権学俊『スポーツとナショナリズムの歴史社会学-戦前=戦後日本における天皇制・身体・国民統合』ナカニシヤ出版、2021年3月20日、341頁、3200円+税、ISBN978-4-7795-1558-3
2021年7月23日、1年間延期された「東京2020」オリンピックが開会した。いろいろなことがあっても、人びとは選手ひとりひとりに声援を送り、健闘を讃える。さらに、メダルを獲得して国旗を仰ぎ見、その頂点として国歌を厳粛な面持ちで聴くとなると、否が応でもナショナリズムをかき立てられる。問題は、この気持ちがあらぬ方向に向かう危険性があるということだ。本書は、スポーツを純粋に楽しむだけでなく、それを利用していろいろな思惑が蠢いていたことを、歴史的に考察した成果である。
本書の目的は、「はじめに」の冒頭、「本書の課題とスポーツとナショナリズム研究の必要性」の見出しの下で、つぎのようにまとめられている。「本書は従来政治学、歴史学、社会学、スポーツ社会学研究で充分検討が行われていなかった近現代日本におけるスポーツとナショナリズムとの関わりに迫り、その歴史的意味と社会的特質を総合的に解明することを目的とする。近代から現代にいたる長い歴史的スパンの中で日本人の歴史と因縁の深い近現代日本のスポーツイベントに焦点を当てながら、スポーツとナショナリズムとの進行過程を天皇制、身体規律、メディア、国家主義との観点から歴史社会学的に跡付ける。ポピュラーナショナリズムの重要な一環であるスポーツ・ナショナリズムの分析を通して、スポーツや身体管理政策が近現代日本社会にいかなる影響を及ぼしたのか、日本人の生活や国民意識にいかなる意識を創出し、どのような「刻印」を残したのかを、複合的アプローチをとることで多角的・総合的に考察することが本書の狙いである」。
本書は、はじめに、2部、各部6章ずつの全12章、おわりになどからなる。「各章が一つの論文になっており、どの章から読んでも理解できるように構成」されている。著者の権学俊は、「互いの章の一体感を損なわないように注意を払いつつ、近現代日本のスポーツ・ナショナリズムという問題が多角的・立体的に浮き上がるような書き方を心がけた」という。
第一部「天皇制国家における大衆の国民化とスポーツ・身体」の「第一章から第六章までは、一八八〇年代から一九四五年敗戦を迎えるまでの戦前・戦時下のスポーツと天皇制、身体規律化について総合的に分析している。第一部では、戦前・戦時下の政治・社会を規定(支配)した絶対天皇制とスポーツとの関わり合いに焦点を当てながら、スポーツイベントの大衆的象徴儀礼が果たす国民統合の機能を考察する。近代日本における国民形成と兵式体操をはじめ、皇室のスポーツ奨励と戦前・戦時下における明治神宮体育大会、ラジオ体操と「身体」の政治、「幻の東京オリンピック」の祝祭性と政治性、戦時下国民体力の国家管理と健兵健民、植民地朝鮮における皇国臣民化政策と秩序化される身体について歴史の時間軸を貫いた分析を試みている」。
第二部「戦後日本におけるナショナリズムとスポーツの諸相」の「第七章から第十二章までは、戦後初期から二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック大会までを対象とし、戦後日本のスポーツとナショナリズムという多面的な事象について総合的に考察した。戦後初期GHQ占領下における国民体育大会と天皇制関連の分析では、国民体育大会が象徴天皇制と関わる象徴儀礼を組み込んでいきながら象徴天皇の社会的「正当性」を客観化していく過程、国民との間での儀礼的関係やパフォーマンス等を通して国民統合と地域社会統合の機会としての役割を果たしていったことについて分析を行った。また、一九六四年東京オリンピックと二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックの持つ政治性や国民統合、国家意識・国家主義の高揚を分析した」。
