダイズム流行のなかでなかなか書けずに苦悩し、息子の淳之介のような文学的活躍はできなかった。もし、このドラマを、「浮遊する言葉を掴み取って、並べて、読んで、考えて、自分なりに関連づけて、いつでも連繋して引き出せるようにしておく」著者が監修していたら、どうなっていたか。妄想である。


評者、早瀬晋三の最近の編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。


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