そして、「おわりに」では、「スポーツとナショナリズム研究の課題」として、つぎの4つをあげている。「第一に、本書では天皇制とスポーツとの関わりについて分析を行ったものの、戦後日本社会における象徴天皇制とスポーツとの関連性が手薄なことは否めない点である」。
「第二に、スポーツにおけるジェンダーのあり方を問う視点の欠如である。本書ではスポーツ文化の男性性、家父長制の伝統に根ざす「男らしさ」はある程度分析されているが、国家と女性の身体性、女性スポーツ、女性アスリートに向けられた視線に関する分析は今後さらに追求されるべき論点である」。
「第三に、近年日本社会の排外主義感情・嫌韓感情は、急速な広がりを見せている。在日韓国・朝鮮人選手をはじめ、グローバル化とナショナリズムなものとの間で揺らぐ外国人選手、混血選手、帰化選手など、日本スポーツ界におけるある特定の人種・民族・出身地に対する閉鎖的・排他的なナショナリズムと排外主義に関して解明すべき多くの論点も残されている」。
「第四に、「東アジア社会論」を視野に収めた日中韓のスポーツ・ナショナリズムの比較分析である。日中韓のスポーツとナショナリズムの高揚は、単純に植民地支配と戦争をめぐる歴史認識と国家間の政治的葛藤から起因することではなく、複雑な要因が絡み合っている」。「三ヶ国の社会的特質や特有の国民意識の差異を明らかにする上でも重大な価値があるであろう」。
「あとがき」では、著者が本研究に関心をもった理由がつぎのように述べられている。「筆者は長年、歴史社会学やスポーツ政策論の観点から、近現代日本におけるスポーツ・ナショナリズム、天皇制とスポーツ、植民地朝鮮における日本の「国民」づくりと身体・健康の規律化など、近現代日本社会における「国民化」と国民統合に関する研究を行ってきた。また、同時に戦後日本の国家主義、歴史修正主義と排外主義を研究してきた。これらの研究関心は、その後、太平洋戦争に関するアジアの主要戦跡や日本の戦跡史の検証に向けられた。戦争と戦跡は、国家のアイデンティティ形成や国際関係等が関わりながら作られるとともに、各国社会に大きな影響を及ぼしているからであった」。
1988年のソウル・オリンピックでサッカー会場として使用された東大門運動場は、25年にヒロヒト皇太子の結婚を祝して建設された。95年に解体された朝鮮総督府だけでなく、植民地遺産の建造物として東大門運動場は2007年まで使われ、スポーツが天皇制と植民地支配の象徴であったことを示していた。
大会がはじまったからには、選手がこれまでに培った力を最大限に発揮できる環境を整えねばならない。そのために改善できることはどんどん指摘して、少しでも選手が競技に集中できるようにしたほうがいい。いまさら改善のしようがない運営にかんする数々の問題や新型コロナウィルスの感染拡大を防げなかった失策などについては、閉会後に責任を追及し議論すればいい。
評者、早瀬晋三の最近の著書・編著書
早瀬晋三『東南アジアのスポーツ・ナショナリズム-SEAP GAMES/SEA GAMES 1959-2019年』めこん、2020年、383頁、4000円+税、ISBN978-4-8396-0322-9
早瀬晋三『グローバル化する靖国問題-東南アジアからの問い』岩波現代全書、2018年、224+22頁、2200円+税、ISBN978-4-00-029213-9
早瀬晋三編『復刻版 南洋協会発行雑誌-『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』-』(龍溪書舎、2021年4月~)全30巻+『南洋協会発行雑誌(『会報』・『南洋協会々報』・『南洋協会雑誌』・『南洋』1915~44年) 解説・総目録・索引(執筆者・人名・地名・事項)』(龍溪書舎、2018年1月)全2巻。
早瀬晋三編『復刻版 ボルネオ新聞』龍渓書舎、2018~19年、全13巻+『復刻版 ボルネオ新聞(1942~45年) 解題・総目録・索引(人名・地名・事項)』龍渓書舎、2019年、471頁。